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聖騎士皇子は今日も、婚約者を甘やかす〜断罪イベント?いえいえ、ただの溺愛イベントです〜  作者: 湯ノ宮 春
聖騎士皇子は今日も、婚約者を甘やかす

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4/7

4話『喜んでくださるかしら』

 午後の講義は、静かに進んでいった。

 

 サロンでの騒ぎが嘘のように、教室には針が布を抜ける小さな音だけが響いている。

 

 セレスティーヌはゆっくりと息を整えながら、深く青いハンカチに針を通す。

 

(あと、少し……)

 

 ──最後の一針を刺し終え、糸を留めた。

 

 ハンカチを広げると、窓から差し込む光が刺繍に影を作る。

 

 濃淡様々な黒い糸で刺された、皇帝家の家紋と、聖騎士団の紋章。

 

 ハンカチの縁には、翡翠色の糸で守りの刺繍として定番な植物が刺されている。

 

 陰によってまるで浮かび上がるかのように見えた。

 

「完成ですね、アイゼンハルト様。見事な出来栄えです」

 

 刺繍の教師が、柔らかく目を細めた。

 

「ありがとうございます、先生。今まで、色々とご教示いただきました」

「いいえ。あなたの努力の結果ですよ。……ずっと、お渡ししたい方のために、丁寧に刺していらっしゃいましたからね」

 

 柔らかくほほ笑む教師の眼差しは微笑ましげだ。

 

 同じテーブルに座る女子生徒たちの表情も微笑ましげだ。

 

 頬が熱くなる。

 

 積極的に広めたわけではない。

 

 それでも、静かな講義中に、アドバイスを受けるために贈る相手や目的を説明すれば、女子生徒たちの耳に自然とはいる。

 

 カシウスに伝わっていないのは、彼女たちがそれを胸の内に留めておいてくれていたからだ。

 

 教師に預かって貰っていた小さな箱を、受け取る。

 

 ハンカチを丁寧に畳み、その箱へ収め、リボンを結ぶ。

 

(練習していてよかった……)

 

 侍女たちと練習した甲斐あって、翡翠色のリボンは綺麗に結ばれている。

 

(喜んで……くださるかしら)

 

 胸の前で抱えると、心臓の音が、いつもより少し大きく聞こえた。

 

 

 ◇

 

 

 セレスティーヌが講義を終えて廊下へ出ると、カシウスはすでに待っていた。

 

 腕を組み、窓際に立って目を伏せていた。

 

 ふと、その瞼が開き、その目がセレスティーヌの姿を捉える。

 

 それだけで、先ほどまで周囲に漂っていた緊張が、ふっと緩んだ。

 

 セレスティーヌをいつも優しく見つめる美しい青と、パチッと目が合った。

 

「リューク様、お待たせ致しました」

「いや、あれは待ち時間のうちに入らない」

 

 カシウスが大股で歩み寄ってくる。

 

 背後の緊張感が高まる気配がして、セレスティーヌもまた婚約者にゆっくりと歩み寄る。

 

「まあ、男子生徒の講義は一時間ほど早く終わると聞いておりますよ?」

「ルナのことを考えていれば、その程度の時間などあってないようなものだ」

 

 そんなことをいうカシウスは真顔だ。

 

 思わず、ふふふっと笑ってしまう。

 

 ほころぶ頬に、カシウスの手が添えられる。

 

「……顔色は悪くないな。無理はしていないか?」

「はい、無理はしておりません」

「ならば良い」

 

 ひとつ頷くと、慣れた仕草でセレスティーヌに手のひらを差し出した。

 

 その手のひらに手を添えると、反対の手が支えるように腰に回される。

 

 ゆっくりと歩き出す。

 

 カシウスの支えがあるから、ひとりで歩くよりもずっと楽だった。

 

 生徒たちが道を空け、学園内であるから、静かに目礼をしていく。

 

 目の前を通ると、彼らの緊張感が高まる。

 

 そして、セレスティーヌたちが、遠ざかるとその気配は和らぐ。

 

(……皆様、まだ先ほどのことを引きずっておいでなのね)

 

 カシウスの苛烈な性格も、セレスティーヌ以外への関心の薄さも皆の知るところだ。

 

 それでも、実際にカシウスの苛烈さを見てしまえば、やはり恐怖は簡単に消えないのだろう。

 

 そっと隣を歩くカシウスを見上げると……いつから見ていたのか、パチッと目が合った。

 

 その顔が柔らかく笑み、セレスティーヌもほほえみ返す。

 

「リューク様」

「うん?」

「その……」

 

 いざ言おうとすると、緊張で口の中が乾く。

 

 小さく息を吐き出す。

 

「……お屋敷に戻る前に、少しだけお時間をいただけますか?」

 

 カシウスの眉がピクリと上がり、その足が止まった。

 

「構わないが……」

 

 深い青の瞳が、セレスティーヌの頭のてっぺんから、足元まで見る。

 

(あ……)

 

 緊張していたことで、勘違いされたことに気がつく。

 

「……何かあったのか?」

「いえ、悪いことではございません。お渡ししたいものがございまして……」

「渡したいもの?」

「はい」

 

 じわじわと目尻が赤らむ。

 

 カシウスはそんなセレスティーヌをじっと見つめ、背後を一瞥した。

 

「庭園に向かう」

「かしこまりました」

 

 背後にいた侍女たちが深く頭を下げると、四阿に茶の準備をすべく、足早に庭園へと向かっていった。

 

 セレスティーヌたちも、ゆっくりと庭園に向かって歩き出す。

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【第一章完結済み作品】
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聖騎士皇子は今日も、婚約者を甘やかす〜断罪イベント?いえいえ、ただの溺愛イベントです〜
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