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境界調整室 ~その境界、どなたか動かしましたね?~  作者: 大神みや
第二案件 夢の島の境界

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8/11

境界の向こう側

車は施設の裏手で止まった。


表から見えていた城は、もう見えない。


灰色の壁。搬入口。台車に積まれた箱。作業着の人が忙しそうに行き来している。


「夢がないですね」


俺が言うと、戸地さんが首をかしげた。


「私はこういうところも好きだけど」


「そうなの?」


「どうやって動かしてるのか、気になる」


「戸地さんらしいな」


山田さんが車のドアを閉めた。


「お前ら、見学は後だ」


建物の中で、施設管理部の男性が待っていた。


「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」


差し出された名刺を山田さんが受け取る。


「まず資料を見せてください。現地はそのあとで」


「承知しました」


廊下を歩く途中、窓から園内が見えた。


誰もいない通りを清掃車が走っている。花壇では何人かが苗を植え替えていた。


開園前にも、ずいぶん人が働いている。


「境君、こっち」


前田さんに呼ばれ、俺は慌てて追いついた。


*


会議室には、すでに二人の男性が座っていた。


紺色のスーツの人と、作業着の人。


「浦崎市の担当者です」


スーツの男性が立ち上がる。


「よろしくお願いします」


「こちらが浜江市の担当者です」


作業着の男性も頭を下げた。


二人は隣同士に座っている。険悪な雰囲気はない。


もっと睨み合っているものだと思っていた。


施設の担当者が画面に航空写真を映した。


海へ突き出した埋立地。その一角に、新しい建物がある。


建物の近くを、細い線が通っていた。


「これが市境ですか」


俺が訊く。


「古い資料に描かれた境界です」


浜江市の担当者が答えた。


「昔は、ここが海だったんですよね」


「ええ。その後、何度かに分けて埋め立てられました」


次の図面には、造成された時期ごとに色が付いていた。


最初は小さかった陸地が、海へ向かって少しずつ広がっている。


「土地って、本当に増えるんですね」


俺が言うと、山田さんが笑った。


「昨日、室長にも同じこと言ってただろ」


「地図で見るのと違いますから」


戸地さんは図面に顔を近づけた。


「この線は、どの資料を基にしたんですか」


「古い境界資料です」


「新しい埋立地の図面とは、基準が揃ってますか」


浜江市の担当者が、古い境界資料へ目を落とした。


「そこを確認していただきたくて」


戸地さんは頷き、手元のノートに何か書いた。


俺には、もう少し説明が必要だった。


「つまり、どちらの市の土地か分からないんですか」


浦崎市の担当者が口を開いた。


「造成に関する手続きは、主にこちらで扱ってきました」


浜江市の担当者も続ける。


「一方、以前からの境界資料を基にすれば、こちらの市域と考えられる部分があります」


「どちらも根拠がある?」


山田さんが、両市の資料を並べた。


「そういうことです」


「で、今までは困らなかったの?」


施設の担当者が新しい建物を指した。


「これまでは、管理上の支障が少なかったんです。ただ、この区域に新しい施設ができまして」


「固定資産税か」


前田さんが訊いた。


「それもあります。施設の管理や、行政上の扱いも整理する必要があります」


浦崎市の担当者が言った。


「こちらとしても、先送りにはできません」


浜江市の担当者が頷く。


「うちも同じです」


二人の声は穏やかだった。


でも、どちらも譲るつもりはなさそうだ。


「喧嘩はしてないんですね」


俺がつい言うと、二人がこちらを見た。


「していません」


声が重なった。


「すみません」


俺は頭を下げた。


山田さんが笑いをこらえている。


「境ちゃん、余計なこと言うなよ」


「山田さんが先に聞きそうだったから」


「よく分かったな」


前田さんが資料を一枚めくった。


「行政界そのものを、この場で決められるわけではありません。まず資料の食い違いと現地の状況を整理します。その上で、両市に必要な手続きを検討してもらいます」


二人の担当者が頷いた。


第一案件では、動かされた境界標を元へ戻せばよかった。


今回は、元に戻す場所がはっきりしていない。


「それで、現地のどこを測るんですか」


俺が戸地さんに訊いた。


戸地さんが図面の中央を指す。


「まず、ここ」


「ここって、園内じゃない?」


「うん」


「お客さんが歩くところだよね」


「だから開園前にやるんだよ」


山田さんが時計を見た。


「あと二時間。行くぞ」


*


外へ出ると、朝日が建物の向こうから差していた。


戸地さんは機器のケースを持ち、俺は三脚を担いだ。


誰もいない広場を四人で歩く。


遠くで、何かが鳴った。


次の瞬間、園内に音楽が流れ始めた。


「おっ」


思わず足を止めた。


戸地さんも立ち止まっている。


建物の明かりが一つずつ点き、噴水から水が上がった。


さっきまで静かだった町が、目を覚ますようだった。


「すごいね」


戸地さんが小さく言った。


「うん」


山田さんが振り返った。


「お前ら」


「はい」


「仕事」


「分かってます」


また声が重なった。


前田さんが笑っている。


戸地さんは図面を広げた。


「境くん、三脚、あそこに置いて」


指された先は、噴水のすぐ横だった。


俺は三脚を担ぎ直した。


夢の国の真ん中で、市境を測る。


妙な仕事だ。


でも、少し面白くなってきた。


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