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境界調整室 ~その境界、どなたか動かしましたね?~  作者: 大神みや
第二案件 夢の島の境界

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7/10

土地が増えた

「土地が増えた」


朝、室長が言った。


俺は手を止めた。


「土地って、増えるんですか」


「増えるよ。埋め立てれば」


「それはそうですけど」


室長が机に地図を広げた。東京湾の一角が、妙に四角く海へ突き出している。


山田さんが覗き込む。


「新しい埋立地ですか」


「そう。そこに、ちょっと困ったことが起きてる」


室長が一本の線を指した。


海の上を通ってきた線が、そのまま新しい土地へ入り込んでいる。


俺は、線が陸へ入るところを指した。


「市境ですか」


「正解」


「じゃあ、土地が二つの市にまたがってる?」


「そこまではいい」


室長は線の先を指でなぞった。


「問題は、この辺りに新しい施設ができたこと」


「また地下ですか」


俺が訊くと、山田さんが笑った。


「一回燃えたくらいで地下を嫌うなよ」


「誰のせいでしたっけ」


隣から戸地さんが言った。


山田さんは地図に目を戻した。


「昔のことはいいんだよ」


「そんな昔じゃないです」


戸地さんの髪は、あのときから短いままだ。


室長が航空写真を重ねた。


広い駐車場。ホテル。曲がりくねった水路。色鮮やかな建物。


その向こうに、城が見えた。


俺は写真を二度見した。


「ここって」


「名前は出さなくていいよ」


室長が言った。


「まだ何も言ってません」


「顔に書いてある」


前田さんが笑う。


「境君、行ったことある?」


「昔、一度だけ」


「じゃあ詳しいね」


「何年も前ですよ」


戸地さんが写真を覗き込んでいた。


「戸地さんは?」


俺が訊く。


「ない」


「そうなんだ」


「行ってみたかったけど」


少し意外だった。戸地さんはこういう場所に興味がないと思っていた。


「仕事で行けるじゃん」


「仕事と遊びは違うよ」


「それ、僕に言う?」


「二人とも」


山田さんが地図を丸めかけた。


「遊びに行くんじゃねえぞ」


「分かってます」


俺と戸地さんの声が重なった。


前田さんが笑った。


室長は写真の端を押さえた。


「今回、二つの市がそれぞれ資料を出してきてね。どちらも、自分たちの扱いが正しいと言ってる」


「どっちかが間違ってるんじゃないんですか」


「そう簡単なら、うちには来ないよ」


室長はもう一枚、古い図面を出した。


海岸線が今とはまるで違う。


「昔は海だったところですもんね」


戸地さんが言った。


「うん。埋め立ては何度かに分けて進んだ。古い資料も、新しい資料もある。まずは現地を見て、何を根拠に線が引かれているか確かめてきて」


「境界を動かすんですか」


俺が訊くと、室長は首を振った。


「それも含めて、まだ決めない。二つの市が合意しなければ、こちらが勝手に線を引くわけにはいかないからね」


第一案件では、動かされた境界標を追いかけた。


今回は、どの資料を見ればいいのかさえ、まだ分からない。


「明日の朝、現地。施設の人には話を通してある」


前田さんが手帳を開いた。


「開園前に入るから、集合は五時ね」


「五時?」


思わず聞き返した。


「早い?」


「早いです」


「人がいないうちに測る方がいいでしょ」


戸地さんが頷いた。


「その方が助かります」


「助かるのは戸地さんだけだよ」


俺が言うと、戸地さんは小さく笑った。


「境くんも手伝って」


「はい」


山田さんが肩を叩いてきた。


「よかったな、夢の国だぞ」


「夢を見る時間に寝かせてください」


*


翌朝、まだ暗いうちに家を出た。


電車では集合に間に合わないので、指定された駅まで別の手段で向かう。駅前に着くと、戸地さんが先に立っていた。


短い髪が、朝の風で少し揺れている。


「おはよう」


「おはよう、境くん」


「早いね」


「境くんも」


「僕は眠いだけ」


「私も眠いよ」


「楽しそうだけど」


「ちょっとだけ」


戸地さんは否定しなかった。


やがて車が止まり、運転席の窓が下がった。


「乗れ、二人とも」


山田さんだった。


助手席には前田さんがいる。


「おはよう。眠そうだね」


「五時ですから」


「まだ寝てていいよ。着いたら起こす」


ありがたい言葉だった。


後部座席に乗ると、戸地さんは膝の上に測量機器のケースを抱えた。


「それ、重くない?」


「平気。揺れると困るから」


「仕事熱心だね」


「仕事だもん」


俺はシートに背中を預けた。


高速道路を走るうち、窓の外が少しずつ明るくなった。


しばらくして山田さんが言った。


「そろそろ着くぞ」


目を開けると、巨大な駐車場が見えた。


いつもなら人で埋まっているはずの場所に、車がほとんどない。


車は正面入口を通り過ぎ、フェンス沿いの道へ入った。


関係者用のゲートで警備員が身分証を確認する。


前田さんが窓を開け、施設側の許可書を見せた。


ゲートが上がった。


車が静かに中へ進む。


遠くに城が見えた。


音楽も歓声もない。


朝焼けの中に、城だけが立っている。


「すごいな」


俺が言うと、戸地さんも窓に顔を寄せた。


「ほんとだ」


山田さんがバックミラー越しにこちらを見る。


「言っとくけど、遊びじゃねえからな」


「分かってます」


今度も声が重なった。


前田さんが笑った。


俺はもう一度、城を見た。


こんな場所にも、市境がある。


考えたこともなかった。


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