完全調和のフェスティバル(生徒会長・3年 天王寺 司)
「司! 中庭のステージ電源落ちたぞ! あと10分で軽音部の本番だ!」
「会長ーっ! 2階渡り廊下のたこ焼き屋の前、人が詰まりすぎて通行止めになりそうです!」
「演劇部だけど!マイクケーブルが1本足りませーん!」
秋桜祭(文化祭)一般公開日、午後1時。
生徒会本部に設置された簡易デスクの前で、俺――生徒会長の天王寺司は、頭を抱えて叫びそうになっていた。
文化祭の熱気は最高潮。来場者は過去最多。
俺のパッションと人脈でここまで盛り上げた自負はあるが、この同時多発トラブルの嵐はさすがにキャパオーバーだ。気合いと筋肉だけじゃ、ショートしたブレーカーは上がらない!
「うおおおどうする!? よし、俺が中庭行って手回し発電機を全力で回すか――」
「会長。無駄な筋収縮による二酸化炭素の排出を停止してください。知能指数の低下が伝染します」
背後から、氷河期のような涼やかなバリトンボイス。
振り返ると、そこには襟の先からスラックスの裾までアイロンの効いた「歩く校則」――副会長の方正律が、インカムのヘッドセットを装着して立っていた。
手にはお馴染みの分厚いバインダー。銀縁メガネがカチリと光る。
「律! お前どこ行ってたんだよ!」
「校内の混雑係数および電力消費量の実測データのサンプリングです。すべてのトラブルは想定許容誤差の範囲内。……これより、文化祭最適化プロトコル(フェーズ3)を起動します」
律は本部の特大ホワイトボードの前にスッと移動した。
そこには、校内マップ、分電盤の配線図、タイムテーブルが、寸分の狂いもない格子状で美しく描かれている。
「如月さん。インカムのチャンネルを全館一斉へ」
「了解。いつでもどうぞ、司令官」
デスクでアイスコーヒーを飲んでいた涼音が、涼しい顔でスイッチを入れる。
律は胸ポケットから30cm定規を抜き放ち、ホワイトボードをコンコンと叩いた。
「まず電力系統。中庭ステージのブレーカー遮断原因は、隣接する家庭科室のIH調理器の突入電流による過負荷だ。軽音部の機材担当、アンプの電源を第3昇降口の独立系統(フェーズB)へ迂回接続しなさい。コード長は15メートル、廊下の端に養生テープで直角に固定すれば動線を阻害しない。所要時間3分で復旧可能だ」
インカムの向こうから「す、すげえ、電気が点いた!」と歓声が上がる。
「次に2階渡り廊下の動線崩壊。……2年C組、赤城くん。聞こえるか」
『あ? 方正か! たこ焼き売れすぎてヤバいんだよ、客が将棋倒しになりそうだ!』
「原因は客の滞留ではなく、君たちの『青のりとマヨネーズのトッピング選択』に1人あたり18秒を要していることだ。直ちにトッピングを全乗せの単一仕様へ統一し、会計と受取口を3メートル離しなさい。出口方向への一方通行グリッドを形成しろ」
『おう! 全乗せだな! おい黒木ィ、マヨネーズ全部ぶっかけろ! 客は右へ流せ右へ!』
ホワイトボードの動線矢印が、生き物のようにスムーズに流れ始める。
すげえ。あいつ、自分の足で一歩も動いてないのに、定規1本で校内の混乱をパズルのように解きほぐしていやがる。
「それから演劇部、宝生先輩。マイクケーブルの不足分は、放送室の第2予備ラック(下段左から3番目)にシールド線が保管されています。朗読劇の開始時刻を予定通り13時30分00秒にロック。……天王寺会長」
「お、おう!?」
急に話を振られて俺が飛び上がると、律はインカム越しに冷徹な視線を向けてきた。
「会長の出番です。13時30分、体育館ステージへ登壇し、台本を朗読してください。会長の無駄にでかい声量と無駄に高い自己肯定感で、客席の視線を一点に集中させ、第1体育館周辺の滞留密度を吸収します」
「無駄って言うな! よし任せろ、俺の美声で全校生徒を感動の渦に巻き込んでやるぜ!」
俺が生徒会本部を飛び出そうとした、その時だった。
「おい、方正!」
本部の入口に、肩で息をしながら飛び込んできた男がいた。
2年B組、学年2位の特待生――九条尊だ。
手にはきっちり四角く整列された紙コップのトレイ。中にはブラックコーヒーが人数分、寸分のこぼれもなく運ばれている。
「九条くん。本部は関係者以外立ち入り――」
「うるさい! 差し入れだ! お前、さっきの中庭の迂回配線の計算、インカム越しに聞こえたぞ。……だが甘いな! 電圧降下率を0.5%見落としてるんじゃないか!?」
「考慮済みだ。ケーブルの導体抵抗を考慮し、アンプの出力を85%にリミッター設定させてある。計算の初速は評価するが、現場の環境パラメータの入力不足だな」
「ぐぬぬぬ……! またお前が一歩先を行くのか……! だが俺のクラスの展示『脱出ゲーム』の入場効率は、お前の予測数値を0.8%上回ったぞ! 次こそは俺の計算がお前を超える!」
「他者との比較はノイズだと以前言ったはずだが。……しかし、コーヒーの表面張力の維持は見事だ。礼を言う」
律が平然とコーヒーを1つ受け取ると、九条は「くっ……礼など言うな、調子が狂う!」と顔を真っ赤にして走り去っていった。
あいつ、文句言いながらわざわざコーヒー届けに来たのかよ。律の周りって、ほんと変な奴ばっかり集まるな。
ふと窓の外を見ると、本部前の廊下を歩いていた女子2人組が足を止めていた。
おとなしいボブカットと、髪の明るいギャルだ。
「きゃーーっ、見て矢吹さん! 方正くんがインカムのコードを指先で直角に直した! 尊い……あの無駄のない角度、世界遺産だよ……!」
「いや佐倉ちゃん、あんたの目の付け所マジで意味わかんないって! でもあいつ、さっきから一瞬も笑わねえのに、なんかめっちゃ司令官っぽくてカッケエのは認めるわ。ちょっと写真撮っていい?」
「ダメ! 神聖な業務の邪魔はオタクとして万死に値するの!」
きゃあきゃあ騒ぎながら去っていく女子たち。
見れば、校内放送からはトラブル解消のアナウンスが流れ、廊下からは生徒たちの楽しげな笑い声が途切れず響いている。
俺は律の肩をバシッと叩いた。
「おい律! お前、最高だな!」
「……会長。打撃による衝撃波で、僕の頸椎のアライメントが狂います。触らないでください」
「ハハッ、相変わらず冷たいねえ! でもよ、お前が敷いてくれたこの四角いレールの上だから、みんな思いっきりバカやって、笑って、最高に輝けてるんだぜ」
律は銀縁メガネのブリッジを中指でクイと直角に押し上げ、窓の外の青空をスッと見つめた。
「僕はただ、エントロピーの増大によるカオスを抑制し、あるべき秩序を維持しているだけです。感情論の介在する余地はありません」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ!」
俺は親指をグッと立て、体育館へ向けて駆け出した。
「行ってくるぜ、我が優秀なる副会長! お前の作った完璧な舞台、俺が一番ド派手に盛り上げてやるからな!」
背後で、「走ると床のワックスが剥離します、時速4キロで歩行してください」と律の小言が追いかけてきたけれど、その声はどこか、秋の澄んだ空にとびきり気持ちよく響いていた。




