氷の姫君(計画)と黄金比のドレス(演劇部部長・3年 宝生 舞香)
「美」とは何か。それは破壊と創造のあわいに咲く狂気の花よ。
そして今、私のクリエイター魂を焦がしてやまない究極の素材――それが、生徒会副会長・方正律だ。
あの陶器のように滑らかな白い肌。
涼やかに通った鼻梁。切れ長の瞳を縁取る長い睫毛。
普段は「歩く校則」だの「定規の化身」だの言われているが、あの骨格の美しさは完全に神の悪戯である。
「あの顔に、ワインレッドの豪奢なベルベットドレスを着せ、ウェーブがかった金髪ウィッグを被せ、伏し目がちに憂いを帯びた笑みを浮かべさせたら……! 誰がどう見ても『隣国の誇り高き氷の王女』にしか見えないじゃないの……!!」
高校最後の秋桜祭(文化祭)。我が演劇部の演目は西洋宮廷劇『沈黙の白薔薇』。
私の狙いはただひとつ。文化祭のドタバタとトラブルに乗じて、律を舞台上に引っ張り出し、完全無欠の女装プリンセスとして全校生徒の前に君臨させることだ。
チャンスは本番30分前にやってきた。
計画通り――いや、アクシデントを装って、王女役の部員が「急な階段の踏み外しによる捻挫」で倒れ込んだ。
「ああ、なんてこと! 主役の王女が歩けないなんて! このままでは我が演劇部は開演不能、文化祭のプログラムに大穴が空いてしまうわ!」
鬼気迫る私の大根芝居が響く舞台袖。
そこへ、腕章を巻いた律が「舞台進行の最終安全確認」のためにフラリと現れた。
計画通り! 私は泣き崩れるフリをしながら、律のブレザーの裾に縋り付いた。
「方正くん! お願い、あなたしかいないの! 王女の衣装サイズは細身のあなたに奇跡的にぴったり! メイクとウィッグで顔を整えれば、客席からは誰も男だと気づかないわ! この窮地を救えるのは、あなたのその美貌だけなのよ……!」
勝った、と思った。
プログラムの穴あき、スケジュールの遅延――何より「予定の破綻」を嫌う律のことだ。舞台を定刻通りに回すためなら、苦渋の決断としてドレスを着るはず。
律は銀縁メガネの奥から、床に転がる部員の足首をスッと検分した。
「右足関節の腫脹なし。局所熱感なし。歩行不能を主張する割に、足首の可動域が正常値を維持している。……宝生先輩。演技指導の熱量は認めますが、仮病のシミュレーションとしては解剖学的に杜撰すぎます」
「ギクッ!?」
「それに、僕が女装して代役を務めるなど論理破綻も甚だしい」
律は胸ポケットから手帳を取り出し、冷徹な声で宣告した。
「第一に、僕の肩幅は42センチ。準備されたドレスの肩線は37センチ。物理的にファスナーが破損する確率が99.2%。第二に、僕の骨格比率から算出して、ドレス着用時の重心位置が通常より4センチ上昇し、舞台上での優雅な歩行動作の再現性は皆無。第三に――」
「あーもう細かいわね! 美学よ美学! 男だろうが何だろうが、綺麗な顔に綺麗な服を着せて何が悪いのよ!」
ついにキレた私が開き直ると、律は平然とキングファイルを広げた。
「美学を語るなら、こちらのほうが遥かに機能的で美しいはずです」
「……は?」
「タイムテーブルの遅延をゼロにし、かつ演目を成立させる代替プロトコルを提示します。現在、体育館裏で暇を持て余している生徒会長・天王寺司を確保してください」
「はぁ!? なんで司なのよ! あいつガタイ良すぎてドレス破けるわよ!」
「ドレスを着せる必要はありません。台本第3幕の『王女の独白』を『騎士団長(司)による回想録の朗読』へと論理的に改変します。台詞の文字数はほぼ同等、所要時間は3分12秒。これならば衣装替えのタイムロスもゼロ、照明のプリセットも既存の第4パターンをそのまま流用可能です」
律は舞台袖の照明盤の前にスッと移動し、迷いのない手つきでスイッチをカチリと操作した。
パッ、と舞台中央に完璧な角度で落ちる一筋のピンスポットライト。
「天王寺会長の無駄に朗々とした美声と無駄に高い自己肯定感は、朗読劇というフォーマットにおいて極めて高いパフォーマンスを発揮します。衣装のサイズ不適合に頭を抱えるより、手持ちの駒で最大の出力を得る。これが最適解です」
「……」
私と、仮病を使っていた部員は、言葉を失って立ち尽くした。
「すでに司には生徒会無線で指示を出しました。あと1分15秒で舞台袖に到着します。宝生先輩、演出家を自称するならば、役者の虚飾に逃げず、舞台というシステムの美しさを完結させてください」
律はメガネの位置を中指で直角に直すと、踵を返した。
「なお、僕の女装を目的とした悪質な虚偽申告については、文化祭終了後の生徒会反省会において、始末書(規定用紙・2000字・手書き)の提出を求めます」
「ヒィッ……!」
数分後。
「よーし宝生! なんか知らんけど俺が朗読で全校生徒を泣かせればいいんだな!?」と息巻いて乱入してきた天王寺司の熱演により、劇はまさかの大喝采で幕を閉じた。
客席はスタンディングオベーション、後輩たちは感動の涙。大成功だ。
舞台袖の薄暗がりで、私は丸めた台本で自分の額をパチンと叩いた。
「……あーあ、完全敗北。やっぱりあの鉄壁のプリンスには敵わないわね」
でも、スポットライトが照らしたあの完璧な舞台を見つめながら、私は悔し紛れに笑ってしまった。
フリルやレースで飾り立てなくたって、あいつは最初から、誰よりも揺るぎない「舞台の支配者」だったのだから。
……まあ、始末書2000字の刑が待っている現実からは、全力で逃亡する予定だけどね!




