猛暑のダンボールと推しカミングアウト(2年C組・矢吹 蘭)
まじで暑い。教室のエアコン、絶対仕事サボってるし。
文化祭の準備どころじゃない。うちのクラスの出し物は「カジノ風カフェ」なんだけど、内装用のダンボールを運ぶだけで爪が折れそう。
「あーもう、だるっ! ねぇ、そこの子、それ生徒会室に持ってく買い出しのレシートだよね? 一緒に行って涼まない?」
私が声をかけたのは、隣のA組でダンボールの陰に縮こまって作業してた女子。確か、佐倉さん。
おとなしくて、いつも教室の隅でノートに何か書いてるタイプ。普段の私なら絶対絡まない人種だけど、あまりの暑さに誰でもいいから巻き込みたかった。
「えっ……あ、わ、私……!? は、はい、買い出しの伝票ですけど……!」
小動物みたいにビクッとして挙動不審になる佐倉さんを半分引っ張るようにして、私たちは冷房が効いているはずの生徒会室へと向かった。
が、ドアを開けた瞬間、天国どころか異次元の空気が広がっていた。
「佐倉さん、矢吹さん。ノックの回数は2回ではなく3回が国際プロトコルだ。2回はトイレの空室確認用だ」
机の上で定規とカッターをミリ単位で操りながら、涼しい顔で座っている男。
生徒会副会長・方正律。
シワひとつない制服、正三角形のネクタイ。こいつ、このクソ暑いのに汗腺閉じてんの?
「ひっ……! ご、ごめんね、方正くん! 伝票の提出にきました!」
佐倉さんが直立不動で書類を差し出すと、副会長は指先ひとつ乱さずにそれを受け取った。
「検収印の角度が机の水平軸に対して12度傾斜しているが、金額と品目の整合性は取れている。受理しよう。……それから矢吹さん」
「ん? なに、メガネくん」
「君のスカートのベルト位置が規定より3.5センチ低く、裾が膝上規定に抵触している。だがそれ以上に――」
副会長はすっと視線を私の顔に落とし、銀縁メガネを中指でクイと押し上げた。
「君の皮膚の紅潮度合い、および発汗の停止状態は、熱中症ステージ1(熱失神・熱痙攣)の初期兆候を示唆している。外気温34度に対し、教室と廊下の往復で水分および電解質を補給していないな」
「は……?」
「校則違反の指導より、生命維持プロトコルの優先度が上だ。そこに座りなさい」
副会長は有無を言わさぬ手つきで、小型の四角い保冷バッグからキンキンに冷えた経口補水液のペットボトルを取り出し、ドンと私の前に置いた。キャップはすでにカチリと開けやすいように半回転緩められている。
「塩分濃度0.2%。一気に飲むと胃痙攣を起こす。5分かけて均等に飲みなさい。……佐倉さん、君もだ。指先がわずかに震えている。冷気循環の良いサーキュレーターの前へ移動を」
「う、うんっ……!」
怒られるかと思ったら、まさかのガチ心配&完璧な救護措置。
「え、あ……ありがと……」
思わず言われるがままペットボトルを握りしめて、私はぽかんとしてしまった。
何なのコイツ。
噂では「歩く校則」とか「冷酷な四角四面のサイボーグ」って聞いてたから、もっと嫌味な優等生かと思ってたのに。
全然違う。ただの過保護野郎じゃん。
用件を終えて生徒会室を出たあと、渡り廊下のベンチで冷たいボトルを飲んでいると、隣の佐倉さんが顔を真っ赤にしてモジモジしていた。
「あ、あのね……矢吹さん……!」
「ん? なに?」
「あの……引かないで聞いてほしいんだけど……!」
佐倉さんはギュッと拳を握りしめ、まるで一大決心をしたような顔で、私の耳元に身を乗り出してきた。
「私ね……!! 方正律くんを『推して』るの……!!」
「……は?」
「きゃーーーっ!! 言っちゃった言っちゃった言っちゃったどうしよう!!」
両手で顔を覆ってバタバタと悶絶し始める佐倉さん。
あまりのギャップに、私は吹き出しそうになった。
「え、推し!? あの定規みたいなメガネを!? アイドルとかじゃなくて!?」
「そうなの! 誰も分かってくれないんだけどね、あの人が定規でノートの端を測る時の真剣な横顔とか、怒ってるように見えて誰よりも先に体調不良に気づいてくれるところとか、もう尊すぎて……! 今のボトルのフタの緩め方見た!? あれ絶対に手が滑らないように配慮された神ファンサだよ……!!」
早口で一気にまくし立てる佐倉さんの目は、さっきのおどおどした小動物から一転、完全に限界オタクのギラギラした光を放っていた。
「あはははは! なにそれウケる!!」
私はお腹を抱えて笑ってしまった。
「でも、わかるかも。あいつ、堅苦しくてウケるけど……なんか、めっちゃ真っ直ぐっていうか、嘘がないよね。冷たい顔してめちゃくちゃ見てんじゃん、人のこと」
「そうなのーーっ!! 矢吹さん、わかってくれるの!? 天才なの!?」
佐倉さんがガシッと私の手を両手で握りしめてきた。
「ちょ、近い近い! 暑いって!」
笑いながら手を払うけど、悪くない。
大人しくて住む世界が違うと思ってた同級生と、まさかあの「四角四面のプリンス」をダシにして友達になるとは思わなかった。
「よし決めた! 佐倉さん、文化祭の準備終わったらさ、あいつが放課後に何回メガネ直すかカウントしに行こ!」
「えっ、いいの!? ちなみに私の観測史上、最高記録は1時間に42回だよ!」
「多っ! 完全にクセじゃんそれ!」
熱風の吹き抜ける渡り廊下で、私たちは冷たいペットボトルを掲げて笑い合った。
退屈でだるいだけだった文化祭の準備が、なんだか急に、最高に面白くなりそうな予感がしていた。




