第42話 ジャイアントプランツゴリラ
試練開始から、3日目の朝。
「起きたか、コトブキ」
目が覚めると、葉っぱ1枚姿の上田が、近くの蔓に干してあった洗濯物を取り込んでいた。お母さんかお前は。
着替えをして、焚き火の後処理をし、片付けを済ますと、俺たちは例の地図のバツ印のところに向けて、再び歩み始めた。
「お前さんは…………今後も、『殺さず』でいくか?」
昨夜の上田からの問いには、結局答えることができなかった。
王になった今、トワリと交わした「非殺の誓い」の愚かさが改めて身に染みていた。
敵の殺害は、最も合理的な無力化の手段である。その一面があるからこそ、人類は戦争などという愚かな歴史を繰り返してきたのかもしれない。
しかし、歴戦のボディガードたるトワリは、そんな俺の拙く危うい命令に従うと誓ってくれた。王の意思を尊重し、それを貫く「剣」として。
そんな彼女の命がけの誓いを裏切るわけにはいかない。
かといって、直面する戦争の規模は拡大している。対ビーフシチュー王国どころの話ではなくなった。敵兵の数は現状で数万。それが今後、ドクダミ皇国にいる動物たちのストックが尽きるまでは、ほぼ無尽蔵に増えてゆく可能性がある。
そう言えば、元パクチー王国の国民は無事なのだろうか? もし囚われているならば、救ってあげる必要があるのではないだろうか。
それも含め、「敵を殺すこと」なしで、一般国民の命を守っていけるのかと問われれば、甚だ疑問だ。
上田もそれを理解していたのだろう。
答えを出せないでいる俺に対して、
「大いに悩めぇ! まだ、ウズカブトとやらを手に入れるまでは数日はかかるだろ。一緒に悩もうや、触手チンチン丸殿」
と言って俺の肩を叩くと、1日目に作った簡易の葉っぱお布団にくるまり、上田は先に寝てしまった。
もちろん昨夜から、服を乾かしている最中だったので、パンツのかわりに葉っぱ1枚だけ身に着けた格好のままだった。
今朝の俺は、過去2日間よりもさらに口数を減らして歩いていた。
上田も同じだった。
強敵との遭遇まで、あと数時間——
◆◇◆
国境地点も、今朝は比較的静かだった。
「アコン、大役ご苦労でした。下がりなさい」
「ふぅ……リゼ様……さすがに擦り減りましたよ……」
「ありがとう。ここからはわたくしとミシュリーさんで警戒しますわ。試練を止めるわけにはいきませんが、可能な限り身体を休めなさい」
「ありがたきお言葉」
アコンは城に向かってフラフラと歩き出した。
ラズベリー兵たちは馬車を用意しており、彼はそれに乗り込んだ。
昨日のような、毒魔法サーフボードを使った移動はしなかった。
「予言の話は……アコンには後ですわね。ミシュリーさん。2人で集中すれば、例の魔物を感知できるかしら」
「…………あのムカつくタコの透明化は、相当な精度なのよ。せいぜい7割ってとこでしょうね」
「ですわね。でしたら最悪の事態に備え、防御壁の展開と索敵、交代交代で担当いたしましょう」
「せっかく攻めどきだと思ったのに……厄介な魔物がいたものね……」
ローザリーゼが斧を空中に翳して、ぐるんと振り回した。
それを合図に、ラズベリー側の国境を守るように、巨大な茨の壁が地面を揺らしながら生えてきた。
国境付近に、トゲトゲの緑色の、分厚い茨が高く高く聳え立った。
ミシュリーは丸太の上であぐらをかき、自分の両手をしっかりと結んで祈りの体勢をとる。
「何一つ見逃さないわ——」
ミシュリーを中心に魔粒子の衝撃波が放たれた。
この戦争は後に、「ドクダミ戦争」と名付けられる。
その最前線では、静かだが、ものすごい緊迫感を纏って時が刻まれていた。
◇◆◇
「バーグ師匠サァンッ!!」
ベキィッ!!
「んごおっ! ありがとうございますっ!!」
「まーくん! ダメですっ!」
バチンッ!!
「へぶっ! い、痛いですなっ! 感謝しますぞ、トワリ……!」
こちらはこちらで、別の地獄が広がっていた。
フランボワーズ城敷地内の地下空間では、相変わらず布人形たちの数を減らせずに、悪戦苦闘しているフィジカル&魔具チームがいた。
「ふぅ……ふぅ……みなさん少し、魔粒子濃度には慣れてきましたが……敵が減らないのでは埒が明きませんね……」
トワリは息を整えながら、1万体弱の人形たちを眺めていた。
どうやら、何の成長もしていないわけではないようだ。メンバーが気を失いかける頻度自体は、かなり減っているらしい。
「っきしょう! どうすりゃ弾が当たるんだよ! 昨日から散々いろいろ試してんだぞ!」
バーグ師匠が嘆く。
「ゼェ……ゼェ……ワレワレハ何ヲ求メラレテイルノデシタッケ?」
「『こいつらを全員打ち負かすことができた者だけ、このアコンが直々に最終審査を行ってやろう』————と言っていましたな」
まーくんが肩で息をしながら、アコンのモノマネをした。
「ヨク、一言一句覚エテイマスネ……」
ングディンが、尊敬なのか、呆れなのか、どちらかわからない視線を送ると、まーくんは空元気でサムズアップして微笑んだ。
……もしかして君たち、試練始めてからちょっと仲良くなってる?
「『打ち負かす』……まーくん、待ってください! 去り際にアコンは、もう少しボソボソと何か言っていませんでしたか?!」
トワリが何かに気がついたようだ。
「たしか去り際は……『では俺は、お宅らの国王のところに向かう。あんたたちは、18時まではこの空間から出られないが、時間になれば昼食も届くことになっている。せいぜい試行錯誤してくれ。じゃあな』」
まーくんが、またアコンのモノマネをした。
「なんで一字一句覚えてんだよ。ほんで、なんでちょっと似てんだよ」
「いえ、まーくん! その前です!」
「えー…………『だから言っただろう。置いてある武器を使えと。そこにある武器でなければ、こいつらのコアは…………おっと、これ以上はヒントになるな』。 …………っ! トワリ殿……これは!」
「それ! それです! まーくん!」
バーグ師匠とングディンは、顔を見合わせて口をあんぐりと開けた。
「そんなこと言ってたか!? っていうかそんな大事なこと、もっと早く教えてくれよ!!」
「いえ……無意識で記憶していたようですな……申し訳ない……」
「なにそれ、あんたの能力か?」
「特技と言いますか……職業病と言いますか……」
「何でもいいです! コア……どこかにコアがあるはず……!」
トワリは、並んだ布人形たちを見渡す。
「私たちが持つ武器で、それを破壊するのが目的——」
トワリの目が輝き出した。
彼女のテンションが上がることは、例えるなら、アニメや特撮で言うと、メインテーマ曲が流れ始めたのと同じことだ。
行けるのか、トワリ?!
勝ち確演出を、呼び込んでやってくれ————!
◆◇◆
そんな風に、各チームがそれぞれ真剣に動いている中、なにやらひとりだけ、怪しげな動きをしている者がいた。
フランボワーズ城内をコソコソと動き回る、めちゃくちゃ目立つ海賊帽の下に、泥棒がよくつけているあの模様のホッカムリを身に着けた男。
ゴージャス☆ナラハラ。
彼はどこかで聞いたような潜入BGMを鼻歌で歌いながら、廊下を俊敏に動き回っていた。
…………城の従者たちからは、どう見ても丸見えだった。
「ふむふむ。ちょっとだけ検知できたゾイ。変な魔粒子出しやがってー。ヘンゼルとグレーテルかっつーの!」
どうやら……彼は一応ミシュリーに言われた通り、アコンの魔粒子を追いかけていたらしい。
ナラハラはある部屋の前に辿り着くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「はっはーーん? さては、疲れ果てて寝てらっしゃいますネー?? ウフフフフ……」
ううむ…………俺も人のことをとやかく言えたものではないのだが。
ホントに今必要なのか!?
ナラハラの描写!!?
つづく——




