第41話 理想論(2)
フランボワーズ城の入口には、巨大なホールがある。
はじめに来たときは、テーマパークのアトラクションの中かと思ったほどだ。まるでおとぎ話に出てくるお城そのものである。
ミシュリーとローザリーゼは、じゃんけんを続けながら、なぜかこの場所まで移動していた。
ちょうどそこへ、2日目の試練を終え、くたびれきったフィジカル&魔具チームと、単独になってしまった魔法使いチームのナラハラが戻ってきた。
正面の門から入ってきた彼らの様子はひどいものだった。
まーくん、ングディン、バーグ師匠の3人の顔が、コブと青痣でボコボコになっていた。
試練の最中、高濃度魔粒子で気絶しないように、お互いを殴り合った結果だろう。
しかし不可解なことに、それを提案したトワリの顔は綺麗なままだった。
「なんだかすみません。私だけ気絶しなくて」
他の3人は、何も言い返せなかった。
……俺も、実にコメントしづらい。言い出しっぺのトワリだけ、気絶する素振りがなかったらしい。
まぁ、良かったんじゃないかな。レディの顔をビンタせずに済んで。
次いで、疲れ切って腰が曲がったナラハラも城に入ってきた。
適当な木の枝を杖代わりにしており、まるで後期高齢者のお爺さんだ。
だが、この5人、城のホールの景色を見て、仰天することになる。
「ン……? オワァ!? ナンデスカコレハ!?」
最初に気づいたのはングディンだった。
城の玄関ホールの空中に、赤、青、緑、黄色、紫の、5つの光の球が浮かんでいた。
トワリが呟く。
「これは……ミシュリーの予言……ですが…………数が…………」
正面階段の上には、汗だくになり、声を枯らしながらじゃんけんをするミシュリーとローザリーゼがいた。
「最初はグーッ! じゃんけんぽいっ!!」
彼女らのじゃんけんに決着がつくと、5つの球がブルっと震える。
どうやらじゃんけんをする度に、ほんの少しずつ大きくなっているらしい。
ミシュリーの普段の予言で生み出される光球は、3つまでのはずだ。
今回は5つ——
「な、何かが起こっている……!」
まーくんが、ボコボコの顔のまま驚愕している。
光球はますます大きくなる。
真剣な眼差しでじゃんけんを継続するミシュリーとローザリーゼのこめかみから、次から次へと汗が流れ続けていた。
◆◇◆
「鮎、美味すぎるよね」
「間違いないね」
一方、葉っぱ1枚の国王2人は、焚き火を囲んで焼き魚を食べていた。
この年代記を読んでたら、我ながら俺が呑気すぎてムカついてきた。
コトブキ!! 鮎うめーとか言ってる場合じゃあないんだよ!! アホがよぉ!!
「さてと、今夜は腹を割って話そうぜ、コトブキ」
上田がまた、藪から棒に話を振ってきた。
こいつはいきなり本題に入るのが好きなのかもしれない。そうしろって、お前の台本に書いてあんのか?
「…………はぁ? 急に何だよ上田。そういうのは普通、前置きをしてから話すもんだろ」
「確かになぁ…………だが戦況を聞くに、そろそろ、そんなことも言ってられんようだからな」
上田はお魚の尾っぽまでガっと口の中に放り込むと、串の代わりに使っていた木の棒を、焚き火の中へポンと投げ込んだ。
焚き火はパチパチと音を立てている。
焼いた魚の匂いと灰の匂い、そして暗闇に光るオレンジの炎の色は、俺たちの心を落ち着かせてくれるような気がする。
「トワリちゃんからの質問で、あのアコンって奴が言ってたよな。敵は動物を魔物にしている。狂ってるよ。まぁ……その意味だと、俺らのこの試練も大概だけどなぁ。とにかく、奴らの軍事力が俺たち三国のそれを上回るのは、時間の問題だろう」
そう。状況は俺たちが想像していたよりも切迫しているようだった。
しかし、だからといってすぐには参戦できない。
女王ローザリーゼは、今の俺たちでは実力不足だと突きつけ、絶対に試練をクリアしてこいと言った。彼女のその意志が折れることはまずないだろう。
「今夜の話は、お前さんを試すための話じゃない。俺やお前の国が、今後どうやってドクダミと戦っていくか考えるための確認だ」
上田は焚き火を見つめていて、俺の方を見ていなかった。
「……で? 腹を割って話すっていうのは?」
俺は上田の顔を見る。
上田はゆっくりと話し出した。
「まず確認しておきたい。お前さぁ。トワリちゃんに殺しを禁じてるだろ」
「…………」
その通りだった。
この世界に来てまだ間もないあの夜。
俺はトワリに「誰ひとり殺すことなく俺を守れ」と命令した。
しかも、トワリに「決して撤回しない」とも誓っている。
「うちのバーグ師匠がトワリちゃんと戦った時の報告で聞いてるよ。あの子は、殺意なしでうちのバーグを倒した。強すぎだろっ」
上田は、ハハハッと笑って見せる。
腹を割って話すということだ。これから一緒に戦う戦友に、俺は偽りを言うわけにはいかなかった。
「そうだね。確かに『誰も殺すな』と言ったよ。正直さ。正式に王にしてもらって、少しずつわかってきたけど…………今となっては、めちゃくちゃ浅はかな回答をしたとは思ってる」
上田は一旦これには返事をせず、薪を追加しながら次の話へと移る。
「もう一つ。俺が気になってるのは、お前が俺を倒した時のあの魔粒子だ」
「…………えーと、どの魔粒子だって??」
「白い魔粒子。まーくんが俺を撃つときに、お前が出してただろうが。白の魔粒子っちゅうのはな、だいたい天才の子供魔法使いにしか出せないなんて言われているものだ。あまり解明されていない」
「ミシュリーは、そんなこと言ってなかった気がするけどな」
「あの魔女は天才側の人間だからな……ガチで気にしてなかったか……お前さんの国の例の秘密に関わるか、どっちかなんじゃねえか?」
白の魔粒子……
思い返せば、それまでの災厄と共に歩む者の魔粒子とは色が違っていたけど、それがそんなに大事なのかな?
「ここで1つ目の本題だ、コトブキ。ピスタチオ王国が隠し続けている秘密。お前は何だと思う」
「………………」
来たか、この質問。
ミシュリーとまーくんが隠し続けていて、俺にも上田にも、絶対に明かせないという質問。
俺は顎に手を当てながら焚き火を見て、少し考えてから答えた。
「やっぱり俺は、先代触手チンチン丸に関係がある気がしてる。ミシュリーとまーくんが言葉を濁すのは、いつも、ソボロデンブに繋がる情報の時だったような……気がするから」
ピスタチオ王国にナラハラがやってくると聞き、その対策をしていた時のまーくんとの会話。
炎のチャレンジャー2で気絶した後、目を覚ました時のミシュリーとの会話。
なぜ新国王として俺の存在をすぐに公表できないかとか、俺がソボロデンブと会話した内容についての話とか、2人はそういう話をしている時に限って、何かを言い淀むことが多い。
「だよな。俺もそう思う————あの絶対防御じじぃは本当に死んだのか? 死んだとしたら、俺たちに何を残した。そしてデイが果ての森に仕掛けた『高速の拘束魔法』に、なぜ魔女ではなく、まーくんがかかった?」
……デイって、「高速の拘束魔法」も使えるって、前に書いてあったね。よくわからんが、優秀だよね。
「あの日、気絶したナラハラを国境まで送ったまーくんは、そのまま城に帰らずに、果ての森に行ったっぽいんだよね…………もちろん、俺も真相は聞けなかったけど」
ミシュリーに「お前たちを信じる」と宣言をした以上、当然まーくんにも、秘密を問いただすことなどできやしない。
「やはり、果ての森に何かあるか……」
上田は、葉っぱで作ったコップを手に取って、さっき蒸留した水を飲む。
「よし、2つ目だ。お前さんは…………今後も、『殺さず』でいくか?」
「…………そうくるよな」
夜が更けてゆく。
俺はここで、しばらく考え込んでしまった。
◆◇◆
ドクダミ皇国の奥深く。
ラズベリー王国との国境からは、100km近く離れた場所に、ドクダミ城が建っている。
ドクダミ城の姿は異様だった。
一見、西洋風の城なのに、頂上の部分にだけ、日本風の天守閣が合体されているように見える。
正直に言うと、ものすごい違和感がある。
はっきり言って、気持ちが悪い。
その天守閣の手前の高台に、途中一度も休むことなく2時間ちょっと飛び続けたワシの魔物が戻ってきた。
当然そのワシは、両足でイタチとタコの魔物を抱えている。
「ひーー。高かった二」
「ふん。ワシをいいように使いおってからに」
「どうでもいいデショウ。さっさと報告に行きマショウ」
3体の魔物が、ゾロゾロと城の中へと入って行った。
なぜ、ドクダミ皇国の様子が、この年代記に記録されているのか。
それは——いずれ説明することにする。
とにかく今重要なことは、イタチとタコとワシの魔物が無事にこの城に戻っていて、ローザリーゼやミシュリーとの戦いの報告をしようとしているということだ。
「ただいま戻りました二————————ヴェレノス様」




