第40話 先っちょだけ折れたバベルの塔
「逃げ足が速くていらっしゃるの……ねっ!!」
ズドオオオオオオオン!!!
前回までのあらすじ。
2匹のしゃべる魔物に右腕をぶった斬られた女王ローザリーゼだったが、自慢の植物系回復魔法で即座に右腕をくっつけたため、めちゃくちゃピンピンしていた。
……どうなん?
今はミシュリーの魔法、ほむら・バリエールの炎の壁で囲まれた特設リングの中で、おしゃべり魔物2匹は必死に逃げ回っていた。さっきのすごい音は、ローザリーゼの振り下ろした大斧が、地面を思い切り破壊してしまった音だ。
「ハァアッ!! さぁ! お話し合いをする気になったか、そのお命を諦めるのか! お選びなさい!!」
ミシュリーの炎の壁は、だんだん狭まっていて、刻一刻と彼らの逃げ場を減らしている。
だが、この炎——
俺、能都コトブキが、過去に果ての森で味わった試練の時の炎とは、性質が異なっていた。
「チィッ、バケモノめ……オクトパレント! そろそろ発動シロ!! もうアイツが来る頃だニ!!」
「仕方ないデショウね。退くのが良いデショウ……」
オクトパレントは、サイゼルの肩の上にピョイと飛び乗った。
「隠密の術——」
オクトパレントが呟くと、彼が乗っている鎌鼬のサイゼルの体ともども、保護色で見えなくなってしまった。
「……舐めた真似してくれるわね。ミシュリーのウィジオ・クローマを上書きしながら消えるなんて……頭に来るのよ」
珍しく、果ての魔女様はお怒りのようだ。
自分の魔粒子可視化魔法をコケにされた気がするのだろう。気持ちは分からなくない。
ローザリーゼはここで目を瞑った。
2匹の魔物は不可視になりながら、オクトパレントのタコ足をぐぐっとバネのように縮めさせ、ミシュリーの炎の壁の上部へと逃げようとしている。
オクトパレントの足が、大地を思い切り蹴った。
ドウッ!!
魔粒子の爆発と、タコ足の反動を合わせたジャンプ。
魔物2匹は高く飛び上がることに成功した。
だが、魔粒子を使い、大きな音を立てたのは、間違いなく悪手であった。
「見ーーつけた」
呟いたのは、ローザリーゼ。
彼女もまた魔粒子を爆発させ、地面を蹴り、大斧を構えながら数m跳躍した。
そして、すごい速さで2匹の魔物に追いついてしまう。
「こいつ——ホントに人間かニ!? オクトパレント!!」
サイゼルは鎌を、オクトパレントはタコ足を差し出し、彼女の斧の衝撃を受け流す。
リゼは彼らを地上に戻すため、空中で、上から下に斧を振り下ろした。
ジャリジャリジャリ!!
サイゼルの鎌に斧が当たるが、サイゼルはなんとかその攻撃をいなした。
とは言え、斧の勢いは下向きのベクトル。
サイゼルの体は下に向かって、振り落とされてしまう。
「ウオオオ!」
だがこのとき、オクトパレントの足は防御に使われたのではなかった。
タイミングよくリゼの大斧の柄に巻き付いたオクトパレントは、リゼの強大な筋力を頼り、なんと空中でその柄を鉄棒のようにして、ぐるりと回転し、下向きのベクトルを上方向に変えて、さらに高く飛び上がってしまった。
……某有名バトル漫画でしか見たことないぞ、こんなの!
「ミシュリーさん!!」
「閉じるわ!!!」
ミシュリーは、ほむら・バリエールで形成した炎の壁の天井を、即座にドーム型に閉じた。
だが——
「カマイタチ————!!」
なんとサイゼルは上方向に風魔法を発射し、その炎に穴を開けてしまった。
「————チッ」
ミシュリーの炎の天井の穴。
そこから一瞬の隙を突いて、1羽のオオワシがやってきた。
————もちろん、ただのワシではない。
ワシの魔物だ。
「カーーカッカッカ!! 大口を叩いた割に、やはりこのザマかのう!」
「ワシのジジイ! 早く助けるニ!!」
ワシの魔物は、サイゼルとオクトパレントの体をガシッと掴むと、一目散に、炎の穴へと戻る。
「蔓よ!!」
リゼは彼らを逃がすまいと、空中で、斧の先端から魔法で植物の蔓を伸ばす——!
だが、ワシの羽ばたきは相当速く、落下を始めたリゼが放つ魔法では、あと一歩のところで届かない……!
最後に、ミシュリーが杖を構えた——!
「螺旋炎……」
しかしここで——ミシュリーは呪文の詠唱を止めてしまった。
リゼは落下しながらミシュリーを見る。
(短い詠唱での螺旋炎禍槍では…………彼らを……殺してしまう……)
彼女は、コントロールできない状態の自らの魔法を、誰よりも恐れていた。
実際、今回のミシュリーのほむら・バリエールの炎の壁も、彼らを一瞬で消し炭にするほどの出力で出されていなかった。
…………これもすべては「敵を殺さない」ために。
「キキキキ! ヒャッハッハッハ!! また来るニ! クソアマども!! 今度はもっと人数を連れてニ!! キキキキキキキキ!!」
ワシの魔物は、ほむら・バリエールの天井の穴を抜けて、ドクダミ皇国の方へと飛び去る。
3匹は、ほむら・バリエールの炎の壁の隙間から見える狭い空から、完全に姿を消してしまった。
ローザリーゼは地面に着地した。
ミシュリーも丸太を地上に近づけて、そこから飛び降りる。
そしてリゼに向かって意味深な一言を言った。
「——拘束では間に合わず、炎は…………使えなかったのよ」
リゼはコクリと頷いた。
女王は、この少ない言葉で、魔女が暗に意味することの意味を理解していた。
いずれにせよ、魔女ミシュリーが攻撃魔法を制限しているのは、間違いなく、あの日俺がトワリと交わした「非殺の誓い」に起因していた。
つまり俺たち三国は、俺の「非殺の誓い」のせいで、国を滅ぼしかねない重大な脅威を、まんまと取り逃がしてしまったのだった——
◆◇◆
ところ変わって、国王チームの試練。
この時の俺たちは、俺のせいで戦場に重大な事件が起きていることなどつゆ知らず、とにかく自分たちの試練のクリアを目指すしかなかった。
俺と上田テッペイの2人は、やっとこさ、小高い丘の上に辿り着いていた。
「あ゙ーーー疲れたぁ゙ーー。この一本道で、俺たちは何を試されてるってんだよ……!」
「まったくだ……さすがに、おっさんには堪えわ……」
上田は腰を拳でゴンゴン叩いている。
俺たちはその丘の上で、少し休憩することにした。
眼下には、次の川も見えている。
おかげで、ガブガブ水を飲めそうだ。上田パイセンの作ってくれた葉っぱの水筒、最高っす。
でも、できれば早く試練から戻って、服は着替えたいな。夜中、同じ服を洗って干している間、葉っぱ1枚だけ身につけて野営するのは、かなりしんどかった。
さて、そうして身体を休めている間に、俺はあることに気がついてしまった。
ちょうど真北と思われる方角に、何やらめちゃくちゃ高い塔というか、超巨大という言葉がチープに感じられるような建造物の影が見えていた。
「上田。すげーいい眺めなんだけどさ、北に見える、信じられないくらい太くてでかい建物——つーか壁みたいなやつ。あれは何なの? あんなん、塔ってレベルじゃないけど…………って、んんん????」
俺は上を見上げてみた。
うん——
なんでかな??
え???
頂上はどこです????
「待って待って待って! 高すぎじゃね?? 宇宙まで届いてない!?」
「あーあれか。確かラズベリー王国の調べだと、ギリ宇宙には届いていない高さらしいぞ。研究の結果、高度90kmくらいと予想されてるらしく、むしろあの建物を基準にして、宇宙は高度100km地点からとするって決めたらしい」
「なんだって? 90km!? そんな建造物がこの世に存在できるわけないだろ。建造物っていうか大陸じゃんか! 垂直方向の!」
「そうだなぁ。ただ北極に大陸はないぜ、コトブキ? あれはどうやら、海の底を突き抜けてさらに下からぶっ刺さってるらしくてな。あそこに陸地があるわけじゃあないのよ」
「違う違う上田、そこは今はどうでもいいんだよ! 『あれは何なんだ?』って聞いてんの!」
「だから、北極点の海底にぶっ刺さってる、『先っちょだけ折れたバベルの塔』だろうが」
「先 っ ち ょ だ け 折 れ た バ ベ ル の 塔 ! ? ! ?」
「知らんのか? 隣の海のとこ見てみ? タワーみたいのが逆さまにぶっ刺さってんだろ。あれが神話の時代に折れたと伝わってる先っちょ。でかすぎだよねえ」
上田が塔の横を指さした。
確かに、奥の方に霞んでいるが、上に行くほど太くなっているもう一本の塔がありそうだ。あれだけでも十分でかく、先端は全く見えない。
「どうしてあんな建造物が、先っちょ以外ぶっ壊れずに、大昔から残っていられるのか。何の素材で出来ているのか。いつ、誰が建てたのか。どんな建築法で耐えているのか。魔法が使われているのか。ぜーんぶが謎の建物なんだよ。そもそも俺たち現代人は、北極圏をまともに航行することすらできねぇんだぜ? 一年中高速の海流に、シャレにならん乱気流。かなり溶けてるらしいが、氷河だってまだまだある。だから、誰も詳しい調査はできていない。未踏の地なんだよ」
バベルの塔……
そんなバカな。
たしか現世では、聖書に出てきたバカ高い塔で、天に届こうとしたら神様に怒られてぶっ壊され、そのせいで世界中の人々の言語がバラバラにされてしまったという話だったはずだ。
まさか……この世界の言語がバラバラなのに、だいたい全部読めるのは、バベルの塔が中途半端に壊されただけで済んだからって言うんじゃないだろうな!?
「コトブキ。ゲーテも言ってただろ? 『自国語を学ぶことで、他国語についての理解も深まるのだ』ってな」
「いや、それを言うなら真逆だろ。ゲーテの格言は『他国語を知らないものは、自国語に関しても無知である』だ。『外国語を勉強しないと、自分の言語のことすら、あんまよく理解できないんだぞ!』ってやつだろ?」
俺は、高校や大学で習った知識をひけらかして、訂正してみた。
だが、上田は意外な反応をした。
「は? …………ひょっとして、お前さんの世界ではそうなってたっちゅうこと?」
「……え。上田今の、ギャグじゃなかったの……?
本気かよ……そう言えばお前、なんで平家物語とかゲーテとか、そういう知識に詳しいんだよ」
上田は、ものすごく渋い顔をしながら、照れを隠すように話した。
「う、うっせえな。これでも俺だって国王なのよ。『蘊蓄王』とかって呼ばれたくて、こそこそ勉強してたの! 悪りいかよっ!」
上田は頭の横をボリボリと引っ掻いた。
「——だがコトブキ。お前の世界にもゲーテはいたし、平家物語もあったっちゅうことだな? 源平合戦なんて、ハポンっつう、遠くの国の歴史の話だ」
「ハポンて! 日本じゃないんだ! もちろんゲーテはいたし、平家物語なんか、中学の時に暗唱テストまでさせられたよ。なぁ、いくらなんでもこの世界、俺の世界との共通点があり過ぎじゃないか? やっぱり何かおかしいぜ!?」
「…………もしかして、もしかするが。こいつは、お前さんところの魔女とまーくんが隠してる、例の秘密と、なんか関係があんじゃあねえのか?」
上田の言葉に、俺は目を見開いた。
俺たちの間に、謎の緊張感が漂った。
そして、しばらく2人で黙って考えた後、上田と俺は一緒に、同じタイミングで、同じ言葉を吐き出した。
「……そうかなぁ〜〜??」
「……なんか、よくわかんなくなってきちゃったな。もう行こうぜ、上田」
「あぁ……考え事は歩きながらでもできる。……まだお前のことで、わからんこともあるしな」
「ん? なんか言ったか?」
「——後のお楽しみだよ。行くぞ、新米」
国王2人は地図のバツ印を目指し、まだまだ先へ先へと進んでいくのだった。




