第39話 折れない花
前線に突如現れた、不可視のタコと鎌鼬の魔物。
なんとこいつらは、今まで見てきた魔物たちと違い、ヒトの言葉を話し始めた。
「どうだ、また消えられるかニ? オクトパレント」
「エエ、サイゼルさん。もうすぐ魔粒子の向きがそろうデショウ」
会話を聞くに、鎌イタチの魔物がサイゼル、透明タコの魔物がオクトパレントと言うらしい。
いかにもな、わかりやすい名前だ。
しかしなんだよ、この人間みたいな会話は……
どうしてその体で人語が話せるんだ。不気味すぎる。
そんなことよりも、気になるのはリゼの右腕だ。
こいつらの見えない攻撃によって、彼女の腕が真っ二つに切断されてしまったのだ。
不可解なことに、イタチの両前足の大鎌には、一切血がついていなかった。なら、どうやって彼女の腕を斬ったのか。
鎌で直接斬っていない……すなわち、まさか文字通りの「かまいたち」……? 「空気の斬撃」を発生させたっていうのか??
リゼは、スパッと切られた右腕からぼたぼたと血をこぼしながら、自分の斧と切断された方の右腕が落ちている場所に向かって、ゆっくりと歩き出す。
「余計な手間をかけさせてくれますわね」
女王は目線だけを、ギロリと2体の魔物の方に向けた。
その間に、ミシュリーが大声で立て続けに叫ぶ。
「ウィジオ・クローマ! ほむら・バリエールッ!!!」
それは、魔粒子の可視化魔法と、炎の壁によるバリアの魔法。
ミシュリーとリゼがいる場所と、ラズベリー兵のいる場所の間に、高さ数mの炎の壁が、ボオオオオオオオっという音を上げて一気にそそり立つ。
ミシュリーはさらに叫んだ。
「ラズベリー兵!! 退きなさい!!! 守りに徹するのっ!!!」
ラズベリー兵は、女王以外から発せられた突然の命令に戸惑ったが、リゼも兵たちの方を向いて頷いたので、彼らは急いでそれに従った。
「ご挨拶が遅れましたわね。はじめまして、おしゃべりのできる魔物さん。会話ができる方がいらっしゃったなんて、とても有難いことですわ」
ローザリーゼは、地面に落ちた自分の右腕を左手で拾い上げた後、2体の魔物の方を向いた。
彼女は自分の右腕を持ち上げ、あろうことか、左手だけでポンポンとお手玉しながら、魔物との会話を試みていた。
「貴方がた、見たところ知性がお有りなのでしょう? お話し合いでもいかがかしら?」
「ハッ! 話し合いだニ? 笑わせるニ。オミーらは、オレたちドクダミ皇国によって、きれいさっぱり滅ぼされる運命にあるんだニ。汚らわしい人間どもがヨォ!」
鎌鼬のサイゼルが言う。
擬態能力持ちとみられるオクトパレントも話し出す。
「右腕のなくなった女王デアレバ、こちらに勝機が生まれるデショウ? 殺しマス……」
「殺す」——
オクトパレントは、はっきりとそう言った。
ローザリーゼは毛ほども怯まない。
「そうですの。ところで、おしゃべりこそできるようになっていても、まだ、わたくしのことはあまりご存じでないようですわね」
サイゼルは、ジャキッと鎌を鳴らした。
オクトパレントもサイゼルの肩からビジャッと飛び降り、8本のうち、2本の足を使って地面に立った。立ち上がってみれば、身長はサイゼルより大きい。
「世間知らずで、すまんニ。こちとら生まれて間もないんでニ」
「あら、そうでしたの。では、わたくしが世間の皆様から何と呼んでいただいているのか、ここで教えて差し上げますわ」
女王は深呼吸をすると、自分の右腕を、ぼたぼたと血が流れ続けている傷口にぐちゅっと押し当てた。
そして、それは詠唱か、はたまた命令か。
「40億年の生命の歴史よ——そのすべてを、今日もわたくしに読み込ませなさい——」
言葉に反応し、彼女の傷口が淡いピンクの光をまとい始めた。
皮膚が、筋繊維が、血が、神経が、ぐぢゅぐぢゅと音を鳴らして暴れている。
傷口と傷口が、それぞれ糸みたいに変異して、互いに絡み合うように蠢いていた……!
「神の真似事————」
ビカッ————
リゼの右腕の傷口に、光が溢れる。
ピンクと緑の光が周りを美しく照らす。
「……キキキ。オクトパレント……ちゃーんと記憶してくれよニ」
「モチロン、もうやっているデショウ」
しゃべる魔物の2人も、女王の魔法の情報を漏らすまいと身構えている。
一方で、この隙を叩くという発想はなかったようだ。女王の鋭い眼光が、彼らが動くことを許さなかった。
このあまりにも生々しい回復魔法。
植物魔法と呼ぶには、明らかにその範疇を超えている。
ミシュリーも、後方の大群も含めた魔物たちの動きに警戒しつつ、リゼを眺めていた。
(噂に聞く、ラズベリー女王の回復魔法…………なんて危うい魔法なの……こんな魔法を常用していたら……)
ローザリーゼの右腕から肉と血の混ざり合う音が消えると、彼女の腕は、完全に元通りになってしまった。
リゼは、グー、パーと、右手のひらを開いたり閉じたりする。
そして問題ないことが確認できると、勢いよく斧を拾い上げ、身体を回転させ、ガシャンと戦闘の構えを取った。
「わたくしは、ローザリーゼ=エリザベート=ラズベリー=タカヤマ。人呼んで『折れない花』——またの名を『不死身の女王』」
彼女の斧が空を切って、ビュンと鳴る。
「貴方がたが話し合いに応じてくださらないのであれば、お覚悟をしていただきますけれど? よろしいんですのね?」
サイゼルと、オクトパレントは彼女を見て、一歩だけ後退りをした。
同時にオクトパレントは、タコ足の一部をチラチラと変色させていた。




