第38話 大陸最強の女たち(2)
ローザリーゼの一撃必殺「閃光」が、魔物の大群を真っ二つに斬り裂いた。
魔物たちの赤い血が宙に向かって垂直に噴き出し、雨の如く降り注いでいる。
女王は、まだ奥に控えている魔物たちの前に立ったまま、降り止むまでずっと、その赤い雨を浴びていた。
生臭くて鉄臭いその雨が止んだ時、ようやく彼女は呪文を唱えた。
「ザイフェンバウム——」
静かに唱えると、彼女の巨大斧の先からブクブクブクっという音がし始める。
出てきたものは何か。
——泡だ。
斧から泡が出ている。
その泡はぶくぶくと塊をつくって回転し、ドレスごとリゼの身体全体を包み込んだ。
泡はしばらくの間、彼女の体の周りをぐるぐると回る。
数秒後に泡が消えた頃、中からローザリーゼが石鹸で洗われた後のような姿で現れた。
泡が、魔物たちの血を洗い流してくれたのだ。
彼女の服の色は、完全なピンクと白には戻らなかった。けれども、次の戦闘に支障がない程度には洗浄された。
「あれがリゼちゃんの有名な植物魔法——直接お目にかかるのは初めてなのよ」
ミシュリーは上空7m地点にて、丸太の上で仁王立ちしながら言った。
植物魔法? 今のが??
水魔法とか、そっち系じゃないのか。
泡に洗われた後のリゼが、遠くから叫ぶ。
「ミシュリーさん!! まだやれますの!?」
二足歩行する不気味な魔物たちに囲まれている状況にもかかわらず、リゼは微塵も焦っている様子はなかった。
「もちろんなのよ。このために昨日1日、力を溜めさせてもらったんだから」
そうか! ミシュリーが昨日、ナラハラの横で呑気にヨガをしていたのはこのためだったのか!
…………いや、少しでも早くここに来てあげた方が良かったんじゃないか?
と、思わなくもないのだが、ここは予言の魔女様の判断が正しかったのだと信じよう。
「やれやれだわ……」
ミシュリーは、ドクダミ皇国側へと丸太を少し移動させ、杖を持ち直した。
「炎や土以外の魔法も見たいでしょ?」
指先でペン回しをするように杖を回す。
そして今度は、手のひらでギュッと杖を握った。
「Hery Misintona」
ミシュリーは呪文を唱えた。
今度は、杖そのものには何の変化も感じられない。
だが、数十m先の空間に漂う魔粒子が、何やらざわざわしている。
魔物たちはそれに気づいてか気づかいでか、ざわつく魔粒子地帯へと、まんまと足を踏み入れてしまった。
「………………ドン」
ミシュリーが呟いたと同時に、魔物たちのいる場所の空気が重くなった。
……何を言っているかわからないかもしれないが、そうとしか言いようがない。
二足歩行の魔物たちは、その場に漂っていた空気の重さの変化により、物理的に押しつぶされ、もはや歩くことすらままならない。膝をつき、頭を垂れ、槍や剣を手放してしまっている。
まさか、これは——重力魔法か……?
ゲームでよく見るあれ。
ゲームよりももっと恐ろしいのは、大げさなエフェクトなど全く出ずに、急に地面がベコンと凹むところだ。
「…………驚愕しますわ、ミシュリーさん。使えない魔法なんてないのではないですか? 呪文だって、一体、何言語操れるんですの?」
ローザリーゼはゾクゾクして、身震いをした。
「結構難しいのよね。周りの物質への影響を最小限に留めるのって。リゼちゃん、行くわよ。————————ビュン」
ミシュリーの「ビュン」のひと言を合図に、魔物たちが一匹ずつ、見えない力の影響で、真横に向かって落ちていき、リゼの元へと飛んでくる。
「女王使いが荒いですわ」
ローザリーゼは大斧を振り回し、勢いよく近づく魔物たちを次々に肉片へと変えてゆく。
「おぉおおおおお゛っ!!」
重力によって地面と平行に落ちてゆくのは、ダチョウの魔物、カメの魔物、フラミンゴの魔物、ザリガニの魔物……
多種多様な動物たちが、見境なく魔物にされてしまっているということを、嫌でも理解させられた。
女王の斧は軽快にテンポよく、彼らの命を奪ってしまう。
ローザリーゼは悲しみを隠しながら、斧を振り続ける。
――いや、正確には隠しきれていない。
どうしても彼女の表情には、この行為の「辛さ」が滲み出てしまっていた。
一方で、人間は悲しみの感情だけでは戦うことなどできないのも事実だった。
ミシュリーは、そんなリゼの姿に共感を覚える。
「……わかるのよ。罪深い行為に、否定しきれない高揚感。ホント、心底自分という人間が嫌になるわ」
彼女は右手に持った杖をじっと見つめ、少し目を細めた。
「とどめを刺していないとはいえ、魔物を倒すのには加担している…………果たしてミシュリーは、『殺し』をしていないなんて言えるのかしら……」
ミシュリーの小さな呟き。
きっとリゼには、離れていてもそれが聞こえていたのだろう。目の前の魔物を一通り斬り終えると、戦場の真ん中から、ものすごく大きなバック宙で、ミシュリーの丸太の真下へと舞い戻ってきた。
「ミシュリーさん、気に病まないでくださいまし。ご理解されている通り、彼らはもはやコントロールできません…………殺めなければ、我が国が滅ぼされますわ」
「そうね……そうなのだけれど……」
ローザリーゼは、なおもミシュリーに何か言おうとした。しかし、彼女はミシュリーの瞳の奥を見つめると、開けた口をそっと閉じ、それ以上言葉を紡ぐのをやめてしまった。
ミシュリーが背負う、過去の重すぎる罪を見抜いたかのように。
ちょうどその時だった——
ゾンッ………………………………
突然、何かの音が鳴った。
ひどく悍ましい音だった。
その音が鳴ると、代わりに、戦場の他のあらゆる音が止まってしまったような錯覚を覚えた。
それほど衝撃的な事態が起こっていた。
何かが宙を舞っている。
それは、大斧と一緒にぐるぐると、勢いよく3mほどの高さまで飛び上がってしまっている。
「……え?」
ミシュリーが不意を突かれた顔をしている。
考え事をしていたとはいえ、あのミシュリーが気づけなかった。
この音が鳴るまで、何が起きたのかを理解できなかった。
ローザリーゼはドクダミ皇国側に首を傾ける。
「…………あらあらあら。ずいぶん、かくれんぼがお上手な魔物さんですのね。今の今まで、わたくしをも騙し切るなんて、素晴らしい能力ですわ。しかも————」
リゼが、何もないはずの虚空を睨んでいる。
ミシュリーとリゼが、魔物たちが放つ魔粒子を、こんな距離に近づかれるまで検知できないはずがない。通常ではあり得ないことが起きていた。
女王の視線を受けた彼らは、もう隠れても無駄だと悟り、何もなかったはずの空間から姿を現した。
まるでSF映画に出てくるような映像。
じんわりと、まるでモザイクを外していくかのように姿を見せたのは、二足歩行のイタチの魔物。そして彼の両肩にねっとりとくっついているタコの魔物だった。
二匹とも、凄まじく目つきが悪い。
イタチの方は、イタチとは思えないほど大きく、恐らく身長は160cm以上ありそうだ。
「キキキキキ! もう見つかっちまうのカヨ。どんな魔粒子検知力だあの女ヨォ! でも、こんなにうまくいくとはニ!」
「ワタシの能力のお陰デショウに。デナケレバ、とっくにあのバケモノ女たちにバレてるデショウ?」
「…………バカな」
ミシュリーは、信じたくないという表情をした。
大陸最強の2人を、完全に欺ける魔物が存在したことになる。
「まさか、おしゃべりまでできる魔物さんがいらっしゃるなんて。わたくし初耳でしたわ」
ローザリーゼが言い終わると、宙に浮いていた斧がザクッと地面に刺さった。
見れば、リゼの身体の右側から、ダバダバと血が流れている。
「キキキキキ! まぁいいニ! 女王の右腕、もーーらい! キキキキキキキ!」
イタチの魔物の前足の側面には、巨大な金属の鎌が生えていた。前足とシームレスに繋がっていて、その表面には青白い血管が走っている。
そう。大斧といっしょに宙を舞っていたもの。
それは、斧を握っていたはずの女王ローザリーゼの右腕だったのだ——
2体の魔物と睨み合うローザリーゼ。
女王の右腕が、ひじの上のあたりで、スッパリと切断されてしまった。
しかし彼女は、叫び声どころか、うめき声すらあげていない。
彼女の右腕が、ぐちゃりという音を立てて、斧の横に落下した。




