第38話 大陸最強の女たち
「ぶもおおおおお!!」
「ぷぎぃぃぃ!」
「ゲギャギャギャギャギャギャッ!」
ドクダミ皇国とラズベリー王国の国境地点。元々罪のない動物だった魔物の軍勢の鳴き声が響き渡る戦闘地帯。
その最前線に見えるは、ラズベリー女王と果ての魔女の姿だ。
この2人、戦闘力だけで言ったら、大陸のツートップなんじゃないだろうか。…………ドクダミ皇国の長とやらが、どれだけ強いのかは知らんけどな。
逆に言えば、彼女たちが前線を張らなければならないほど、敵は強大だということなのだろうか。
「……あら。動物さんたち、今日は多めのようですわね」
「多め? 今日はってことは——」
「ええ。ドクダミ皇国さんの攻撃には、ものすごく波がありますの。この戦争が始まって、もう、2ヶ月近くは経ちますけれど、敵さん、少ないときはチョロチョロとしかいらっしゃいませんわ。とは言え敵の数が予想できないがゆえに、こちらも慎重に攻めざるを得ませんのよ」
「……ジリジリとしか進軍できていないってわけね」
なるほど、この場にいたミシュリーにとって、リゼの言葉はとても説得力のあるものだっただろう。
国境線から見えるだけでも、魔物の数は常軌を逸していた。地平線を覆う、茶色い影と鳴き声。恐らく、ウサギやネズミなどが改造されたであろう小さな魔物を含め、その数は優に5万を超えている。この時点で、ピスタチオ王国の総人口の2.5倍——とんでもない数だ。
普通の戦争であれば、敵の数はある程度予測がつくだろうが、この戦いは違う。倒しても倒しても敵地に生物のある限り、新たな大群がほぼ無尽蔵に生まれてきてしまう。
迂闊に進軍して、その隙をこんな軍勢に叩かれてしまっては堪ったものではない。
女王ローザリーゼは、右手で斧をギュッと握り直しながら、ミシュリーに尋ねる。
「それでミシュリーさん。先程、『できることしかできない』と仰いましたのは?」
「あぁ……実はうちの国王様、トワリに『非殺の誓い』を立てさせてるのよ」
リゼはほんの少し眉を顰めて、ちらっとミシュリーを見た。
「曰く、『誰も殺すことなく、俺を守れ。トワリならできる』——ってね。…………もちろん、ミシュリーが約束したわけじゃないし、今回の敵は元々動物で、ヒトではないわよね? それでも————ミシュリーやまーくんも、国王の御意志を無視して、敵を殺めてしまう訳にはいかないのよね」
女王はもうミシュリーの方を見ておらず、近づいてくる獣たちに目を向けていた。
「…………愚かですわね。極めて。およそ国王の吐いて良い台詞ではありませんわ。そんなことでは国は守れませんもの」
女王は奇しくも、かつての上田と同じことを言った。
彼女は尚も、ミシュリーの方を振り向かない。
「——しかし、なぜかしら…………なんとなくコトブキさんは、そのままであるべきだという気がしてならないのは」
「……そうなのよ。不思議よね。なぜかコトブキちゃんが来てから、ときどき魔粒子とは違う、何らかの感覚に見舞われるのよね——」
「………………」
ローザリーゼ=エリザベート=ラズベリー=タカヤマ。女王と果ての魔女は、この時点で俺に対し、何らかの違和感を覚えていたようだ。だが、その答えはすぐには出そうもなかった。
リゼはミシュリーに、ピスタチオ王国についてさらに何か聞こうとしたようだったが、残念ながら時間が来てしまった。
魔物たちが突進する音が、どんどん彼女たちの方に近づいてゆく。
「まぁよろしいですわ。ミシュリーさん、敵さんたちを殺さない程度に、好きに暴れ回っていただいて結構ですわ。後処理はわたくしたちにお任せくださいまし。——あのくらいの数でしたら、今のあなたには『ちょうど良い』のではありませんこと?」
「そうね。お言葉に甘えて、久々に暴れちゃおうかしら」
ミシュリーが再び丸太にぴょこんと乗って女の子座りをすると、その周りにドウッと赤い魔粒子が放出され、彼女は丸太と一緒に7mほど浮かび上がった。
そしてドクダミ皇国の大地に向けて語りかける。
「悪いけど、魔物化しちゃったらもう元には戻れないわ。説得もままならない以上——」
彼女は丸太の上ですっと立ち上がり、杖を構えた。
「あなたたちにできるのは、『覚悟』だけなのよ——」
ミシュリーの杖がピカッと光った。
「蠢蠢土龍——」
小さく放たれた呪文。
異変が起きたのは、突進してくる動物たちのすぐ手前の地面だ。
魔物の大群よりほんの数mこちら側で、土がボコンッボコンッと盛り上がってゆく。
「ブヒッ!?」
二足歩行するイノシシの魔物は、異変を察して突進するのを一瞬躊躇った。
足元にあった土がどんどん浮き上がり、空中に集まってゆく。元の土があった場所には、大きな溝ができてしまうほどだ。
ミシュリーは杖をクイクイと動かし、小学生が粘土を捏ねるように、徐々に、いや迅速に、造形を完成させてゆく。
現れたものは、空を覆うほどに大きく、太く、長い、土気色の大蛇のような存在——
「ぐおおおおおおおおんっ!!!」
「あれは、龍——ですわね……はわわぁ……かっこよ…………ん゛っ! んん゛っ」
リゼは、驚き、感嘆した。
……感動しすぎて、心の声もちょっと漏れてしまっている。
「ぐわあああああお!!!」
一体どういう仕組みで音が鳴っているのか。
たった今土から作り上げた、顎の高さだけで2メートルはありそうな、土の龍が、ぐねぐねと宙に浮かんで咆哮を放っている。
「本当に…………嫌な戦場なのよ。強い獣の臭いがする…………いくわよ」
ミシュリーは真剣な目をして、少なくとも今まで俺が見た中で一番大振りに、杖をぶんっと振り回した。
それを合図にして、土でできた龍が猛スピードで魔物の大群に向けて、急降下する————!!
「ぶぎぃぃいい!」
「んごおおおおおっ!!」
急降下した龍の口が、魔物の体にがぶりと噛みついた、かと思ったのだが、なんと土の龍はそのまま突進を続けてしまった。
魔物たちの体は、土龍の胴体の中へと消えてしまう。
「いい子ね。さぁ————固まれ————」
ミシュリーが低い声を出す。
土龍に喰まれ、その体内を通り抜けた魔物たちは、龍の体を構成する土によって体を固められてしまい、身動きが取れなくなっていた。
「ぷぎいいいい!!」
「んもおおおおお!!」
豚や牛の魔物だろう。二足歩行をさせられ、体高が3m近くあるような個体だ。
だが、ミシュリーの土魔法による拘束は鉄にも匹敵する硬度だった。いかに体がデカかろうと、量産された魔物程度に、これを解くことは不可能だ。
改めて、半端じゃない出力——
万全のミシュリーは、魔粒子の濃い果ての森の中にいなくとも、こんな広範囲上級魔法を発動できるのか。
きっと一番得意な炎魔法も、これと同等かそれ以上の規模のものを連発できるのだろう。
言い方は良くないが、まさに「兵器」並みである……
この世界の歴史上、時に権力者に利用され、時に迫害されてきた、魔女の歴史の片鱗が垣間見えた。
ミシュリーの拘束魔法発動を受け、ローザリーゼは斧を両手で持ち上げた。
「あらあら。あの果ての魔女様にお膳立てしていていただけるなんて。こんなに戦いやすい戦場は初めてですわ」
リゼは、後ろを向いて叫んだ。
「我が精鋭たるラズベリー兵たち! この好機を無駄にしてはなりません! ミシュリーさんの作ってくれた進軍のチャンス!! ものにしますわよ!!!」
「オーー!!」という野太い声が戦場に響く。
ラズベリー兵たちは、リゼの声に反応し、ドドドドッという音とともに進軍を開始した。
「上出来。では、動物さんたち。少しでも痛みのないように——」
ローザリーゼは、腰をぐぐっと低くして、準備をする。
「なるべく一瞬で終わらせますので」
そして彼女は、巨大な斧を身体の左側にすっと構えた。
一瞬目を瞑った後、カッと開いた眼光で標的たちを見据える。
「『閃光』——」
彼女がそう呟くと、彼女の足元に、たんぽぽの花のような魔粒子がドパァッと溢れ出した。
言うなれば、花びらの大波。
普通のたんぽぽと違うところは、花が黄色ではなく、ピンク色だということだ。
それが彼女の立ち位置から、あまりにも大量に吹き出していた。
花に見とれているうちに気がつくと、リゼの姿は、既にそこには無かった。
「…………素晴らしい技術。ミシュリーにはできないし、トワリのと比較しても、威力も範囲も桁違いなのよ」
いつの間にかローザリーゼは、魔物の群れの奥側の切れ目——この群れと次の群れの間のところに、斧を真横に振り向いた姿で立っていた。
「一撃必殺————ですわ」
ズバァァン!!!
ブシャアアアアアアッ!!!
あまりにも速い斧の一撃。文字通りの「一撃必殺」だった。
動物たちの体は、ピンク色の光の筋によって横一線に断られてから、数秒後に時間差で真っ二つにずれる。
約1,000体の大型の魔物たちの体から一斉に血が吹き出し、凄惨な音を奏でていた。
…………これが戦争。
綺麗事で済まない、命のやり取り。
——そして、気になるのはリゼのこの技だ。
彼女は今の斧での一閃を、「閃光」と呼んでいた。
どういうことだ。
「閃光」は、俺が「王家の右腕」に封印されていた悪魔ベールに身体を乗っ取られていた時、トワリがエターナルドスで使った技と同じ名前だ。




