第35話 二人の王(ピンチ)
ピスタチオ・ビーフシチュー陣営の面々がそれぞれの試練を受け始めた頃、ラズベリー王国とドクダミ皇国の国境線では、激しい戦いが繰り広げられていた。
「はぁぁぁぁっ!!!」
巨大な斧が、複数のドクダミ皇国兵の身体を真横に切り裂き、お腹から真っ二つにする。
斧の持ち主である美しき姫君の身体が、飛び散った返り血でビシャビシャと汚れた。
「おおっ! お見事です! ローザリーゼ様!」
最近、最前線に加わったばかりの、新参の若いラズベリー兵が歓声を上げた。
が、当の女王は、些かも喜んでなどいなかった。
「……何が見事なものですか。気分はいつだって最悪ですわ。……毎日この手で、多くの命を奪っているのですから」
リゼは顔に飛び散った血を左袖でギュッと拭き取り、同時に眉を顰めた。
なぜか最前線で戦い続ける女王の頬に、鮮やかな紅がこびりつく。
この色は酸素に触れ、数分後にはどす黒く変色してしまうことだろう。
「——さぁ、ボサッとしていないで。この方たちの亡骸を回収しなさい。できる限り、命を無駄にしてはなりません。それがわたくしたちにできる、唯一の弔いです」
女王は周りのラズベリー兵に、敵兵の遺体を回収するように指示したようだ。
ラズベリー兵たちは、急いで担架や荷車を運んできて、女王の指示に従う。
さらに彼女は、首をすっと後ろに向けてこう言った。
「それで、アコン。皆さんの試練の首尾はいかがかしら?」
これを聞いた新参のラズベリー兵は、戸惑って、思わず声を上げてしまった。
「……え? アコン様……?」
無理もない。
なぜなら今の今まで、この戦場において、アコンの姿など、どこにもなかったのだから。
——だがそれは、あくまで「今まで」の話だ。
ローザリーゼのいる場所の100m向こうから、紫色の毒液を噴出する板に乗って、毒騎士アコン=ウルフスベインが、スケートボードでもするかのように猛スピードで近づいてくるではないか。
しかもその板は、何の変哲もない木の板。
決して魔具なんかじゃあないのだ。
一体どれほどの研鑽を積めば、これほどの技術を手に入れられるのだろうか。
信じられないほど精密な魔粒子操作精度である。
これを見て「そんなの簡単なのよ」と言えるような人間を、俺たちは他に一人しか知らない。
アコンはボードから勢いよく飛び降りると、リゼの目の前に着地し、同時に跪いて報告する。
「はい。3チームとも、試練を開始いたしました。両国の要人全員に、10日以内に乗り越えるようにと指示してございます」
「…………そんなバカな」
またも声を上げたのは、新参兵だった。
このアコンの立ち振る舞い。
間違いない。
たまたま受け答えが成立したんじゃない。
明らかに、100m以上先にいたアコンが、リゼの放った小さなつぶやきを、漏らさずに聞いていたということにほかならないのだ。
「あ、あり得ない……っ」
「ん……? 新入りか。まだまだ魔粒子検知が甘いようだな。お前ももう一度試練を受け直すか? 嫌なら無駄死にせぬよう、日々精進することだ」
「ひゃっ……はっ、はい! アコン様っ!」
新参兵はそそくさと、亡骸の回収作業へと加わった。
リゼは、そんなやりとりは日常茶飯時なのか、気にせずにアコンとの会話を続けた。
「彼らは…………彼らは確実に、全員で試練を乗り越えてくれますわ。そうでなくては困りますもの」
女王は、運ばれ続けるいくつもの亡骸に、慈愛の目を向けながら話し続ける。
「敵の親玉さんは、際限なく兵を増やしています。何としても元を断つのです。今のままではジリ貧どころか、劣勢への転換が目前。余力を生み出すためにも、ピスタチオ・ビーフシチューの協力は、絶対条件ですわ」
アコンはすっと立ち上がり、次なる戦闘に自分も加わるため、腰の細剣を抜いた。
遠くから、数多くの動物の鳴き声が聞こえる。
「一刻も早く、罪のない動物さん達を、魔物化させるのをやめさせるのです……!」
「もちろんです。女王陛下」
運ばれてくる亡骸——
その各々の筋肉量や、体の一部の様相こそ変わってしまっているが、それらは全て、元が野生動物であったであろうことが明らかに見て取れた。
ドクダミ皇国兵が際限なく増えている理由。
それは彼の国が、次から次へと、野生動物を魔物の兵隊へと作り変えているためであった。
◆◇◆
「おぉいっ! バカバカバカっ!! コトブキっ、こっち来んなってぇっ!!!」
「んなこと言われてもさぁ! 俺だって避けんのに精一杯なんだよっ!!」
所変わって森の中。
ピスタチオ・ビーフシチューの二人の国王は、例の植物から、ピョンピョンピョンピョン、必死こいて逃げ回っていた。
「やばいやばいやばいっ! 上田!! 右だっ!!」
「ちっくしょっ!!」
ビュオっと繰り出されたのは蔓の鞭。
空気を切り裂く刃のようなその攻撃を、上田は紙一重で避ける。
俺たちが遭遇した、植物の魔物(?)みたいなやつは、困ったことにめちゃくちゃ動きが素早かった。
そして、さらに厄介なことがある。
バッチイイイイイイイイイイイインっ!!!!
「んんんっ!!」
上田は唸り声を上げてその場から離れた。
鞭に当たったのは、幹周2メートル程度、胸高直径も60cm以上はある、しっかりとした楢の巨木だ。
それが——
ギ……ギギ……ギイイイイ……イイイッ
「コトブキぃ! 避けろよ!!!」
「あいっ!!」
————ズッドオオオオオオンッ!
一撃で倒れてしまうほどの、厄介な怪力。
倒れた巨木が、ずずんと地面を唸らせた。
「植物のくせに、どんな力だよ! あんなんに当たったら、肉が飛び散って死んじまう! おい上田!! お前の能力でなんとかなんないのかよ!」
助けてくれよ、上田テッペイ。
お前の「海砂利水魚の偽綸旨」は、お前に都合の良いように場を整える能力だろ?
「今も俺の周りで発動して、奴の動きを抑制してるっつーの! その結果がこれだ!! そもそもなぁ、植物や動物が『人間の言語』を理解できると思うか!?」
「知らねえよ! 関係あんのか!?」
「大ありだ! 俺の能力は、『人語』を話さねぇ連中には聞きにくいんだよ!!」
ああっ、そいつは参っちまったぜ!
確かに上田の能力は、例えるならば「台本」や「脚本」……!
動植物は、上田の台本通りに動いてくれないイレギュラーって訳かっ。
「つまり、あれだな!? 大ピンチってことだな!?」
「そうだ!! 大ピンチなのよぉ!! お前こそ、お得意のサイコロで、この場を救わんかい! 『ラッキーボーイ』!!」
俺たちが喋っている間にも、蔓の鞭はビュンビュン飛んできて、周りの木を何本も薙ぎ倒してゆく。
怖すぎるってえええッ!!
「っきしょう、やってみるっ!! おい、クソ悪魔! 久々に出番だ、起きろっ!! 起きて戦えっ!!」
俺はこの大ピンチに、仕方なく、久し振りに暴食の悪魔を呼び出した。
俺だって、できることならお前みたいな邪悪な存在には頼りたくないんだがなぁ……!
常に俺を騙そうとしてるし!
(ふむ。貴様に死なれては、俺様も消えちまうからな……背に腹は代えられんか……)
ご無沙汰のベールは、改めてそのことを口にした。
「なっ!? おいコトブキ! その悪魔、触手の状態でそんなに流暢に喋れんのか!?」
なるほど、ビーフシチュー国王上田は、これほどの至近距離でベールの声を聞くのは初めてだった。
再封印以降、こいつかなり静かだったからね。
「上田っ! そのくだり、前にさんざんやってるからちょっと静かにしてっ !! 行くぞ、バカ悪魔! 俺とのおしゃべりにも付き合えよ!!」
(不本意だな……ヒョロガリ小僧め……)
右手の触手に封印されし悪魔は、悪態をつきつつも俺の言葉に反応した。
クソ悪魔くんも、俺たちがおしゃべりして少しでも感情を通わせたほうが、魔粒子の流れが安定し、強くなることを知っているからだ。
そしてすかさず、右腕の触手は硬質化する。
俺はその右腕を上に掲げた。
「来いっ!!」
硬質化した触手を、向かってくる蔓の鞭の通り道にかざす。
ビッッチィィィィッ!!
ギュルンギュルンギュルン!!!
ものすごい勢いの蔓は、触手や、俺の生身の腕部分を傷つけることもなく、ぐるんぐるんと上手く巻きついてくれた。
へへっ! いいね! やっぱりおしゃべりしたほうが強くなるじゃんか!
…………ん?
「おしゃべりしたほうが強くなる?」
そのセリフ、どっかで聞き覚えがあるぞ。
ベールは「今がチャンス」と言わんばかりに、自らの触手を柔らかく戻して、巻きついてきた蔓をぐるりと縛り上ると、強い力で締め付けた。
これで、この部分の蔓は動かせないだろう。
(ふん! 下等生物め。おい、何をボサボサしている小僧っ! 今すぐに不運をばら撒くのだ!!)
「…………いや、ベール。ダメだ。今じゃない。まだ、戦闘の経過時間が足りない」
(なっ……悠長にしている場合か! 死にたいのか間抜けが!!)
俺は悪魔の言葉を無視した。
代わりに、他の蔓を避けながら一部始終を眺めていた、ビーフシチュー上田に声をかけた。
「おい、上田!! 俺に向かって、お前の能力を強くかけてくれ!!」
「…………何?」
(何…………?)
「早くしてくれ! 植物とお喋りできねえなら、俺とおしゃべりしようぜって言ってんだ!!!」
上田は目を丸くした。
かと思えば、次の瞬間、口がひん曲がるほどに、片方の唇だけを上げて笑ってみせた。
「なるほど、そういうことか……! やっぱりお前は最高だよ、能都コトブキ! 乗ったぜ!!」
ビーフシチュー国王、上田テッペイは、俺、能都コトブキをビシッと指差しながら叫んだ。
「ぶはっはっはっは! アゲてくぜェェ!? 構えなぁっ!!」
上田の指を中心に、薄いグレーの魔粒子が渦を巻いてゆく。
その規模が大きくなるのに合わせて、俺の身体の中で、俺の血が、グングンと沸き上がっていくような感覚があった。
やっぱりそうだ——
上田。お前の能力は、お前にとって都合の良いように働くんだったな。
だったら、
本当はみんなのことを大切に思っているお前なら、
最高の能力強化役にもなれるはずだと思ったんだ!!
チカラが湧いてくる。
今なら何か、新しいことができそうな気がする。
「コトブキ!! 叫べよ!! お前の名前を!!」
植物魔物は、この魔粒子の渦に怯んでいるのか、攻撃の蔓が緩んでいた。
「っしゃあっ、受け止めやがれ植物野郎っ!! 俺の名前は、能都コトブキ——! 第14代ピスタチオ王国国王——触手チンチン丸だぁぁぁぁあっ!!!!」
触手の隙を突き、ベールは絡みついていた蔓をパッと放す。
俺は自由になった右手の触手を、身体の左側に思い切り捻って力を溜めた。
「王家の右腕」は、俺の意思を汲み取ったのか、上田の能力に当てられたのか、はたまたベールの能力を引き出したのか。
初めて、「刀」のような形状に変わる——
そしてその触手の刀の一振りで、改めて攻撃を仕掛けようとしてきた植物魔物の、ギザギザの歯が生えた大きな口を横一閃————綺麗に真っ二つにぶった斬ってやった。
スパァァァンッッッ————!
植物魔物くんはピタリと、その動きを止めた。
そして絡み合って力強く立ち上がっていた、すべての蔦がズルズルと崩れていく。
後に残ったのは——たった今その場に根を張ったのだろうか——凛と咲いた、 真っ赤なノウゼンカズラの花だけだった。




