第34話 ラズベリー女王の試練(3) 〜薬草を採ってこいの段〜
「いやいやぁ。護衛の兵がいるとはいえ、国王2人を置いてけぼりとはな。良いご身分だよねぇ、ラズベリー王国様は」
「うーん、ラズベリーは今この瞬間もドクダミ皇国と戦ってんだろ? 人手不足だから仕方ないじゃないのか?」
上田と俺は、フランボワーズ城の西側、城下町へと続く門の手前で待たされていた。
地図で言えば、この門を出て城下町を通り抜け、はるか西側に進むと海に行き着くはずの場所だ。
仮に海まで行くとして、徒歩じゃあ数日かかるだろうな。そのくらいの内陸だ。
近くには俺たちのための護衛兵が3人。
確かに、隣国の要人2人を守るための人数としては少ないわな。
ちなみに一緒に入国した、ビーフシチュー、ピスタチオの兵たちは、ここまでは連れてこさせてもらえなかった。
なんなら彼らですら、今、フランボワーズ城の中で、風変わりな修行をさせられている。
ふと、上田が話しかけてきた。
「そういや、お前さんさぁ。どの辺が『アンラッキーボーイ』なんだ? 俺が見ていた限り、能力発動時以外で、大した不運は起こしていないように見えるがね」
「なんだよ、また藪から棒に」
上田の質問で、俺はここ数日のことを改めて振り返ってみた。
「……確かに最近、『不運』がマシになってる気がするなぁ。空から鉢植えが落ちてこなくなったし、城下を散歩してても不自然な犬の糞も踏まなくなったし。昨日も、ご飯に虫混ざってなかったしなー」
「お前……え……いつもそんな生活してたの……?」
そうだけど? なんか文句あんのか? 今すぐに、そんな目でこっち見んな。
しかし、言われてみれば、なんでだろうね。
この世界に来たばっかのときは、もう少し発生してたと思うけどなぁ。
直近では、食堂の椅子もギシギシしなくなったもんな。
そうこうしていると、城の方からようやくアコンがやって来た。
「おい、ずいぶん待ったぞ」
「……両国王殿。お待たせして申し訳ない。リゼ様の課す、この試練。どうしても俺が直接説明しなければならない決まりがあって……つっ……!」
アコンは急に、こめかみを押さえて話を止めた。
「さすがに少し脳にくるな……『一万人組手』は……」
「どうした? 大丈夫か?」
「なんでもない、こちらの問題だ。とにかく。説明の都合上、貴方がたが最後になったことをお詫び申し上げる」
アコンはいかにも仕事だからというふうに頭を下げた。
やっぱこいつ腹立つーー。
「して、貴方がたにはこれから、旅に出ていただきます」
アコンはいきなり、衝撃的な説明を開始した。
「……はぁ!? 旅だって?? 何言ってんだ。家臣も戦争もほったらかしで、俺らだけで旅しろって??」
俺はアコンを睨む。
アコンもこちらを睨み返す。
「——我が国伝統の試練には、いくつか種類がある。その中で貴方がた2人の能力や実力を鑑み、10日以内に強くなっていただく方法は、これしかないという判断だ。おとなしく従っていただこう」
「お前、本当に信用していいんだろうなあ?」
俺はまばたきをせずにアコンを見つめ続けたが、アコンも同じようにこちらを見ていた。
そしてここで、上田も口を開いた。
「へぇ。国王二人を旅に出すなんてねぇ。お前、何かあったら責任取ってくれんのかぁ? そんで? その旅とやらの目的は?」
上田も、いつになく凄みを見せている。
アコンはアコンで、上田に対しても全くスタンスをぶらさない。
「あんた方が弱いから、この試練を受けることになってんだろうが。文句があるなら、とっとと終わらせてきてくださいよ」
彼はそう言うと、俺と上田に1枚ずつ、羊皮紙に描かれた地図を渡した。
「ルールは簡単だ。10日後の日暮れまでに、ある薬草を取ってくること。それだけだ。地図のバツ印のところには、その薬草が生えている」
なるほど。
地図には確かに、しっかりと大きな赤いバツ印が描かれている。
が……これは……
「待て待て待て。ほぼ海岸線じゃないか! 何kmあると思ってんだ!」
今いるフランボワーズ城は、ラズベリー王国の大陸側の国境線の近くにあるのだ。
つまり、この国を横断しろってこと!?
「そうだな、ピスタチオ国王殿。もし間に合わないようなら、国に戻って、ドクダミ皇国からの侵略を、指折り数えてブルブル震えながら待っていれば良い。奴らは順当にいけば、我が国、ビーフシチュー、そして、ピスタチオと、順番に侵略していくだろうからな」
アコンは皮肉を言う。
俺は何も言い返さなかった。
「ふっ。回りくどい試練だなぁ? その薬草の名は?」
上田の質問に対し、アコンは何かに注意しながら答えている様子だった。
「『ウズカブト』だ。本来、猛毒の植物だが、俺なら薬にできる」
「なるほどな」
上田は何かを納得したように呟いた。
「量は問わない。葉っぱ1枚でも、俺がウズカブトだと断定できるようなら合格とする。なお、スタートは西門ではなく、横の小さな門からにしてくれ。そちらが、試練を受ける者専用の門だ。」
アコンは言い終わると、もう自分の仕事は終わったという素振りでポケットに手を突っ込んだ。
「以上だ。貴方がたに本当に実力があるのならば、さっさと戻ってきて、前線に加わってくれよ」
◆◇◆
フランボワーズ城西門付近にて、文句を垂れながら渋々出発する俺と上田。
それを静かに見送るアコン。
彼はまたポケットに両手を突っ込んだまま、独り言を言った。
「本当に良いんですよね? リゼ様——」
アコンの眉間に皺が寄る。
「リゼ様に言われていたから伝えなかったが……この道には、アレがいるんだ——」
「あんたがたの試練だけは……死の危険が段違いだぞ…………」
◆◇◆
「ったく、マジ、腹立つわー。あいつの態度、絶対わざとだよね? 上田」
「十中八九わざとだろうなぁ」
俺たちは言われた通り、西門から少し離れたところにある、小さな門から出発した。
まずは、城下町の端っこに設けられた林を抜ける必要がありそうだ。
「とりあえず進むかぁ」
まずは城下を抜けるべく、歩みを進めた。
はじめは明らかに植林された規則正しい木々の間を歩いていたが、だんだん、自然が作り出したような林に変わっていった。
林の中は結構ジメジメしており、踏みしめる枯れ葉やシダは、水滴をまとって湿っていた。
——しばらくそんな場所を歩いている途中に、俺はとても重要なことに気がついてしまった。
ちょうど、少し喉が乾いてきたからだ。
「…………あれ。なぁ、俺らこれから復路も含めてさ、最大10日間くらい旅に出るんだよな? この道、店とか全然なさそうだけど……俺たちの水と食料は……??」
上田は両眉を上げ、おでこに何本も横皺を作った後に、呆れたようにしてこちらを見た。
「……ひょっとしてお前さん、気づいてなかったの?」
彼は両手のひらを上にあげた
「この試練とやらでは、俺たちのサバイバル能力も見られてるんだろう。ナイフすら持たせてもらえんかったのは勘弁してほしいがね。ま、俺とお前さんの能力なら、なんとかなるだろうさ」
言い終わると、上田は鼻歌を歌いながら、ズカズカと林の中を進んでいった。
「そ……そういうこと……?」
アウトドアなんてグランピングくらいしかしたことがないぞ。
大丈夫かな……
そんな俺と上田だが、まずはむしゃらに進むしかなかった。
林を抜け、城下町の関所に着き、普段は閉鎖されているという、小さくて苔まみれの門から、門兵の案内で外へ出る。
これでフランボワーズ城の敷地からは完全に出たことになる。
だが、緑は深まるばかりだ。
さらに道なき道をゆけば、昼過ぎ頃、幸運にも森の中で小川を見つけることができた。
「おし。ちょっくら休憩しようぜェ」
上田おじさんは、その辺で拾った鋭利な石をナイフにし、枝と蔓を使って、器用に2本の釣竿を作ってくれた。
しばらく釣りをし、上田は何尾か川魚を釣ることに成功。
俺はと言えば、完全にボウズ。釣果はゼロだった。
挙句、上田がぱっぱと起こしてくれた火で焚き火をして、焼き魚を食べた。
「ビーフシチュー上田さん……コトブキくんってば、何もできなくてすみません……」
「あーあー、気にすんな気にすんな。人にはそれぞれ役割ってもんがあるってことよ。これ終わったら、あそこのでかい葉っぱで水筒作るから、川の水の煮沸手伝ってくれな!」
お前が何でもできすぎるから、ますます肩身が狭いぜ、ちくしょう。
この魚は、ヤマメとかだろうか。
身質も焼き加減も最高で、めっちゃくちゃ美味しかった。
◆◇◆
「ぜぇ……ぜぇ……だいぶ歩いたよな?」
昼食後、2時間は歩いたと思う。
俺たちは未だに森を抜けられずにいた。
「あぁ。罠じゃないとは思うが、この獣道みたいなんは、ずーっと一本道だったな……しかし、バツ印までずっとこの調子だとすると、さすがに5日じゃ着かんぞ。どういう意図だ? あのイケメン小僧め」
「試練って、俺らの何を試すんだろうな。さすがに、よっと! サバイバル能力だけを見るなんてことないだろ?」
ようやく少しだけ、森の歩き方がわかってきた気がする。
最近出番の少なかった、右手の触手も器用に使いつつ、森の奥へ奥へと進んでいく。
そして俺たちは、やっとこさ少しだけ平らな場所に出た。
よつしゃ。これで、多少なりとも歩きやすくなってくれると助かる……!
「良かったぁ。ちょっと広い場所だね」
俺がホッとしたのも束の間、数m先を歩いていた上田が、急にピタリと足を止めた。
「?? 上田?」
上田は右手を横に出し、俺を制止する仕草を取る。
————してきたね。嫌な予感。
「…………コトブキ。あの生きもの、何だと思う?」
前方、約30m向こう。
「あの生きもの」が何を指すか、一発でわかる程度の大きさの、あるものがうねうねと蠢いてのが見えた。
この距離でも、何やら青臭いニオイがしてきた。
「……………………そりゃお前…………花だろ」
うねうね…………
「ふぅん。…………お前の世界にはさ。あんなに動く花、いんの?」
うねうねうね…………
「いるよ……ゲームや漫画やアニメや映画の中にはね……」
うねうねうねうね…………
「物語の中じゃねえか! おい、あいつ歯もあるぞ……」
ぬじゅる……ぬじゅるるん…………
「あー、それもゲームで見たことあるわ……」
「…………敵だよな?」
「うん……間違いなく…………敵だね…………」
キシャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!
「うわあああああああああああああっ!!!!!」
俺と上田おじは、声の限り叫んだ。
みなさんにはこんな経験があるだろうか。
歯の生えた巨大な赤い花に、緑の蔓をぐじゅぐじゅ動かしながら高速で近づかれ、すごい勢いで攻撃を仕掛けられるという経験が。




