第33話 毒騎士 アコン=ウルフスベイン
おやすみ前のローザリーゼのシーンから、時は遡る。
俺たちは、フランボワーズ城の玉座の間からリゼが立ち去った後、あの執事みたいな男に導かれ、場所の移動をさせられていた。
別室で待機していたトワリ、バーグ師匠、ングディンとも合流すると、今度は全員で、だだっ広い道場のような場所に連れてこられてしまった。まるで、市民体育館みたいな場所だな。
執事男はこちらを向いて、偉そうに言い放った。
「それで、ピスタチオ・ビーフシチュー王国の皆々様。本気で我が国と同盟を組むつもりがあるんですかね?」
切れ長の冷たい目に、高身長。
よく見たらかなりのイケメンで、まるで男性アイドルのようだ。乙女ゲームの攻略対象キャラクターにいそうな顔をしている。
「コトブキ様。あの方は、アコン=ウルフスベイン。毒物に詳しい男で、通称『毒騎士』と呼ばれています」
トワリがそっと耳打ちしてきた。
おや、トワリが解説するなんて珍しいな。
「どうしたの、トワリ。詳しいね」
「……ええ。ラズベリー王国のことはそれなりに」
ふむ。過去になにか繋がりでもあったのかな?
「おい! 能都コトブキ! 聞いてんのか!? コソコソ話してんじゃあねえぞ!!」
「…………はあ?」
せっかく、珍しくトワリと真面目なお話をしてんのに、邪魔すんなよな。さっきから一体なんなんだ、あいつの態度は。
しかし、トワリに怒っている様子はなかった。おお! えらいぞトワリ! その調子ぃ!
すると、まーくんが一歩前に出て話し始めた。
「もちろん、我が国の平和のためにも、我々は貴国との同盟を心より望んでいるのですが。こちらがその試練とやらをクリアした暁には、三国同盟の締結をお約束いただけるのですかな?」
心なしかまーくんも、いつもより積極的だ。
アコンは答える。
「貴方がたが、試練をクリアできればの話ですがね。リゼ様の試練すら越えられないようでは、ドクダミ皇国に勝つことなど、到底不可能でしょう」
「リゼっていうのは、あのローザリーゼって女王のことだな? だが、今の俺たちがドクダミ皇国の兵に勝てるかどうかなんて、実際に戦ってみないとわからないだろう」
俺はあくまでも毅然とした態度で、喧嘩腰にならないように主張した……つもりだ。
しかしアコンからすると、俺の一挙手一投足、すべてが気に食わないらしい。
「『やってみないとわからない』だぁ!?」
——バシュウウウウウウウウッ!!!
アコンは突然、周囲にエメラルドグリーンの魔粒子を放射状に解き放った。
ビーフシチューの三賢者は戦闘態勢をとる。
しかし、上田とピスタチオ王国のメンバーは、全員微動だにしなかった。
「舐めてんじゃねえぞ、新参の国王もどきが! それを、見ただけで判断できるからこそ、そう言ってやってんだろうが!!」
……こんなに敵意を剥き出しにしてくる執事がいて良いのか? 仮にも俺は今、近隣国の正式な国王だぞ。
めちゃくちゃ腹が立つのは確かだが、逆に、奴にも何か事情があるんじゃないかと思えてきた。
アコンは丁寧に説明し始めた。
「たった今、俺がやったことを理解し、全員の安全を確保して防いだのはそこの魔女ただ一人。理解は及ばずとも、攻撃自体を自力で防げたのは、ビーフシチュー国王だけだ。つまり、両名がいなければ、実際この俺独りだけで、簡単に貴方がたを全滅させられたというわけだ。そんなことでは、話にすらならないのだと言っている」
アコンはポケットに両手を突っ込み、壇上から俺たちを見下ろしている。いや、見下している。
「ミシュリー……あいつは今、何をしたんだ」
俺は小声で聞いた。
彼女は、杖無しでひと言、静かに呪文を発する。
「ウィジオ・クローマ——」
それは、以前にも使っていた、魔粒子を見やすくする呪文。
俺たち8人の周りに、見えていなかった分の、薄い緑色の美しい魔粒子が顕在化した。
「……おいおい。ングディン、ナラハラくん、見えてた? 殺気は全く感じなかったよな?」
「イエ、全ク。魔粒子検知ハ苦手デス……」
バーグ師匠の質問に、ングディンはそう答えたが、ナラハラはイライラした様子で、ものすごく渋い顔を見せつけているだけだった。
「毒騎士さんのことだ。見える方のあからさまな魔粒子で油断させつつ、こっそり俺たちのすぐ近くに、見えづらい猛毒の魔粒子を忍ばせたってとこだろう。客人に対して、恐ろしいことするよねぇ。ミシュリーちゃんが、必ず相殺させるとわかっててやったな?」
上田の予測に対し、ミシュリーはコクリと頷く。だいたい合っていることの証しだろう。
ミシュリーと戦えるレベルの実力者であるナラハラですら、見えなかった魔粒子。
それを当然のごとく感知しろっていうのか??
ただ——当のミシュリーの表情には、怒りも焦りも戸惑いもなかった。彼女は平常心で、アコンの方を見つめていた。
アコンは両手をポケットから出さずに続ける。
「わかるだろう。この程度の魔粒子の動きに対処できないようでは、あのドクダミ皇国の軍には手も足も出ないのだと言っているんだ。ゆえに、リゼ様の試練に合格することは、必要最低条件なのだよ」
アコン=ウルフスベインは、ずーっと偉そうにしている。が、どう考えても今の俺たちは、反論できる立場にはいない。
これまで、少しずつ成長してきた自覚があったのに、まさかラズベリー王国と俺たちの間に、こんなに絶望的な実力差があるなんて思わなかった。
「わかったら、期限を設けよう」
アコンはやっと、片手をポケットから取り出した。
「今から10日だ————10日以内に試練をクリアできなければ、貴方がたにはもう用などない。国に帰っていただこう」
さらにアコンは、極めて不本意そうな顔をして言った。
「しかしながら、貴方がたがこの試練すら越えられなかった場合————我がラズベリー王国を含む三国は、全員仲良く、ドクダミ皇国軍に蹂躙され、滅びることになるだろうな」
話の内容の急な飛躍——
この時のアコンの口調は、ほんの少しだけ「焦り」を含んでいるように感じられた。
彼は、俺の現世でも珍しいくらいに分厚い窓ガラスの向こう、ドクダミ皇国側の地平をちらりと見ていた。
彼がその後の言葉を紡がなかったため、道場にしばしの静寂が流れた。
約10秒後——
「————あの、どういう意味ですか?」
素っ頓狂な声色で、トワリが純粋な質問をしてくれた。
いつもありがとう、トワリ。
君は本当に最高だよ。
その後——
「ラズベリー王国ほどの軍で勝てないんですか?」
「敵軍の兵力はどうなっていますか?」
「敵勢力の攻勢は? 使用魔法は? 使用兵器は?」
「戦場はどこですか?」
「なぜ三国とも仲良く滅ぶんですか?」
トワリが「なぜなぜ期」の子供が如く、あまりにもしつこく質問をしてくるので、アコンは嫌々、現在のラズベリー王国とドクダミ皇国の勢力図について詳細に説明してから、試練の方の説明に入らざるを得なくなった。
俺たちはこの時、増え続けるドクダミ皇国の軍勢の正体を知ることとなった——




