第32話 自然と科学の国、ラズベリー王国(2)
「————なっ、なっ、なんじゃこりゃああ!?」
次なる目的のため、ビーフシチュー王国を通り、上田たちと合流した俺たち。
辿り着いたのは、ビーフシチュー王国と、ラズベリー王国の国境にあたる検問所。
デイの魔法の制限の都合で、何グループかに分けて、馬車ごと「ピチュン!」と飛んできたのだ。
ピスタチオ兵とビーフシチュー兵を、それぞれ十数人ずつ引き連れている。
なお、ピスタチオ城のお留守番は、ギャル二人が管轄している。
「向こう側、俺たちの国とはまるで景色が違うじゃないか……!」
ラズベリー王国の景色は、凄まじかった。
車こそ走ってはいないが、なんというか、すごく近代的だ。
遠くの方に、ファンシーな高層ビルや、変わった形のタワーが聳え立っているのが見える。
「自然と科学の国、ラズベリー王国。レモンスカッシュ大陸最大の経済国家よ」
「今回の件で国交を回復させて、我が国にも、この技術を導入させていただきたいものですな」
街なかの建物には、俺が元いた世界ほど洗練されたものではなかったが、ガラス窓や、ファンシーな色のレンガの壁、可愛らしいデザインのガス燈が並んでいた。
「すげぇな……」
俺とバーグ師匠は同時にため息をついた。
…………なんでバーグ師匠って、あんまり世間のこと知らないんだろうか。この世界のネイティブのはずなんだが。
「はーい、どうもー、予約してた、ビーフシチュー王国の、まともな方の外交官ですー。手続きお願いしてもいっすかー?」
「私がピスタチオ王国の、もっとまともな方の外交官ですな。よろしくお願いいたします」
ナラハラとまーくんが、4mほどの壁の間に設けられた検問所で手続きをする。
ここから先は、予め設置した魔法陣がないので、デイの瞬間移動が使えない。
デイには、新・ビーフシチュー城で待機してもらうことにして、残りのメンツで、フランボワーズ城を目指した。
……そういえば、ラズベリーとフランボワーズって、同じ木の実のことだよね?
◆◇◆
フランボワーズ城のファンシーさは、街なかとはさらに比べ物にならなかった。
「うわぁ、遊園地にあるお城かよ……可愛すぎじゃない?」
「王家代々の趣味らしいぜ。大したもんだよなぁ」
上田が教えてくれた。
「素敵ですよね。ピスタチオ城も、可愛くリフォームするのはいかがでしょうか」
トワリが言った。彼女は日頃からほとんど冗談を言わない人なので、たぶん本気なのだと思う。
今のピスタチオ王国に、そんな予算はないんだぞ、トワリ。さっきも村人にポンと高級馬車をあげちゃっただろ?(幕間参照)
そして、事前にアポを取っていた俺たちは、俺、ミシュリー、まーくん、上田、ナラハラだけで、謁見の間へと一歩足を踏み入れる。
ガラガラガラッ……
フランボワーズ城の謁見の間も引き戸だった。
流行ってんのかなぁ……
その瞬間——
ビリビリビリッ——
嫌でも感じる、空気の変化——
(ったく、たまんないね……彼女の魔粒子のせいかよ……)
玉座から立ち上がり、履き込んだブーツをカツカツと鳴らして、数段の階段を降りてくる美しい女性。
「ようこそ、フランボワーズ城へ。お待ちしておりましたわ。ピスタチオ、ビーフシチュー、両陛下」
……
確かに納得だ——
その姿は——
まさに花——
彼女が歩く度に、魔粒子が流れるのを感じる。
ものすごいオーラだ——
彼女の右手には、執事らしき若い男が、鞘に入った細剣を身体の前に立て、こちらを睨んでいる。
俺たちはお辞儀をし、まず最初に上田が顔を上げた。
「ビーフシチュー国王、上田テッペイだ。もうご存知だな」
「えぇ。数年前の、あなたの戴冠式の時にもお目にかかりましたわね。その後もお噂はかねがね」
続けてローザリーゼは、俺の方に顔を向けた。
その瞬間、なぜか彼女の呼吸が一瞬止まり、魔粒子の流れが乱れて、ほんの少し目を見開いたように見えた。
「ピスタチオ王国、第14代触手チンチン丸、能都コトブキだ。よろしく」
「!?」
ローザリーゼが、一瞬驚いた顔をしたのが見て取れた。
そして何やら急に、彼女は少しの間、後方に顔を背けてしまった。
なんだ? 俺が国王っぽくないから、笑ってんのかな……
「こ、こほん。失礼。ところで、あなたはもしかして『果ての魔女』ですわね?」
今度は彼女はミシュリーに話しかける。
「…………だったら、どうなのかしら?」
おい、ミシュリー。喧嘩腰はやめろよ。
国の平和のために、俺たちはここで険悪になっちゃならないんだからな。
ローザリーゼは、さらにミシュリーに近づいた。
そして——
「サインを……くださいましっ!!」
「はい?」
「へ??」
「なんだ……?」
——聞くところによると、彼女は昔からミシュリーのファンだったらしい。
ローザリーゼが両手で差し出してきたのは、色紙とインクと萬年筆。
ミシュリーは唇を尖らせながらも、まんざらでもない顔で、スラスラとサインを書いた。
……ミシュリー。
お前、自分のサインを予め創ってあって、しかも練習してた口だな?
「……えへへ……んんん゛っ。気を取り直しまして。御来訪の目的は、三国同盟の締結ですわね?」
「ああ」
「もちろんだ」
俺と上田が答える。
「せっかくお越しいただいたところ、申し訳ございませんが、今の貴方がたとの同盟など、到底組めませんわ」
まぁ、そりゃあそうだろうな。
手紙でダメだと返事をしたのに、ここで「はい、わかりました」とOKするようでは、一貫性がなさすぎる。そんなのこっちから願い下げだ。
だが——
「しかし、俺たちを城まで招き入れてくださったということは、何か、交渉の余地があるということではないんですか?」
俺はまっすぐにローザリーゼを見る。
女王も、こちらを見返す。
なんだかまた、魔粒子の流れがほんの少し乱れた。
「ええ。もし、貴方がたの戦闘能力が十分で、信頼に足る国王、国家であることを証明していただければ、我々も人手不足ですので、喜んで受け入れますわ」
ローザリーゼは右手をバッと広げて、声を大きくして続けた。
「ただし————どんなに貴方の顔が……じゃなくて、貴方がたの能力が優れていたとしても、所詮は数日前にこの世界に来たエイリアンさんと、成金革命おじさんに過ぎません。貴方がたが、この後の戦いに付いてこられないと判断した場合、同盟など組むだけ無駄。逆に足手まといですわ。余計な墓穴を増やすだけです!」
また、場の魔粒子がビリビリと震えた。
「それではわたくし、戦場に戻る必要がございますので、これにて失礼いたしますわ。アコン。後は手筈通りに」
そう言うとローザリーゼは、なんと俺たちの間をズカズカと歩いて、ガラガラと扉を開くと、廊下の向こうに立ち去ってしまった。
「あっちゃー、女王様、本当に出てっちゃいましたよ?? しかもあの人、自分から名乗ってなくないですか!?」
「言葉通りに、失礼な女だよねぇ。まったく」
ナラハラと上田は、扉の方を見つめて言った。
すると、奥にいた執事の男が近づいて喋りだした。
「ふん。これでわかっていただけましたか? 女王は今の貴方がた程度の実力では、ドクダミ皇国の兵たちと、互角に渡り合うことすら難しいのですよ。一部を除いてね」
彼はミシュリーを横目で見た後、腕を組んで続けた。
「よって、我が国と同盟を組んでいただくのであれば、これから貴方がたには、試練を受けていただきます。ここからは、このアコン=ウルフスベインがご案内しましょう」
「ったく、試練ねぇ〜。ラズベリーとの同盟は不可欠だ。仕方あるまい」
「なんだよ、その試練って。受けて立ってやる」
俺がそう言ったとき、丁寧な対応に見えたこのアコンという男は、突然舌打ちをして、両手をポケットに突っ込みながら、俺に近づいてきた。
「あと、貴様……ピスタチオ国王だかなんだか知らねえが……リゼ様を誑してんじゃねえぞ、こら! あぁん??」
「…………は!? な、なんだぁ??」
この場にトワリがいなくてよかった。
彼女がいたら、怒ってドスを抜いてしまっていただろう。
◆◇◆
少し時は進んで、その夜——
戦闘から戻ったローザリーゼ=エリザベート=ラズベリー=タカヤマは、自室のベッドに潜り込んで、足をジタバタさせていた。
「ちょっと……! あれが、現ピスタチオ国王様なんですの……!?」
彼女は、自慢の金髪をナイトキャップにしまい込んだ姿で、顔を枕に押し付けながら叫んでいた。
「ド、ド、ド、ドストライクですわぁーーーー!!!!」
魔粒子のせいだろうか。
周囲に、大きな「ズギュウウウウウン」という音が鳴り響いた。
あまりに大きい音で、一般兵は本物の銃声かと思って驚いたようだが、扉の前で衛兵と打ち合わせしていたアコンは事情を把握していたため、大事にはならなかった。
だが、アコンの機嫌はすこぶる悪かった。
「はっ! い、いけませんわ。わたくしとしたことが、今日会ったばかりの殿方に、うつつを抜かすだなんて」
リゼは枕を抱きしめて、寝返りを打ちながら独りごつ。
「しかし、あの方——コ、コトブキ様。只者ではありませんわね。あの風貌。これまでに経験している苦労を、「苦労」と思ってないような雰囲気でしたわ。つくづく、人生というものは、外見に表れるのよね」
リゼは、一人でブルブルと首を振った。
「ダメダメ。しっかりと休息をとって、明日の戦いに備えなければ。わたくしは、この大陸で最強の女王なのですから」
更けゆくラズベリー王国の夜。
ローザリーゼは布団に潜り、頭の中で羊を数えて、心を落ち着かせていた。




