第32話 自然と科学の国、ラズベリー王国
これから3章を読み始める皆さんに、予め伝えておきたいことがある。
この章には、俺が知らなかった情報がたくさん記されているらしい——
俺、能都コトブキは、「触手チンチン丸年代記」のこの章を読むために、とても勇気を出さなければならない。
……なぜなら、彼女の気持ちに触れることになるからだ。
ローザリーゼ=エリザベート=ラズベリー=タカヤマ——
彼女の二つ名は——
「折れない花」
◆◇◆
「ふんっ!!! ふんぬっ!! ————ふんっっっ!!!」
ピスタチオ城に木霊する、奇妙な掛け声。
これはもちろん、国王である、第14代触手チンチン丸、能都コトブキが、一生懸命腹筋をしている声である。
「はーい! いい調子よ、コトブキちゃん! あと60回なのよ〜♪」
横に立っているのは、赤髪をポニーテールにまとめつつ、赤縁眼鏡をかけ、ピンクと茶色のスポーツウェアまで着ているミシュリーの姿だった。
「ん? 60!? 待って、さっきあと40回って言ってたけど!? ミシュリーッ!」
ミシュリーは口をすぼませながら俺の方を見ると、何も言わずに首を傾けて、ニッコリと笑った。
くーーーー、ムカつくううううう。
……お察しの通り、俺は体力トレーニングの途中だった。
まず、フィジカルが強くないと、この先、生き残れる気がしないからな。
奥のベンチプレスでは、トワリが、とんでもない大きさの重りをつけて、バーベルをガッシャンガッシャンやっている。
……たぶん、あの使い方は正しくないんだと思うが。まぁトワリだから、そのままにしておこう。
「ふんっ!!! こんちくしょう!! ふうぅ……ところで!! ……んミシュリー!! ラズベリー王国からの……んんんん返事は!?」
「あぁ、それなんだけどね——」
——ビーフシチュー王国との同盟締結後、俺たちは、大陸の脅威についての対策会議を行ったのだ。
そこで両国にとって、ドクダミ皇国のこれ以上の侵攻を止めなければならないという見解の一致を確認できたのは、大きな進展であった。
俺たちは、上田と一緒に作戦を立てた。
そしてまずは、現在進行形でドクダミ皇国からの侵略をほぼ単独で抑え込んでいるという、ラズベリー王国の女王を仲間に引き入れようということになった。
「あそこはなぁ。自然と科学の国と呼ばれてるんだよ。医療技術もハンパねえ。絶対に仲間にしたい国だ。……が、俺はあそこの女王は、ちょっと苦手なんだよなぁ」
「なんでだよ。お前に苦手なものなんてあるのか?」
上田は、左目が潰れるほど、顔を顰めた。
「なんだろうなぁ……とにかくあいつは、押しが強いのよぉ。こっちが何を言っても『折れない』んだよ。ありゃあまさに、二つ名通りの『折れない花』だわ。——あと俺、トマト苦手」
「ふーん……花ねぇ」
俺たちは、上田がビーフシチュー国王のくせにトマトが苦手だというしょーもない告白を無視して、その『折れない花』が統治する国に、手紙を書くことにした。
ドクダミ皇国は、相当強い兵力を持っているという噂だ。
共に戦う仲間は、一人でも多い方がいい。
それが、今まさにドクダミ皇国軍の侵攻を止めている国だとすればなおさらである。
むしろ、今すぐ加勢に行きたいくらいだ。
それに先日の、巨大な攻撃魔法の柱のことも気になるしな……
——話をピスタチオ城に戻そう。
「こちらからのお手紙に、さっきお返事が来たみたいなのよ」
「おお! ……まじか! その! ……手紙は??」
「その手紙でしたら、たった今、私が持ってまいりましたよ」
出番を待っていたかのように、ちょうど良いタイミングで、トレーニングルームの入口から声がした。
顔を向けると、そこには、お盆のようなものに手紙を乗せた、まーくんがやってきていた。
朝から何処かに出かけていたようだったが、ちょうど帰ってきたみたいだ。
「よろしければ、お読みになってください。あぁ、腹筋は続けながらで結構ですぞ」
「……なんでやねん!! 俺を休ませる気ないだろ、お前ら!!」
まーくん、ミシュリー、それから腹筋を強いられ続けてプルプル震えている俺は、その手紙を読んでみた。
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急啓
貴国より拝受致しました同盟締結に関する御提案書、確かに落手致しました。
結論から申し上げますと、我がラズベリー王国は、貴国及びビーフシチュー両国との三国同盟締結を拒絶致します。
長きに渡る国交の断絶を経て、未だ両国の内情及び真意を信用するに足る根拠が乏しい為です。
但し、両国が我が国との同盟に足る真意と実力をお持ちであるならば、両陛下直々の御来訪による御謁見に限り、これをお受けする用意は御座います。
悪しからず御了承頂きたく存じます。
草々
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「……おい、ラズベリー王国、同盟組まないってよ!! やばいね、これ! なんでこうなった??」
「鎖国の影響かしらね……」
「ええ。我が国はしばらく、ほとんどの外国との貿易を絶っておりましたからな。……まぁ、絶たれていた、という方が正しいですが」
あぁ。鎖国ね。
俺は、ここ数日、勉強、運動、魔法をしこたま叩き込まれたので知ってるぞ。
ピスタチオ王国は、疫病が流行って人口が減ったんだけど、その間、他国との交流をほとんど絶ってたんだってな。
ちなみに、ミシュリーとまーくんのスパルタ授業よりも、ソフィア先生と知恵先生の方が、断然教え方が上手かった。
すげえよ、あのギャル二人。
「ビーフシチュー王国も、革命によって生まれたばかりの国ですからなぁ……無理もありませんな……」
「なるほど! でも会うことは! 拒否してないんだな! なら対策をっ! ふぅ、考えようっ! ——それで!? ミシュリー!? ……んん腹筋はっ!! ——あと何回だ!?」
「え? ……あぁごめん、お話に夢中で数えてなかったのよ。とりあえず、あと60回にしましょっか☆」
「やっぱそうだよなああああ!!! んんんんもうっ!!!!! 鬼めええええ!!!」
なお、奥ではトワリが、さっきと同じ大きさのドでかいバーベルを、片手でひょいひょいと上げ下げしていた。
◆◇◆
「本当に良かったのですか……? 同盟を断られて」
「アコン。こういうのは、即決できるものではありませんのよ」
ラズベリー王国の居城——フランボワーズ城は、国土の北東、ドクダミ皇国との国境からほど近いところに位置している。
その中の狭い一室で、女王はしばしの休息をとっていた。
「わたくし共の目的は共通。彼らは必ずここにやって来ます。それに、国書に書いた内容は事実。この国を預かる身としては、彼らが本当に信用に足るかどうか……この目で見極めてからでないと、筋が通りませんわ」
「愚問でございましたね。失礼いたしました」
「今も……我が精鋭たちが強固に国境を守ってくれています。一方で、敵勢力はなぜか増え続けている。両国の方々が、信用できる人材であることを、祈らざるを得ませんわね」
そう言うと、彼女は立ち上がる。
「行くわよ、アコン。またあの動物さんたちを、狩り尽くしてあげなくてはなりませんわ」
「はっ、リゼ様」
ローザリーゼは、身の丈程もある巨大な斧を、傘立てから傘を取り出すように、軽々と持ち上げた。
そして扉から表に出ると、指の力だけでくるくると回した後、柄をぐっと握ってビタッと止める。
「今夜も晩餐は、ジビエになりそうね」
女王は静かに戻ってゆく。
女王であるにもかかわらず、ドクダミ皇国軍の待つ最前線へと——




