第30話 二国同盟と戴冠式 〜新たな触手チンチン丸〜(2)
上田との戦いから数日が経った。
俺はビーフシチュー潜入日の翌日には、しっかりと体力が回復しており、その日の午後イチで、ミシュリーの丸太に乗って、ピスタチオ王国に戻っていた。
っていうかさ! 転生してから5日目までが激動過ぎたんだよ!! やっと、ゆっくりできたわ。
——他方で、「ゆっくりできた」とは言ったものの、決して暇だったわけではなく、毎日、勉強と特訓の繰り返しだった。
朝から晩までギッシリとスケジュールが詰められていて、体育会系の合宿かと思った。
そして後半の3日間になると、なんとビーフシチュー国王上田テッペイがお泊まりしにやって来たのだった。
「あぁ? 新米、3日後の戴冠式を済ませないと、同盟が組めねぇんだろう? どうせだから参列しに来たんだよ。この国の視察と、今後の作戦会議も兼ねてる。だから、まずは、この近くの美味い飯屋を教えてくれ」
「グルメ旅かよ! 勝手に遊びに来んな!!」
まぁ本当は、こいつらが来ることは、まーくんに聞いて予め知ってたけどね。
来たのはデイと上田。
戴冠式当日は三賢者も来るらしい。
電車も飛行機もないのにご苦労なこった。
——と思ったが、デイは予め設置した魔法陣までなら、空間転移魔法が使えるんだった。現世にあったあらゆる移動手段よりも、よっぽど速い。
「ああ、前にお前さんに教わった電車と飛行機だけどな。魔法以外での『電気』の利用や『空路』については、盲点だったわ。『蒸気列車』なら開発中だったんだがね」
「機関車のことか。ビーフシチューの荒野には似合いそうだな」
「とは言え、うちの国の技術がありゃ、電車と飛行機も作れんじゃねぇかと思ってるわけ。早速、プロジェクトを立ち上げたよ。数年はかかるが、完成したら、民の移動や物資の輸送に革命が起こせるからねぇ」
仕事早すぎだろ、こいつ……
さすが叩き上げで王になっただけのことはある。
上田は、まーくんが昨日作っておいた、ピスタチオ王国のオススメグルメ資料をもらうと、デイと二人でキャッキャしながら昼食を選んでいた。
◆◇◆
その日から、上田とデイはピスタチオ城の客室に案内され、しばらくそこで寝泊まりをした。
俺の寝室とはかなり離れたところではあるが、仮にも、隣国の国王。かなり広い部屋が貸し出された。
そこで上田は、デイ(きよっちゃん)にも聞こえないタイミングで、独り言を言ったのだという。
「ぶはは。やはり俺の能力は最強だよねぇ。俺の望んだことを、よう叶えてくれる。俺ははじめから、こいつとの共闘を望んでいたのかもしれんなぁ」
ピスタチオ王宮内の、部屋の隅での独り言。
彼はこの言葉を、自分だけの秘密にして、墓場まで持っていこうと思っていた、と、伝わっている。
……そう、伝わってしまっているのだ。
なぜならこの時、上田とデイの部屋には、盗聴器が仕掛けられていたからだ。
俺の現世の話を聞いたミシュリーが、彼らが変な気を起こさないようにと、事前に作ってこっそり仕掛けておいたのである。
ピスタチオ王国の安全保障にとっては、どうしても必要な行為だった。…………のか?? 本当に必要だった???
——結果として、上田のセリフは、この年代記に一言一句漏らさずに記録されてしまったのだった。
◆◇◆
さて、そんなことはどうでも良いとして、俺たちはついに、戴冠式の日を迎えることとなった。
美しい青空。
絵に書いたような白い雲。
この世界では今は初夏なのだが、今日はまさにうってつけの戴冠式日和であった。
俺はいつもの紅白のパーカーではなく、今日のために誂えてもらった、俺の背丈にあわせた仰々しい「王様の服」に着替えていた。
まーくんが服の着方を教えてくれたおかげで、ビシッと着こなすことができた。
「なぁ、まーくん。思い返してたんだけどさ。あの時、デイが果ての森に仕掛けた罠に、本当にミシュリーがかかってしまっていたとしたら、もしかして俺たち、詰んでたんじゃないか?」
まーくんは俺の全身を眺めながら話す。
「ふむ。その可能性はありますな。ミシュリー殿が拘束されれば、上田にすべての情報が渡っていたでしょう。戦争が始まり、武力でも負け、今ごろこの国は、ビーフシチューの属国になっていたでしょうな。捕まったのが私で本当に良かった」
まーくんは俺の上着を微調整しながら続けた。
「……ひょっとすると、コトブキ様の能力が、『低確率事象』を引き起こして、それを阻止したのではないでしょうか。だからこそ、ミシュリー殿ではなく、私が捕まったのでは?」
「はは。買いかぶりすぎだよ」
まーくんが戻ってからも、俺は当然のことのように、「例の秘密」が何なのかと聞くことはしなかった。
まーくんも、俺が敢えてそうしていることを解っていた。
そして、着替えが終わると、トワリが廊下から入室してきた。
「まぁ、陛下! とっても似合っています!! まさに『触手チンチン丸』って感じです!」
ちなみにトワリはメイドなのに、俺の着替えを手伝ってくれたことはない。
なぜなら彼女は「王の剣」だからだ。
……まぁ、恥ずかしいからその方が良いんだけど。
っていうか、トワリってなんでメイドなんだろう。
あんまり、メイドっぽいことしてるの見たことないけど。
「ありがとう、トワリ。しかし、今回は流石に緊張するな。国民の大半が参列してくれるんだろ?」
「ええ。持ち場を離れられないものや、事情のある者以外は来そうなものですな。1万5,000人前後といったところでしょうか。それだけこの戴冠式は、この国にとって重要な儀式でしたから」
ピスタチオ王国は、300年前に、初代国王が「暴食の悪魔ベール」を右腕に封印してから建国された国だと、本に書いてあったもんな。
その王座の譲渡は、確かにこの国にとっては最も重要な行事なのだろう。
「よし、まーくん。行こうか」
◆◇◆
俺は部屋から出て、ピスタチオ王宮の、大きなバルコニーの手前にたどり着いた。
もうすぐ俺の出番だ。
ミシュリーとトワリ、それから来賓の上田たちは、
すでに大きなバルコニーに置かれた椅子の上に座っているらしかった。
すると城の外から、国民のみんなの歓声が聞こえ始めた。
\チーンチン!/
\チーンチン!/
\チーンチン!/
\チーンチン!/
「陛下。『チンチン』の意味は覚えていますかな?」
まーくんが尋ねる。
「あぁ。一昨日、本でも読んで、しかと覚え直したよ」
この世界において、カナ表記の「チンチン」には「誇り高き王」、「栄華を誇る王国」、「最高の戦士」といった「まじかっけー」意味があるのだ。
ゆえに「触手チンチン丸」とは、王の中の王であることを意味する、最高に高貴な名前なのだ。
——そして、まな表記の「おちんちん」には、この国でもっとも卑猥な意味を有することも復習済みだ。
確かに、図書館に置けないような本にしか書かれていなかったよ。そっちにはさんざん書かれてたけど。
「——始めよう」
俺はバルコニーの外へと踏み出す。
国民の歓声が、一層大きくなる。
鳴り止まない「チンチンコール」。
鳴り止まないどころか、民衆は「ワーーーーッ」と歓声を上げた後、より大きな声で、興奮しながら「チンチン」と叫んでいた。
俺が笑顔で両手をかざすと、彼らの声がすううっと収まった。
下の広場にいる参列者と顔も意外と見える。
あのギャル達も、魚屋のおっちゃんも、炎のチャレンジャー2の時にみかけた、魔法使いっぽい人たちもいた。
端っこの層には、亜人っぽい人たちもいる。
そうか、彼らも国民なのだ。時間を作って、彼らのところにも、挨拶に行かないとな。
民衆が静まると、ミシュリーが前に出て、拡声器(木製)を使って、広場に宣言をした。
「これより、第14代触手チンチン丸陛下の、戴冠式を執り行う」
真面目モードのミシュリー。
俺の左手側、国民から見て向かって右手にはトワリとまーくん。
逆サイドには、上田、デイ、そして正装でもめちゃくちゃ目立つ格好の三賢者たちが座っていた。
戴冠式は厳かに開始された。
◆◇◆
式は、大成功だった。
この世界に来てまだ日が浅いのに、ピスタチオ国民はものすごい熱気で迎えてくれていた。
この前のミシュリーの『炎のチャレンジャー2』の時の噂が独り歩きして、民の間で『能都コトブキは凄い国王だ』と言われまくっているらしい。
——俺にとってはメリットではあるんだけど、身に余る光栄で、逆に背筋が伸びてしまう。
バルコニーの上部に掲げられたこの国の紋章と、デカい十字架のオブジェの前に向かい、いくつかの誓いを立てる。
さらに、いつもよりも丈の長い、厳かなローブを纏った果ての魔女様に、頭、胸、そして左手のひらの後、王家の右腕にも油を注がれた。
そして俺の宣誓。
まーくんに頼んで、できるだけ俺の言葉を組み込んでもらったのだが、予想以上に良かったらしく、国民が何人か泣いてた。
お、おう、あ、ありがとう——
俺が跪き、ミシュリーから、無事に冠を被せられると、またも民衆は大きく沸いた。
\チーンチン!/\チーンチン!/
\チーンチン!/\チーンチン!/
\チーンチン!/\チーンチン!/
\ワァーーーーーッ!!!/
俺が、名実ともに、第14代触手チンチン丸となった瞬間だった。
王とは何か——
それはまだ俺にはわかりきっていない。
それでも俺はこの国と、国民の命を守るために生きるという、大きな使命を授かったのであった。
◆◇◆
「いやー! よかったですね、戴冠式! あ、ミシュリーさん、そこのソイソースとってください!」
戴冠式後の夜。
俺たちと、来賓のビーフシチューの連中の交流会も兼ねたパーティが開かれた。
と、言っても、いつもの食堂のビュッフェで食事するだけなんだけどね。
「おい、新米。気分はどうだい」
「……んー。わかんねえよ。国王ったって、俺は俺だ。生まれつきの国王じゃないからね。できることをするだけだよ」
「ぶはは! いいねえ。やはりお前はぶっ飛んでるよ」
……そうかな。
だってもう、なっちゃったもんは、うだうだ言ってても仕方ないだろ? やることを全力でやればいいだけだ。
「シカシ、カナリ厳カデ、イイ戴冠式デジタネ」
ングディン=ジョンソン=サーリーフ。
上田の前では関西弁は出さないんだね。
「国民だって、転生してきた国王は初めてなのよ。期待も、不安も全部ひっくるめて見てくれていたんだわ」
ミシュリーが、ステーキを食べながら話す。
コース料理ではないので、自分で取ってきたでかいステーキだ。
「さて、能都コトブキ。明日、俺たちは帰るつもりだが、その前に今後の作戦会議だ。中身はもちろん、同盟の締結と、大陸との戦争に向けた準備な」
上田の言葉を聞いて、俺は食事の手を止めた。
戦争——
間違いなく、人の命が消える響きのする言葉だ。
俺は、虚空を見つめながら話を続けようとした。
「戦争か——」
俺はナイフとフォークを置く。
「なぁ上田……それって、本当にもう止められ——」
そこまで行った瞬間だった。
窓の外の夜空がピカッと光った。
「……なんだ? 雷? こんなにいい天気なのに?」
しかし、みんな気づいていた。雷にしては明るすぎる。
全員が北側の窓の外を見る。
そこには衝撃の映像が待っていた。
「おい、何だよあれ……」
バーグ師匠が最初に呟いた。
魔粒子の、柱なのか……?
遥か先の大地。
ピスタチオ王国のある、ツベルトーシュ半島より、海を超えて、ビーフシチュー王国よりもさらに北の陸上に、見るもおぞましい緑と紫が混じった魔粒子の円柱が、夜空に高々と聳え立っていた。
「おい、まさか、あの柱……人が巻き込まれてるんじゃないだろうな……」
誰も何も言わない。
なぜなら、あの柱は誰が見ても明らかに「攻撃魔法」のそれだったからだ。
上田が窓の外を見ながら呟く。
「覚悟の準備をしておけ、触手チンチン丸。本当の戦いが始まるぞ。命を懸けた、マジの戦争がな」
俺は触手の右手を、拳の形に変え、その方角にあるはずの「ラズベリー王国」の方を見つめながら、強く、強く、握り締めた。
空が光ってから約7分後。
ドオオオオオオオオオオオンという爆音と衝撃波が、ピスタチオ城の全ての窓ガラスを、ガタガタと震え上がらせたのだった。




