第26話 上田テッペイという男
「コトブキちゃん!」
「コトブキ様!」
「コトブッキー!!」
「……ナラハラくん!??」
ベールの再封印を完遂した四人は、中央の俺のもとに集まってきた。
俺は、極めて馴れ馴れしいナラハラのことなど意にも介さず、仰向けで倒れたまま、恥ずかしげもなく大粒の涙を流している。
俺がトワリとミシュリーに、謝罪しようとした瞬間だった。
「ごめんなさい!!」
「申し訳ありません!!」
二人が先に、俺に謝ってきた。
…………いや、なんでよ。
謝罪すべきなのは間違いなく俺だ。
牢屋に囚われていたとはいえ、勝手に悪魔と契約した国王なんだぞ?
「あの時……コトブキちゃんを独りで残すべきじゃなかったのよ……判断ミスだわ。まーくんなら絶対にこんなことはしない」
トワリも、苦い顔をしながらコクリと頷いた。
「…………そんなの。――——いや、わかった。すまなかった。けど、後悔は後にしよう。まーくん無しでやっても意味がねえ。一刻も早くまーくんを救い出して、無事に全員揃ってから反省会をしよう」
「ぐす、コトブッキー……」
ナラハラが鼻を鳴らしながら呟いた。
バーグ師匠は、我慢ならなくて、ナラハラのケツを後ろから蹴っ飛ばしてやった。
俺はゆっくりと立ち上がる。
短い時間だったはずなのに、自分の足で立つのが、ずいぶん久し振りに感じられた。
「ふう……ちゃんと封印されてる感じがする——」
俺は右手の触手をぐにゅぐにゅと動かしてみた。
主導権は、完全に俺の元にあり、むしろ前よりも制御力が上がってるような気がした。
……あんなことがあった後である。ベールは当然、一言もしゃべる気は無いようで、まるでそこにいないもののように振る舞っていた。
てめぇ、この後、存分にこき使ってやるからな。
その時、どこからか謎の音が響いてきた。
「……この音は」
トワリが音の出る方向を向いたので、俺たち全員がそれに続く。
————パイプオルガンか?
伸びのある、独特の音。
明らかに、城の最上部の、上田の部屋とみられる場所から聴こえている。
…………一応、和音は聴こえるのだが。
うーん、なんていうか——
「あんまり上手くないですね」
————さすがトワリ。
俺たちが言いづらいことも、平然と言ってくれる。
そこに痺れるし、憧れるぜ。
「……行こう。まーくんを取り返しに」
「オー!」
ナラハラは、俺の言葉に右手をまっすぐ挙げて応えてくれた。
バーグ師匠は、ナラハラのケツを再び強く蹴っ飛ばした。
◆◇◆
上田の部屋へと続く廊下や階段は、信じられない程に無傷のままだった。
道中は、ナラハラとバーグ師匠が丁寧に案内してくれた。
なぜなら、向こう11時間くらい、彼らはミシュリーの言うことを聞かないと、5分で死んじゃうからだ。
…………可哀想に。
しばらく登ると、とてつもなく大きな扉の前に着いた。
「はいはい! 正面に見えますのがー、上田さんのお部屋で、ございまーす。『モクテキチニ、ツキマシタッ』て感じでーす!」
「ナラハラくん、なにそれ。流行ってんの……?」
バーグ師匠は怪訝な表情を見せている。
「ここが上田の部屋……ありがとう。ナラハラ、バーグ師匠」
廊下を歩いている途中もだったが、パイプオルガンの音がずっと鳴り響いている。
近づいた分、さっきよりもだいぶ大きな音になった。
「すごいうるさいですね」
トワリは真顔で言った。
「ああ、そうだな」
俺も真顔で言った。
「コトブキちゃん……今のうちに言っておくわ。ミシュリーとしたことが、さっきの封印で、残りの魔力もかなり使っちゃったわ――だから、その――」
ミシュリーは、バツが悪そうに言い淀んだ。
俺は、彼女に少しだけ笑顔を見せて言った。
「大丈夫だ、ミシュリー。君のお陰でここまで辿り着けたし、無事にベールの封印だってできたんだ。ここからは、俺たちに任せてくれ」
ミシュリーは、唇をきゅっと結んで黙っていた。
俺はドアに向き直る。
「さぁ。行くぞ……」
俺は胸を落ち着かせながら、意を決して、大きく一歩、足を前に踏み出した。
……
……
……
えー……
……
「ねえ、このデカいドアって……どうやって開けるの??」
◆◇◆
ガラガラガラァ……
ナラハラとバーグ師匠のお陰で、上田の部屋に続く、大きな扉が開いた。
まさかの引き戸だった……
このタイプのドアで引き戸、見たことないんだけど……
パイプオルガンの音がより一層大きくなる。
あー、すごいこれ!!
ホンットに、うるさいっ!!!
「っだーーー!! なんだこれ!! ものすごいうるさいぞ!!! おい、上田っ!!! 音量調節間違ってんじゃないか!!?」
俺の声に気がついたのか、オルガンの音がピタリと止んだ。
巨大なオルガンの前に座っていた男がおもむろに立ち上がり、マントを翻してこちらを向く。
「おぉ〜〜。これはこれは、ピスタチオ王国の国王様ではありませんかぁ〜。たぶん、仮のだけどな?? 遠路はるばるようこそお越しくださいました〜」
上田は両手のひらを広げながら続けた。
「すまんな。この部屋、前王の頃からあってね。気に入ってはいるんだが、なにぶん、パイプオルガンは練習中なのよぉ」
彼は楽しそうに話した。
「……俺たちがここまで辿り着くのに、随分苦労したよ、ビーフシチュー国王殿」
俺の言葉に、上田は笑いながら答える。
「ぶははっ、ご苦労っ! そりゃあそうだろうねぇ。そうなるように仕向けたんだからさ。この俺がね」
上田は挑発的な態度を取っていた。
だが、仮にも隣国の王。
流石のトワリも、いきなりドスに手をかけるようなことはしていなかった。
一方で、自慢の「エターナルドス」は、小さくして胸元にしまっているのではなく、いつでも抜けるよう、腰に差したままだった。
「んで? 改めてご用件は?」
「もちろん、まーくんの返却だ。そちらで、うちの執事を匿っているんじゃないか?」
「あぁ〜、そう思うの?」
「果ての森に仕掛けられた罠から魔粒子の痕跡を辿ってみたら、なぜかここに着いちゃったもんでね。なぜだと思う」
上田は口角を片方だけ上げながら、ミシュリーを一瞥した。
「はっはっは! いいねえ〜! さて。察するに? お宅様も緊急事態だったんでしょう。こちらとしては、隣国の国王陛下の不法侵入も? 我が国での大規模破壊行為も? 一旦置いておくとしましてぇ——」
上田は責めるような目でこちらを見ている。
俺はもちろん、彼から目を逸らさず、警戒を解かないでいた。
「よろしければ、あちらの椅子にでもお掛けくださいな、ピスタチオ国王殿。まずは話し合いから始めようやぁ。念願の、首脳会談をねぇ」
「…………こんな状況での首脳会談に何の意味がある。騙し討ちでもするつもりか?」
上田の声が大きくなった。
「がっはっはっはっ!! 騙し討ちなんてせんよ。まずは、お前という人間を知りたいだけだ。なんなら? 会談の間は、決して俺の能力を発動しないと約束しよう。もちろん、お前さんもだぜ?
それにだ。今この状況で戦わないで済ませたいのは、どっちかってーと、お前さんたちの方なんじゃあないの??」
まったく。うちの乙女たちの次は、お前がリトマス紙おじさんってわけかよ。
どいつもこいつも俺を値踏みしやがって。
上田は俺に、部屋の奥——向かって左手側に置かれてた大きな椅子に座るよう促した。
「陛下」
トワリが俺に向かって、ひと言だけ声をかける。
俺はこれを、「私が常に監視しています」という意味だと捉えた。
そして、上田の提案に承諾する。
「——良いぜ。話をしよう。その代わり、そっちのことも対等に話してもらうぜ」
上田は手を身体の前で曲げ、浅くお辞儀をした。
椅子の前に向かう。
上田テッペイと目が合った。
俺と上田は、それぞれの椅子に、同時にどかっと腰を下ろした。




