第25話 再封印(3)
「さぁ、ミシュリーの可愛い下僕ちゃんたち。あの悪魔を再封印するわよ!」
塔の上のミシュリー。
彼女の両隣に立っているのは、ゴージャス☆ナラハラと、ナカヤマ=バーグ師匠だった。
「どうもどうもー! 下僕一号でーす!」
「ナラハラ君……あんなめちゃくちゃな契約結ばされて、よくそのテンションでいられるね……」
「約束破ったら、なんと勝手に心臓が爆発するそうでーす!」
ミシュリーとの簡易契約の内容は下記である。
――――――――――――――――
私は、今から12時間の間、ミシュリー様の言うことを全て聞くと誓います。
言うことを聞かなかったと判断された場合、5分後に死にます。
――――――――――――――――
えええぇ……
悪魔が作った契約書の方がよっぽどちゃんとしてるんですけど。悪魔ってミシュリーのことなんじゃないの。ナラハラとバーグ師匠が不憫に思えてきた。
「あんたたち、ここからは手はず通りよ! 散りなさい!」
「がってん! 承知の助ぇ!」
「まぁ……死にたくないし、城も壊されてるし……さっきの義理もあるしなぁ……行くかぁ」
バーグ師匠の言う「義理」がなんのことかはわからなかったが、2人はそれぞれ左右に散っていった。
「コトブキちゃん! 生きてる!?」
「あ゙ぁ、なんとかな…… 痛すぎて何回か意識が途切れた」
「その度し難い悪魔ちゃん。必ず封印するわ! もう少し耐えるのよ!!」
(魔女よ。今の貴様のカラカラの魔力で、この俺様を封印できると思っているのか。とんだ笑い草だな。見くびるなよ小娘)
ベールはいつもより不機嫌そうに言うと、大きな触手を、容赦なく横からぶん回してきた。触手はぐばっと開いた口でミシュリーを建物ごと喰らおうとする。
がぶんっ!!
ミシュリーはとっさに丸太に跨り、宙に浮いてそれを躱した。
「貴方こそ、いつまでもそうやって、楽しそうに慢心していればいいわ。トワリ! 合図で北の塔へ!!」
「承知しました」
「コトブキちゃん!! ミシュリーたちが何か始めたら、体内の魔粒子回路を逆回転させて!!」
「……た、体内魔粒子の逆回転?? おい、いきなり知らないことをさせようとするな! やり方どころか、言葉すら初耳だ!」
「大丈夫よ!! 天才のミシュリーでさえ、この世の中、はじめてのことだらけよ!! コトブキちゃんは『触手チンチン丸』でしょ! やればできるわ!」
「……ったく、この世界に来てから、ひりつくことばっかりだ」
「王の名」を出すなんて、言ってくれるぜミシュリー。
俺が自分で糸口を掴むしかないってことなんだろ? いいよ、やってやる! 名誉挽回だ……! 悪魔と余計な契約をしたままで終われるか……っ
「チャンスは一度。今はこの案しか思いついていない! 気合い入れてちょうだい!」
(ゴタゴタと、くだらん話をするな!! 人間風情がっ!!)
ベールはさらに、俺の四肢の先に生えている巨大な触手を思い切り振り回して、ミシュリーとトワリを攻撃しようとした。
しかし、二人はすばしっこい。ベールの大振りな攻撃が当たる気配はなかった。
「愚鈍ですね」
トワリが呟く。
ベールの中で何かの糸が切れたのが、俺にははっきりわかった。
(小娘……余り俺様を怒らせない方がよいと思わんか)
「…な、なんだ?」
俺の周り――特に触手の周りに、まさに「漆黒」と呼ぶに相応しい色の魔粒子が浮かび、渦を巻き始めた。
すべての光を飲み込むような色の魔粒子。ベールは触手を一箇所に集めて丸まった。
(DRILPA GAH DE CHAOS――)
ベールはおどろおどろしく低い声で、呪文のような謎の言葉を発した。
この世界に来てから耳にした言葉で、意味を全く理解できない言葉は、ギャル語を除いて初めてだった――
次の瞬間――
ズオオオオッ!!!
ベールの触手から放たれる漆黒の刃。
それがベールを中心に、放射状に、高速で伸びて行った。
「みんな避けて!!」
しかし、ミシュリーが言い終わる頃には、刃はすでに全員のところに届いていた。
「ワオっ!」
「おっと」
「……」
4人はそれぞれ、なんとかベールの攻撃を躱す。
どうやら触手は、あらゆる物を食してしまう性質を持つようだった。
通り道の壁にも瓦礫にも、全てのものに大きな穴を開けていた。
おかげで――
ガラッ……
ガラガラガラ…………ッ
ドッゴオオオオオオオオオンッ!!
「はあああああっ!? はうああああああああ!! 助けてええええええ」
ビーフシチュー城は、内側から喰い荒らされたように、より一層わけのわからない崩れ方をしてしまう。危なく、崩れた瓦礫が、少し離れたところに避難していたデイを潰してしまうところだった。
「ああっ!! デイいいいいいいっ!! ちょっとトワリさん!? あんまり悪魔さんを怒らせないでくださいよぉ! 危ないったらありゃしないっ!」
ナラハラはプンプン怒りながら抗議をしていたが、トワリは無視を続けている。
そして俺は、こんな混沌の状況下において、ひとつの恐ろしい事実に気づいてしまった。
これだけ色々な建物がことごとく崩れている中、上田がいるはずの城の最上階だけは、壊れそうな気配が微塵もないということだ。
……俺はたらりと冷や汗をかいた。
(フハハハ!! まずはビーフシチュー兵から頂くとしよう!!!)
――――ぼーっとしている場合じゃない。
このままでは死人が出てしまう……っ! こいつに誰かを食われちまうっ!!
「おいっ!! いい加減にいいっ!!! やめろって言ってんだよおおおおおおおおっ!!」
俺は触手を止めようと、全身の筋肉という筋肉を強張らせながら、全力で触手に力を込めた。どうやってでもいい!! 止まれ!! 縮まれ!!! なんとかなれっ!!!!!
――ギュワンッ!
(っ!? な、何事だっ!?)
四肢の触手は今、全てベールの支配下にあるはずだった。
その伸びた4本の触手が、一気に10m以上、急激に引き戻されたのだ。
ベールはピタリと動きを留め、一呼吸間を空けたあと、俺の脳内で大声を出した。
(……ば、ばかなっ。 今日、魔粒子回路が見えるようになったばかりのただの餓鬼だぞ……)
「てめぇの思い通りにはっ! させねえって言ってんだろうがあっ!!」
ベールの機嫌がさらに悪くなった。というよりも、僅かな混乱が見受けられる。
俯瞰して見ていたミシュリーも、この現象に驚愕していた。
(コトブキちゃんの魔粒子操作精度が、格段に上がっているっ!? ど、どうして?? ……けどこれは、魔粒子の反転っ! いけるわっ!!!)
「トワリ! 今よ!!」
ミシュリーからの合図。
トワリは横目でベールを警戒し、縮みながら辛うじて続いている触手攻撃を避ける。瓦礫を乗り越え、北側にまだ辛うじて残っている塔の上に登った。
「ミシュリー!」
トワリが叫んだ。
「コトブキちゃんっ!」
連鎖するようにミシュリーが叫ぶ。
「ぐおおおおお!! 逆回転、してくれえええ!! 向きと流れ!! 向きと流れだっ!!!」
特訓で教わった基本に立ち返る。この悪魔への怒りをエネルギーに変えろ。けど、決して怒りに飲み込まれるな!!
今度はこっちが、悪魔に一泡吹かせる――!
ミシュリーは俺を一目見た後、さらに続けて叫ぶ。
「ナラハラ! バーグ師匠ちゃん!!!」
「あえーー!? 僕は呼び捨て!? さんをつけろよ、デコ助魔女おおお!」
「へへっ。まさか、一瞬で直してくれるなんてな……魔女というより女神様だぜえ!」
あろうことかバーグ師匠は、トワリに銃身を粉々に粉砕されたはずのビブラスラップ二丁拳銃を、二丁とも自慢げに見せびらかしながら、両手で構えていた。どうやら簡易契約を結ぶのと引き換えに、彼の武器を綺麗さっぱり元通りに直してもらったらしい。
……ミシュリーさん、俺が頑張っている横で、自分の天才エピソード挟み込むのやめません??
「全員構えなさい!!」
ミシュリーはこれまでで一番の大声で叫んだ。
それを合図にして、定位置についていた4人が、一斉に武器を構える。
東にはバーグ師匠。
西にはナラハラ。
南にはミシュリー。
北にはトワリ。
それぞれが塔の上、または空中の丸太の上から、中央にいる俺とベールに向かって武器を構えた。
(ばかなっ!! なぜ動かんっ!! なぜこの餓鬼にこんな真似がっ!!!)
悪魔ベールは当然暴れようとしていた。
しかし、俺の魔粒子逆回転が成功しているらしい。徐々に徐々にだが、触手がギュルギュルと縮みつつあった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!! ミシュリー!!! はやく!!!!!」
ミシュリーは杖を構えたまま、誰にも聞こえないように呟いた。
「『私』にならできるわ、ママ――」
そして――
「我ら――『暴食の悪魔』を封印せん――――」
……ピカーーーーーーーーーーーッ!!!!
ミシュリーが言葉を放つと、4人の持つそれぞれの武器が、眩い光を放った。
「おお、すげえぜっ! さすが俺のデミグラスたちっ!!」
「うわっ、眩しっ!! あぁぁ目がぁぁぁあっ!!」
「ナラハラ!! ふざけてんじゃあないわ! 集中しなさいっ!!」
「ミシュリー、この光は……?」
四者の武器から放たれたヒカリは、四方から中央の俺の四肢――巨大化した触手に向かって、図太いビームのようにまっすぐと伸びた。
(あり得ぬ。あり得るわけがないのだ……こんな餓鬼に俺様の力が…… 貴様……一体……)
ベールは4人による大技を前に、どうにかその場から逃げ出そうとしていた――はずだったのだが、なぜかそれ以上に、ずっとブツブツと何かを言って、かなり困惑しているようだった。
何なんだ……? まぁいい! 何でもいい!
チャンスだ!!!
「お前らあああああ!!! 頼むっ!!!」
「国で暴れられたら困るんでね」
「んもうっ!! 仕方ないっつーの!!」
「行くわよ……こう叫びなさい!!!」
「…………」
4本の光が一段と眩く輝く。
それは上空から見れば、まさに東西南北で交差する、巨大な十字架の形をしていた。
「――再封印っ!!!!」
「再封印……」
「再封印っと」
「再っ☆封っ☆印っ!!!」
(くっ…… 俺様の300年振りの宴を……)
不可解なことにベールからは、なぜかいつもの悪魔らしさが薄れている。もはや、半ば諦めたような声を出しているように聞こえた。
4つの光の線は、俺を包むように集まり、一つの巨大な球を形成した。
ビカアアアアアアアアッ――
「仕上げよ」
最後にミシュリーは、またしても誰にも聞こえないように、いかにも神聖な様子で「然り」という意味の一つの単語を呟いた。
光は爆発するように辺りをつつみ込み、同心円状に、ドウっと衝撃波を放った。
(……クソどもが。今回は俺様の負けだ……しかしまた必ず機会は訪れる。しかと覚えているがいい――)
ベールがそう言い残すと、その後、眩しすぎる光が、ゆっくりと、ゆっくりと、十数秒かけて、その場から消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
光の中心だった場所。
そこには俺、能都コトブキが、大の字になって倒れていた。
「すまない……ミシュリー……トワリ……俺は……こんなんじゃ……こんなんじゃ……」
俺が呼び醒ましてしまった悪魔ベール――
彼女たちの尽力によって、この強大な悪魔を、無事に「王家の右腕」の内部へと再封印することに成功した。
「くそっ……くそっ……くそぉっ!!!!!」
俺は寝転んだままで、何度も何度も、ボロボロと、大粒の涙を瓦礫に染み込ませていた。
◆◇◆
ぱち……ぱち……ぱち……ぱち……ぱち……ぱち……
変わり果てたビーフシチュー城。
なぜか無傷なままで残っているその最上階のバルコニーで、一人の男が拍手をしていた。
「いやぁ、こいつぁすげえや。あいつら、本当に悪魔を封印しちゃったよ」
上田テッペイ――
彼は不敵な笑顔で、一部始終を観察していた。
「さぁて、やっと出番が来たからねえ。さすがに俺も頑張んなきゃいかんよなあ」
上田はそうして大きな独り言を言いながら、身を翻して、ツカツカと部屋の中へと戻っていった。




