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第25話 再封印(2)

 ズゥゥゥゥゥン…………


 悪魔ベール、大地に立つ――


 しかし、それはすなわち、俺とベール双方の目的が達成されて、契約満了に至ることを意味するはず。

 なのになぜこの悪魔は、自らの意思で地面を踏みしめたのか。


「てめぇ!! 企んでいることを話しやがれ!! これは命令だ!!」


(ふん。つくづく愚かな男だな貴様は。今の俺様に、貴様ごときの命令を聞いてやる道理がどこにある。まぁ見ているが良い。せいぜい己の愚かしさを噛み締めろ)


 トワリ、ミシュリーともに、こいつの不可解な行動のせいで、次の一手を決めかねている。しかし、最大限の警戒を続けている。 

 一体、何が起きるっていうんだ。


(貴様、まだ気づいておらぬのか?)


「何のことだ……」

 俺はまだ続く痛みに耐えながら答えた。

 契約満了の証だろうか。足元に、黒く重たい魔粒子の霧のようなものが生まれ始めた。

 

(自身の腕と足を見てみるがいい)


「……」


 俺はこいつの言うことに従う他なかった。

 言われたとおりに、自らの四肢に目を落とす。


「……え?」


 確かに俺は、激しい痛みのせいで、こんなに重要なことにすら気づいていなかった。


 契約締結時点よりも、触手の面積、いや、体積が増えてしまっている――!

 ベールによる身体の侵食が進み、すでに俺の両腕は、三角筋の真ん中まで触手化。両足も、太腿の真ん中まで触手になってしまっていた。


「なっ……ばかな! 15%までのはずだろ! 契約違反だ!!」


(その契約書には「貴様の身体を侵食してはならない」などと、ひと言でも書いてあったのか?)


「屁理屈クソ悪魔め……二度とてめえと契約なんかしてやるもんか。お前とともに死んだほうが世のためだったかもな……」


(なんとでも言うが良い。宴はここからが佳境なのだ)

 ベールはニヤついたような声色で言った。

 足元に渦巻いていた、嫌悪するような色の黒い魔粒子が、俺の両手両足に纏わりついてきた。


「う……う゛あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」


 腕が焼けるように熱いっ……

 皮膚が(ただ)れて、まるで骨まで溶かされるかのようだ。

 一瞬、ふっと意識を失ってしまったが、0.5秒後には痛みでまた目を覚ました。


「ふぁっ……ぐぅ……い゛っ……」


 トワリは、ベールが急に動き出した時に備え、腰を低く落として、腰に差したドスで抜刀術を出す準備をしている。

 ミシュリーは、苦しむ俺を眺めつつも、なんとか現状を打破する方法がないかと、案を捻り出そうとしていた。 

「主導権の返還……コトブキちゃんが明け渡したのは身体の一部だけ……確か15%と言って…………え? 15%?? たったの? だって、あれはどう見ても……」

 そう。ベールの侵食のせいで、触手になった部分は、身体の30%程度に増えてしまっていた。


「……なぁ。魔女さん」

 そこで、拘束されているバーグ師匠がミシュリーに尋ねた。

「契約が切れれば、あいつはちゃんと元通りに戻るのかい?」

 

「え……それは……もちろんそのはずだけど。悪魔は契約を必ず守るから」

 

「あいつ、自分から地面に向かって行ったよな? ってことは、契約を終わらせることで、自分に有利になる何かがあるんじゃないか? 普通に考えたら……何らかの『縛り』が無くなるとか?」


 ミシュリーはそれを聞いた瞬間、大きく目を見開いた。

 そして勢いよく、赤髪のおさげをぶんと揺らしながら、バーグ師匠の方をバッと振り返った。

 

「まずい……っ! ()()()()()()()んだっ……! あんたたちっ、時間がないっ! 今からミシュリーの言うことをよく聞きなさいっ!! 出し惜しみしてる場合じゃないわ!!!」

 ミシュリーはものすごい表情で、拘束されている2人を見た。


「…………」

「……なんだ?」

 

「『私』と今すぐに! 簡易契約を結びなさい!!!」


 

 ◆◇◆


 

「うううううう゛!!! くそおおおおおお!!! 熱い!! 痛てえええ!!!」

 両手足の魔粒子の渦がさらに速く回転する。

 情けないことだが、たぶん大声で叫んでいないと気を失ってしまう。


(ハッハッハッハッ!!! さぁ小僧!! ここからは『強くてニューゲーム』とやらの時間だ!!!)


 なんでそんな現代的な言葉知ってんだこいつ……! だが、俺は痛みで何も答えられなかった。


(契約に基づき、俺様は貴様の身体の15%に当たる部分の主導権を返還している最中! だが、今侵食した部分は別だ!! 返却義務などない! 俺様が自由にできる肉体のままなのだ!!!)


 手足の、触手になっていた部分が徐々に減ってゆく。お皿の汚れが落ちるように、肌の色がすぅっと元に戻ってゆく。 

 しかし一定の位置まで来たとき、その浄化がピタリと止まってしまった。

 

「なるほどです……」

 トワリが凝視しながら呟く。

 彼女も、今俺が置かれている状況を理解したようだ。それでも、ここから触手の体積をなるべく削ろうと考えているように見えた。

 とは言え、15%すべての浄化と主導権返還が終わらないことには、彼女も手を出すことはできない。


「焦れったいですね」


 契約満了のタイミング。トワリはその隙を狙っていた。


 俺もなんとかこいつを止められないか?

 さっきよりは腕が動くようになったが、それでも両手足の先端に俺の自由はない。

 「災厄と共に歩む者カラミティ・ウォーカー」を発動して、こいつを止められないか……!

 ……ダメだ。この状況ではトワリとミシュリーを巻き込みかねない。この契約が切れるということは、「彼女たちに危害を加えてはならない」という縛りが消えてしまうということ。

 いや違うぞ。彼女たちどころか――


「てめえ、まさか――人間を食うつもりか!?」


(ヒャハハハハ!!! ようやく勘が冴えたな小僧!! 300年ぶりのたんぱく質は、この俺に最高の舌鼓を打たせてくれるだろうなぁ!! 目的の達成と侵食を果たした俺様は、もう自由の身も同然だ!!!)


「絶対に……絶対にそんなことはさせねえ!!!」


(だが、貴様は無力も無力!! そこにいるコバエどもも、今の俺様の敵ではない!! 止められるものなら止めてみろ!!)

 

 こいつの計画は、契約の縛りを無くして尚、外界に顕現し続けることだったのだ。……悪魔め。 

「トワリ……もう返還完了が近い!! こいつ、人を喰う気だ!!」

 トワリは返事もせず、いつでも地面を蹴ってこちらに飛び出せるような体勢を維持している。さながら、獲物を狙うライオンのごとし。ありがとうトワリ、頼んだぞ――


「く、来る……!」


 俺の四肢が光を発した。


 キューーーンという音が辺りに響き、先端にベールが侵食した分の体積だけ残して、肩に近い方の触手部分が完全に消えていく――

 ……なんで先っぽの方が残るんだよ!! 最初に貸したんだから先っぽから返せよ! バーカ!!


 数秒後――主導権の返還が完了。

 もちろんベールの目論見通り、まだ俺の四肢には、最初に契約したときと同じくらいの位置に、むしろその先が巨大化したままの触手が残されていた。


 そしてまばゆい光が消えた瞬間のことだった。


 トワリがすごい速さで、ミサイルみたいに左足に突っ込んできた。 


 ……ザンッ!

 

 ブシュううううう!!! 


 これまでとは違う――

 トワリの刃は、ベールが硬質化するより前に触手に届いた。切り口からは、触手の体液のようなものが噴き出している。けど、俺に痛みはないし、吹き出ているのは、俺の体液でもない……!


「いいぞトワリ! ベールを弱らせるぞ!」

 

「――切断まではできませんでしたか」

 

 トワリは満足していない。

 確かに触手には、深くて大きい傷こそついたが、ぶっとい触手が完全に切れるまでには至っていなかった。


 縛りから解放されたベールは、上から勢いよく触手を叩きつけてきた。


 ッドォーーーーン…………ッ!!!

  

「ふぅ……仕方ありませんね。とても疲れるので、まだ使いたくなかったのですが――」

 ベールの攻撃をひらりと躱し、数十メートル離れたトワリ。

 彼女はドスを両手で持つと、剣道でいうところの中段の構えの姿勢をとった。


「偉い人が言っていました。知っていますか? 刀は、両手で持った方が強いんですって」


 ……ん? この世界にもそんな有名な言葉があるのか?

 俺がそう思った瞬間――


 にゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅーーーーーーーーーーーー!


「………………えっ…………はあぁっ???」

 俺は四肢の痛みも忘れ、間抜けな声をあげてしまった。


 トワリの「エターナルドス」が、孫悟空の如意棒のごとく、ニョキニョキ伸び、3m弱はあろうかという大刀に様変わりした。


 いやいやいやいや、両手で持つとかそういう問題じゃなくない!? そんな機能あったの??

 でっっっっか!!!

 長さだけではない。刀身もかなり、ぶっとくなっている……! 縮小ができるなら、当然拡大もできるってこと??


「久し振りなので重いですね……」


 そりゃ重いだろうよ…… ものすごい質量の金属の固まりだ。

 トワリは巨大ドスを身体の左側にすっと構えた。


 そして――――

 


「『閃光』――」



 トワリにしては、極めてシンプルな技名。 

 そろそろ俺も、トワリの動きを少しは目で追えるようになってきたかもと思っていたのに、気づいた頃には、彼女はもう触手の反対側で、剣を振り上げたポーズで立っていた。


(何だと……っ)

 ベールが驚いたその時、ワンテンポ遅れて巨大な触手が完全に切断され、勢いよく宙に浮いた。


 ズバンッ……!!


 ドンッ!! ドンッ!!! ドンッ!!!


 切断された2m以上はある触手が、落下して跳ね回る。切られた後もビチビチ動いていて気持ち悪い。


(我が防御よりも早く動くか……小娘……) 

 ベールは俺の左腕の触手をぶん回すが、トワリには当たらない。


血塗られた乙女(ブラッティ・マリー)と違って、連発できないのが辛いですね……」 

 トワリは、ふっと息を吐いた。 

「終わったら、たくさんご飯を食べますから――」


(小癪な……俺に無駄なエネルギーを使わせるなっ!!!)

 切られた触手の根元が、激しく蠢き出す。


 びゅりゅりゅ!! びぢゃっ!! ぶるぶるぶるっ!!

 

 あぁ……この光景。映画でなら見たことがある。

 傷口から新たな触手が、勢いよくずるりと生えてきたのだ。


「やはり。斬り落としても再生しますか。せっかく斬ったのですが……すごいですね」

 感心しとる場合かっ!

 だが、確かに最上位悪魔というだけある。正直ここまでとは思っていなかった。


「ミシュリー! 何か策は思いつきましたか!?」

 トワリはミシュリーに聞こえるよう、珍しく大きな声を出した。


「ええ。ありがとうトワリ。あなたのおかげで、準備する時間ができたわ」

 ミシュリーは丸太を宙に浮かせており、自分はまだ破壊されていない建物の上に立っていた。


「目には目を、歯には歯を、()()()()()()()、なのよ」


 彼女は手のひらを後ろに向けて、くいっと動かした。 

 彼女の両サイドに現れたのは、拘束を外された、ゴージャス☆ナラハラと、ナカヤマ=バーグ師匠だった。


「さぁいくわよ、ミシュリーの可愛い下僕(げぼく)ちゃんたち。あの悪魔を――――再封印するわよ」




 

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