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第25話 再封印

第25話 再封印

 暴食の悪魔ベールが、俺の四肢を触手化して主導権を奪い、ビーフシチュー城の瓦礫の上で暴れまわっている。


 4本の触手が、鉄や石でできたビーフシチュー城の床も壁も、何もかもをガツガツ食い荒らして飲み込み、それを魔粒子に変換しているのがわかった。

 この魔粒子をエネルギー源として、どす黒い触手はどんどん、どんどん巨大化している。


 たぶんこのままだと、こいつは時間の問題で、特撮作品に出てくる怪獣くらいデカくなってしまう……!

 既に触手の最高地点がだいたい20mくらいのところにある。それがますます膨らみ続けているのだ。

 俺はその真ん中より上、10m以上の高さの位置で、四肢を固定され、まるで磔にされているような体勢になっていた。


(まずい――まさか、意識を失う可能性があるなんて……! 恐らくだが、四肢の主導権を明け渡している今、デイに攫われた時とは違って、こいつは俺の意識がない状態でも自由に動けるだろう。その状態になるのは絶対に避けなければならない……!)


 俺は手足を(つんざ)く痛みに耐える。 

 その中で、一瞬、遠くの空から何かがとんでくるのが見えた。


 鳥――?

 

 いや、少女――


 (ほうき)に乗って――


 ……違う!

  

 丸太に乗って飛んでくる、見慣れた少女――


「ミシュリーーーーっ!!!」


 赤毛二つ結びの魔女、ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュの登場だ――!!

 

「コトブキちゃんのばかっ!! 助けに来たわ!!」


 やった……! 奥にはトワリもいる! ナラハラとバーグ師匠をガッチリ拘束しているのも見えた!!


(ちっ、生きていたか。……まぁあの魔女なら当然だろう。いつの時代も、魔女とは邪魔なものだ)

 悪魔ベールは、悪態をついた。


 だが、みんなが来たならもう俺の勝ちだ! 覚悟しろ、ミミズめ!! 

「触手野郎、残念だったな! これで契約満了だ!! 牢屋からはとっくに出てるし、ミシュリーたちとも合流できた! 目的達成だ!!」

――――――――――――

第2条:目的の達成

乙が解放された肉体を用い、地下牢の鉄格子および魔法障壁を破壊し、脱獄を遂行すること、及び、甲が、トワリ、まさひこ、ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュと合流することを、甲の目的とする。

 

第3条:契約の終了

甲、乙、双方の目的が達成されたと判断した時点で、乙は身体の15%の主導権を甲に返却すること。

また、目的が達成されない場合でも、契約締結時から3時間が経過した場合にも、乙は身体全体の15%の主導権を甲に返却すること。

――――――――――――


「さぁ、15%全部!! 主導権を返しやがれ、このクソ悪魔!」


(…………)


 ベールの動きが止まった。


 ミシュリーも様子を窺うため、少し離れたところで、丸太を急停止させた。

「何……?」


 あたりに数秒の静寂が訪れた。



 しかし――――


 

 何も起きない――!!


 主導権の返還が発生しない――!?


  

(フフフフ……フハハハハハハハハ!!! やはりな!! 俺様の期待通りだ!!!)


 契約が……続いている……??


 俺はベールに怒りの言葉をぶつけた。

「おい、てめえ!! 何しやがった!! さっさと解除しろ!!!」


(フフハハハ!! 愚か者め! 国王もどきには文字も読めんのか! 明記されておろう。貴様の目的の達成だけでは契約は終了せん!! ()()()目的達成が条件と、はっきりと書かれておろうが!!)


「…………何言ってんだ」


(この俺様の目的も達成されなければ、貴様の身体は、貴様の元には戻らぬということだ!!!)


「……そんなの屁理屈だ!! お前の目的なんて、契約書のどこにも書かれてなんかいない!!」


(その通り。だが貴様が、我が目的を聞かずに血の署名をしたのも事実! ゆえにこれは確定事項なのだ!! ガキらしく、己の読解力の乏しさを悔やむがいいっ!!)


 ……悪魔との契約を舐めていたと言わざるを得ない。もちろん俺の読み込みも甘すぎたのだが、きっとこいつらは、どんな理由をこじつけてでも、自分の欲望を満たそうとするのだ。そのために、契約書にわざと、不備や解釈の余地を残していたのだろう。……クソっ!!


(――ただし。これは魂の契約。記載が有ろうが無かろうが、我が魂を偽ることは決して赦されぬ。俺様は、貴様との契約締結時点で、目的をはっきりと決めていた。それは何人(なんぴと)たりとも覆すことはできない)


「…………何だよそれは」


(この俺様の目的は俺様自らの足で! この赤土の大地を踏みしめることだ!! この国の大地を踏まぬ限り、貴様の四肢の主導権は俺様のものだ!!!)


 確かに契約後、ビーフシチュー城の瓦礫の上しか移動しておらず、触手はまだ、一度も「大地」に直接足をおろしていない。


「……ミシュリー!! 聞いてたか!!!」


 ミシュリーは丸太を横向きにして浮かびながら、ベールを睨んでいる。

 今の会話で、これまでに何が起きたかを、だいたい察してくれたようだった。


「大変なことになったのよ……トワリ! あの触手のお化けを、地面に誘導するわ!」


「はい……触手の部分は斬っても構いませんね――?」

 トワリは既に、丸太の上で立ち上がっている。


「両足と左手だけ!! コトブキちゃんに痛みはないはず……! でも『王家の右腕』は残して! 上田戦を控えた今、失うわけにはいかないわっ! あと……コトブキちゃんを死なせないこと――!」


「もちろんです――」

 

 トワリは言うやいなや、胸から小さいエターナルドスを掴み、ニュニュっといつものサイズに戻すと、即座に、迷いなく丸太から飛び降りて地面を目指した。


 ミシュリーもローブから杖を取り出す。


「うひょー! かっこいい!」

「本当に止められんのか……? あんなデカブツを」

「二人ともうるさいのよ! おとなしく捕まってなさい!!」

 彼女はナラハラとバーグ師匠に大声で注意をすると、顔の前で杖を立てて、小声で詠唱を唱え始めた。


「天にまします我らの父よ――願わくば――」


 ――一方、瞳を紅く染めたトワリは、数十mの高さから軽々着地すると、辺りの状況を確認した。


「地面が露出している場所は向こう――コトブキ様までは、約300m――」

 彼女は、飛び降りている途中に()()()()()()()

 ……なお、トワリが「m(メートル)」という言葉を使っていることに驚いている人がいるかもしれないが、この世界の長さの単位には、なぜかメートル法が採用されている。独自の単位や、ヤード・ポンド法じゃなくて心底良かったよ。


「トワリ !!」

 俺は横目で、彼女の存在に気がついた。


「陛下――主君に剣を向けることをお赦しください――」


 トワリは真剣な顔つきでドスを構えている。


 ――そう思った瞬間には、トワリはもう、俺の左足に斬り掛かっていた。


 ギギギギイイイイイイイン!!


 金属が擦れ合うような音。


 ベールは、トワリが斬り掛かった部分の触手を、やはり例のごとく、半自動的に硬質化させて防御した。デカブツになっても、やることは変わらないようだ。


(メイドの小娘。貴様の剣技はもう何度も見てきた。この俺様に通じると思うなよ)


 だが、ベールは激しい抵抗や反撃をしてこなかった。

 そうか――! 契約の縛りが効いているんだ……! ミシュリー、トワリ、まーくんを傷つけた時点で、強制的に主導権を還させるという縛りが……! こいつは、ミシュリーとトワリに反撃できないっ!


「ミシュリー! 今です! やってください!」

 

「……限りなく、汝のものなればなり――」


 ちょうど、ミシュリーの詠唱が終わった。

 彼女は目を瞑り、もう一声、付け加えるように小声で何かを呟くと、杖を左足の巨大触手に向けて照準を定める。そして――


「炎の柱よ。我に神なる力を与え、地に満ちるものを焼き尽くせよ――」


 ミシュリーの杖の先が、激しいオレンジ色の光を発する。

 彼女は冷たく言葉を放った。


「――螺旋炎禍槍(らせんえんかそう)


 杖の先から、ものすごい勢いの炎が発生した。炎は、回転する巨大な柱となり、ベールの触手目掛けて槍のようにまっすぐ飛んでゆく。


 ますます巨大化した触手の塊を灰に帰すため、猛炎はゴオオオという音とともに進み、遂にその触手の表面に到達するところであった。

 すごい…… 伝仮名(でんがな)(漢字)の技名にツッコミを入れる気も失せるくらいの業炎だった。


(連戦で、魔力が保たんか?? 魔女よ)


 ぐっぱぁぁぁ!!!!


 ベールが呟くと、なんと、図太い触手の側面が(なまめ)かしく開き、そこに新たな大口が開いた。

 そして、カバのように開いたその触手の口が、あろうことか、ミシュリーが発した巨大な炎の柱を、端から端まであーーんと丸呑みしてしまった。


 ごっくん――!


(ぷふぁ……この程度の魔法では俺様は燃やせぬぞ? 先ほど遠くでヒョロ眼鏡に放っていた、巨大な太陽でも馳走になりたいものだな)


 ミシュリーは苦虫を噛み潰したような顔をしている。 

(ミシュリーのLa Bombe duラ・ボンブ・デュ Soleil(ソレイユ) を、遠くから検知していたのね……最上位悪魔なら当然か……)


「くーー! あいつ、僕があんなに苦労して戦った炎魔法を、いとも簡単に呑み込みやがってー!! ムッカつくーー! ねぇ、魔女さん!?」

「……そうね。今回はあなたに同意なのよ。どうしたもんかしらね」


「あの悪魔を瓦礫から地面に下ろせば、契約が切れてあいつは鎮まるってことで良いのかい? お嬢ちゃん」

 バーグ師匠が尋ねる。


「えぇ。推察する限りは……」

 

 眼下では、トワリが高速移動をしながら絶えず触手に斬りかかっているが、全てベールの硬質化で防御されているようだ。


(できれば採用したくない()()()が、ほかにもあるにはあるのだけれど……)

 ミシュリーは考えを巡らせていた。

 その時だった。


(フハハハハ!! 待たせたな、人間ども! そろそろ頃合いだぞ!!)


「ぐっ……なんだ、こいつ、急に……!」

 俺は相変わらず、四肢を襲う痛みに耐えていた。

 ベールはおもむろに触手の向く方向を変えた。 


(貴様らのお望み通りにしてやろうではないか) 


「――なんですか……なぜ……?」

「えっ……そっちの方向は……」

 トワリ、ミシュリー共に声を発する。


 俺たち全員は、最上位悪魔ベールの不可解な行動に困惑した。


 こいつが向かっているのは明らかに、先ほどトワリが目視確認した、瓦礫の積み上がっていない場所。地面がむき出しになっているその空間であった――


「どういうことだ……? そんなことしたら、契約が切れるんだろ……?」

 バーグ師匠にもナラハラにも理解できない。

 ナラハラは珍しく冷や汗をかいている。 


(フハハハハハ!!! さぁ人間ども!!! おののくがいい!! ここからが本番だぞ!!!! 俺様の支配の時間だっ!!!!)


 俺たちは()()を勝利条件だと思っていたのに、悪魔ベールは、自分からそのゴールへと向かっている――


「ぐっ――うぅ――てめえ!! 何やってる!! これ以上、何を企むっ!!!」


 巨大化して高さ30mを超えた触手は――我々がその理由を理解できないまま――ビーフシチュー王国の赤土の大地を、ズシンと踏みしめたのだった――




 

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