第24話 パワー系脱獄のすゝめ 〜暴食の悪魔との契約〜(2)
第24話 パワー系脱獄のすゝめ 〜暴食の悪魔との契約〜(2)
(はっはっはっはっ!!!! ヒョロガリとは言え、これが300年ぶりの肉体!!!! 快楽!!! 快感!!! 悦楽!!!!!)
「王家の右腕」の触手に宿る悪魔ベールは、制限があるとはいえ、300年ぶりの「自由」に昂りまくっていた。
一方で――
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!」
俺、能都コトブキには、強烈な痛みが襲っていた。
鋭いナイフが、腕の皮膚の裏側をグジュグジュどえぐるような苦痛。そこに加わる、スタンガンを何度も押し付けられるような衝撃。
意識を失いそうになる――
……ダメだ、ここで気絶しては、こいつが何をしでかすかわからないっ! 俺が止めるんだっ!!
(――ふむ……さて、契約があったな。この俺がこんなチンケな牢屋、すぐに壊してやろう)
ベールは俺の脳内で(と言っても近くの人間にも聞こえるのだが)、そう呟くと、デイの魔法障壁が張られた鉄柵の前に、勝手に両足の触手の先端をぐいっと伸ばした。
俺は今、蛇のように、両足の触手の胴体のような部分だけで立っている。
四肢を明け渡したのは失敗だったかもしれない……
これでは、俺の意思で歩けない――!
(フハハハハ! この程度の障壁か!! ツマミにもならんぞ、メガネ人間!!)
さっきまで俺の両足だった、真っ黒な触手の口が、大きな食虫植物のようにさらに大きく開いた。
それらは涎を垂らしながら、鉄の塊にかぶりついた……!
バリバリバリッ!!!
ガブリッ!!!
ガブリッ!!!!
じゅるるるる!!!
――嘘だろ。
魔法障壁ごと、あの分厚い鉄格子を食ってやがる……
デイの張った魔粒子の塊が、ガラスのように――いや――飴細工のようにバリバリと割られ、触手に飲み込まれてゆく。
暴食の悪魔ベールは、瞬く間に鉄の檻を、防御魔法ごとたいらげてしまった。ベールは宣言通り、いとも簡単にこの牢獄を破ってみせたのだ。
(はぁぁ……足りぬ。足りるわけがなかろうなのだぁっ! フハハハハッ!!!)
さらに、この牢の残りの三面――分厚い石壁をも、ガブガブと食べ始めた。
「くっ……うう゛ああ゙っ!!」
ベールが動くたびに、俺の四肢に激痛が走る。
15%までに留めた代償かっ……
元々触手だった右手以外の、身体と触手の境目の神経回路がぶっ壊れている痛みだ。
(ハッハッハッ!!! もっとだ!!! この俺様にすべてを喰わせろっ!!!)
◆◇◆
「上田さん!! 大変です!! あの男何やら、悪魔と契約して、牢屋を喰って脱獄を始めましたよっ!!! 何を言ってるかわからないかもですが、手足が触手になって、鉄も『魔法』も喰らってるんです!!!」
デイは、ビーフシチュー城の最上階、上田のいる部屋に辿り着き、ありのまま今起こっていることを報告していた。
部屋と言うには大きすぎる空間だ。
ここはまるで劇場か、コンサートホール。
一番奥にはステージと、巨大なパイプオルガンが置かれている。
「おお〜、きよっちゃんか。やっぱりあいつ、暴れ出したかぁ」
上田は椅子に座ったまま、両手で湯のみを持ってお茶を飲みながら、呑気していた。
「な……何悠長にしているんですか、上田さん! あいつ、ここにも来ますよ! 離れて対策しましょう!!!」
デイが焦るのも無理はない。
階下からは、ドーン、ガラガラという大きな音が鳴り始め、ビーフシチュー兵たちの悲鳴が聞こえ始めている。
「あー、いいよいいよ。ここは大丈夫だから。あいつの対処は一旦きよっちゃんに任せるよぉ。まぁ、ないと思うが、死なないように気をつけてくれやぁ」
言い終わると、上田はゆっくりとお茶を啜った。
デイは絶句した。
――同時に、上田に対する恐ろしさを、改めて感じた。
この状況で、「ここは大丈夫だから」と言い切り、動かないままでいる。
一体この男には、どこまで見えているのか。
デイはごくりと唾を飲み込むと、踵を返して、階下の兵たちの指示に向かった。
◆◇◆
階下の状況はひどいものだった。
「うわああああ!!! 逃げろおおお!!!」
逃げ惑う多くのビーフシチュー兵。
地下から順に崩れていく城。
積み重なってゆく瓦礫。
「――上田さん、これ……ほんとに大丈夫なんすか……?」
デイが不安な表情で突っ立っていたその時、瓦礫の向こう、さっきまで廊下だったのに、今は空が丸見えになっている場所から、ぬっと、漆黒のヌメヌメの塊が顔を出した。
「ひえっ!!」
(ハッハァァッ!!)
「ぐうううううっ!!!」
日暮れも近いビーフシチュー城で、三者が最悪の不協和音を奏でる。
デイは、変わり果てた俺の姿を見て、目を見開き、すぐに後退しながら、後ろのビーフシチュー兵たちに指示を下した。
「早く!! 早く、防火シャッターを閉じてください!!! とにかく封鎖してっ!!」
デイの指示を聞いたビーフシチュー兵たちは一瞬戸惑ったが、すぐに近くの非常レバーに飛びつき、次々に、ドカンドカンと、重厚な鉄の塊で廊下を封鎖していった。
「この扉はビーフシチュー王国自慢の、防火・防犯シャッター!! 分厚い鉄に防火素材が挟まれていて、そう簡単には……」
――デイが話している最中だった。
バクンッ!!!
俺の両手足に付いたベールの大きな触手の口が、板チョコレートを囓るが如く、バクバク、バクバクと、自慢の扉を食べてしまう。
「ですよねーー!!! もう無理無理無理!! 撤退!! 全員、命守ってっ!!!」
(クハハハハハハ!!! 確かに美味ではないか!!! しかし! 300年ぶりの食事なのだ!! 俺様の邪魔をするな!! 貴様らが巻き込まれて死んでは、食事が終わってしまうではないか!!!)
4本の触手が暴れ回り、堅牢な軍事工場のようなビーフシチュー城を、容赦なく食べ続ける。
俺は、痛みに耐えつつ、なんとかこいつの制御を試みるばかりだ。
そして、この時点で俺は、気づいていなかった。
いや、気づく余裕などなかったのだ。
ベールの触手が、徐々に俺の肉体を、蝕み始めていることに――
◆◇◆
ドゴーーーーーン!!!
ガラガラァッ!!!
遠くで、ビーフシチュー城崩壊の音が鳴っている。
そこに向かい、丸太で空を飛んでくるのは、ミシュリー、トワリ、そして拘束されたままのナラハラとバーグ師匠であった。
「ミシュリー!! もっと速度を上げてください!!! コトブキ様がベールに……ッ!!」
「やってるのよっ!! くっ……これまでの消耗が……っ」
「なんですかぁ!? あの怪獣!! ビーフシチュー城、ぶっ壊れてますけど!?」
「おいおい……城が、付け合せのミックスベジタブルみたいになっちゃってるじゃねえか……」
土でガッツリ拘束されている男性陣も、この景色に、声を上げずにはいられなかった。
「……コトブキちゃんのばかっ。悪魔に唆されたわね」
「きっと私たちのためです――」
「わかってるわ……!」
「まさか、僕たちのために……悪魔に魂を売ったって言うんですか……!?」
「あんたのためじゃないわよ!! ばかッ!!!」
「こいつぁ、やべえ。俺たちもただじゃ済まないんじゃないの……?」
四肢を悪魔に奪われた、不甲斐ないピスタチオ王にとっての希望の光。
悪手を選んだ国王の尻拭いをできるのは、比喩でもなんでもなく、この4人しかいなかった。




