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第24話 パワー系脱獄のすゝめ 〜暴食の悪魔との契約〜

 俺の名前は能都コトブキ。

 牢屋に捕まっちまったぜ。

 やれやれだぜ……


 ――と、おふざけはここまでにして。

 どうやら俺は今、ビーフシチュー城内の、地下牢と思われる場所にぶち込まれてしまっているようだ。


「痛てて…… 気を失って、捕まっちゃったってこと……?」


(そうだ、小僧。あのデイとかいう眼鏡が、魔法で城まで瞬間移動したようだ。恐らく、予め設置した魔法陣にのみ、自由に移動ができる魔法だろう)


「ああ? そこまでわかってたんなら、止めてくれよ」

 

(貴様の意識がなくては、俺様は動けんのだ!! まぬけが! できるならとっくにそうしておる! 嫌ならばこの俺を今すぐに解放しろ!!)


「痛たたた……なんだよその理論。響くから、俺の脳みその中で叫ばないでくれる?」


 石で囲まれた牢屋。部屋の隅には苔。辛うじてボロいベッドと敷布団は置かれているが、だいぶ埃臭いし黴臭い。シーツは破れて綿がはみ出ているし、叩けばいくらでも砂埃が出そうだ。捕虜の健康維持のため、牢獄内環境の改善を求めます……!


 一方、流石は鉄の国といったところで、牢に嵌め込まれた真っ黒でぶっとい鉄格子は見るからに頑丈。

 後ろ手に揃えられた両腕にも、めちゃ(おも)の鉄の()()を取り付けられていた。

 ……なるほど。俺の右手が触手だから、手枷はつけられなかったわけか。

 両足には足枷。その鎖の先には、めちゃめちゃ重そうな鉄球が1つずつついていた。こういうの本当にあるんだね。どれも、ちょっとやそっとの「不運」ではびくともしなそうだった。


 俺が地下牢の観察を続けていると、檻の外に、例のぽっちゃり系の男がやってきた。

 

「あ。気がついたんですねー。死んでんじゃないかと思いましたよ。触手だけ動いてたから、めっちゃ気持ち悪かったー」


 デイこと、デイアフタートゥモロウ=きよし。上田にだけ、なぜか「きよっちゃん」と呼ばれる男……


「あんたが、きよっちゃんか」

「デイアフタートゥモロウ=きよしですよ! ちゃんと覚えてください?」

 

「なるほど、わかった。それで、きよっちゃん。実は、一生のお願いがあるんだ。俺を、この城から出してくれないか?」

「デイだって言ってるじゃないの! まったく、起きたんだからもう寝言はやめてください? 出すわけないでしょう。僕が、上田さんに殺されちゃいますよ」

 

「まーくんと俺の仲間たちはどこだ。答えないと、今から思いっきり暴れ回ってやるぞ。この触手の能力を使えば簡単だ。直接、()()()()()()()()まで行ってやる」

 

 デイは顰め面をすると、一呼吸置いてから返事をした。 

「……いやいや。できないんでしょ? そんなこと。もしできるんなら、こうして僕と話す必要なんてないじゃないですか。今すぐに暴れ出せばいい話だ。第一、上田さんの部屋は、この城で最も堅牢ですから。そう簡単に壊せるわけがないですよ」

「試してみるか……?」

「…………」

 

(このデイという男。ナラハラよろしく、オシャベリでとても助かる。ここまでの会話で、俺が()()()()()()ビーフシチュー城内の牢屋に入れられていることは確定。カマをかけてみたが、上田の部屋は最上階にあるだろうということもわかった。ベールの言葉は信用できないからな。デイの反応で、多少は確かめられた。

 ――あとは実際問題、この牢屋からどうやって脱出するかを考えないと)


「もし暴れたとしても、あなたがここから脱獄するのは不可能ですよ。ここには僕が、強い魔法障壁を張ってありますから。上田さんが処遇を決めるまで、せいぜいおとなしくしていてくださいよ」

 よほど自信があるのだろう。デイは、鉄格子をコンコンと叩きながら言うと、「じゃ!」と言って、その場から去って行った。


 俺は鉄格子と鉄格子の間の隙間を、そろりと触ってみた。すると、


 バチッ!!


「あっつっ!」


 確かに何らかの魔力を感じる。

 ソボロデンブが国境に施したのと似た魔法か……


(さて、どうする。トワリとミシュリーの安否もわからない今、こんなところでじーっとしててもどうにもならねえ。自力でここを脱出して、2人を見つけ出すのがベスト……なはず……だと思う。だが、そう簡単ではなさそうだ)

 

「ベール。ただでさえ硬てぇのに、魔法障壁もあるってさ。お前、どうにかこうにか壊せないの? ……どうせ無理だろうけどさ」

  

(可能だ、小僧)

 

「そうだよな。なら、石壁(いしかべ)を地道に掘るか、鍵を探すしか…………って、あ?? いま何つった??」


(俺様なら可能だと言ったのだ)

 

「――マジで??」


 俺はこの悪魔の話を聞かざるを得なかった。



 ◆◇◆


  

「――はぁ!? ばかか触手(てめぇ)! そんなこと、絶対するわけねえだろ!」


 俺は、悪魔ベールの提案を聞いたところだった。

 牢屋で極秘の作戦を立てているにもかかわらず、とても大きな声を上げてしまった。


(ほう。ならばこのまま投獄され続け、上田の好きにされるのだな? 敵国に不法侵入した王だ。恐らく死刑になるだろう。貴様だけが死ぬのであれば一向に構わん。しかしこの俺様が貴様ごときの道連れにされるなど、断じて容認できん)


 ムカつく悪魔め。こいつは基本的に、自分のことしか考えていない。しかし俺だって、こんなところで死ぬわけにはいかないのも事実――


(貴様が従えば、この程度の牢獄、一撃でぶち壊せるのだ。()調()()()()()ならな)


 俺は苛つきながらも、こいつの出した案について考えている。


(これしか方法は無かろう?短期間で良いのだ。ここから出たいのなら、()()()()()()()()()。ほんの短期間だけ、()()()()()()()()()()()()()

 

「クソが……っ」


 契約なんて、恐ろしいワードを使いやがって。

 仮にもこいつ(ベール)は、この「王家の右腕」に、300年も封印され続けている悪魔。しかも、過去に、国も人も、すべてを食い尽くした、最悪の部類の悪魔だ。

 その封印を、一時的にでも解き放てと言うか。そんなこと、それこそ「断じて容認できん」。

 だが、他に助かる方法があるか――?


「……そんなことしなくても、『災厄と共に歩む者カラミティ・ウォーカー』を使えば出られるんじゃないか?」


(愚か者め。貴様も気付いているはずだ。その技で協力な不運を引き起こすのには、時間を要することを。貴様はもう、いつ処刑されるかもわからんのだぞ? 加え、常に狙った不運が起こせるのか? 目の前に敵の分隊が立ちはだかり、一度そやつらをやり過ごしたとしても、次々に現れる敵を貴様のその能力だけで廃せるのか?)


 ……この点に関しては、ベールの言うとおりだった。

 周りに「不運」をばら撒く「災厄と共に歩む者カラミティ・ウォーカー」も、触れた相手に「不運」を起こさせる「連鎖する不運アンラッキー・チェイン」も、短期決戦で不利だったり、複数戦闘に向いていなかったりする欠点がある。

 俺はまだ弱い。

 ングディンに勝てたのも、たまたま「()()()()()()()()()」だ。

 この鉄の枷を外せたとしても、その後の戦闘で勝ちきれるイメージは、確かに湧かなかった。


 とはいえ、こいつは、絶対に何かを企んでいるはず。

「……その契約とやらの詳細を言ってみろ、ミミズ。条項をひとつでも伝え漏らしたら、許さねえからな」


(良いだろう。貴様こそ一言一句聞き漏らすなよ。この俺様の言葉を)


 

 ◆◇◆



 俺は、現世では一介の大学生だった。

 文系の学部だったし、それなりに真面目に通っていたと自負している。

 が、契約や法律については全くの専門外だ。ただでさえ明るくないのに、悪魔との契約など、どうしたらいいのか?? 

 ベールに出し抜かれずに、有利な条件交渉を行う必要がある。

 命を懸けた条件交渉だと思った方がいい。身体の全面開放なんて、絶対にさせてたまるか。正念場だ……!


 ベールは俺の脳内に、契約書のイメージ映像を浮かべてきた。

 突きつけてきた条件はこうだった。

 

――――――――――――――――――

第1条:身体の解放

触手チンチン丸能都コトブキ(以下、「甲」という)は、最上位悪魔暴食のベール(以下、「乙」という)に対し、本契約締結後、速やかに甲の肉体の主導権を全面譲渡(100%解放)すること。

 

第2条:目的の達成

乙が解放された肉体を用い、地下牢の鉄格子および魔法障壁を破壊し、脱獄を遂行すること、及び、甲がトワリ、まさひこ、ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュと合流することを、甲の目的とする。

 

第3条:契約の終了

甲、乙、双方の目的が達成されたと判断した時点で、乙は肉体の主導権を甲に返却すること。

――――――――――――――――――


 ……この世界では、卑猥な意味ではないんだけどさ。契約書に「チンチン」って書いてあると、ものすごい違和感だよね。

 

「おい、こんなイメージだけで、本当にちゃんとした契約ができるんだろうな?」 

(悪魔との契約を舐めるなよ小僧。これは魂の契約だ。破った者の存在は、この世から消えてなくなるものと思え)


 ……そうだろうな。

 俺は襟を正した。パーカーだから襟ないけど。


 ぱっと見は、真っ当に契約を交わそうとしているように見える。

 ただ、どうにも引っかかる点がいくつかある――

 とりあえずは、論外な部分の修正からだ。


「俺の身体を100%解放するなんて、当然却下だ。貸すのは『一回限り』、両手両足の四肢だけ。体積にして――そうだな――身体全体の15%までにしろ。期限は3時間だ。3時間後に強制解除されるように書き直せ」

 

 最悪のケースに備える。四肢だけなら、失ったとしても、生きてはいられるかもしれない……

 目的が達成できなかった場合でも、時間制限さえあれば、こいつにすべてを支配されることはない。


 ベールは、俺の脳内で明らかに大きな舌打ちの音を立てると、渋々、修正稿を提示してきた。


――――――――――――――――――

第1条:身体の解放

触手チンチン丸能都コトブキ(以下、「甲」という)は、最上位悪魔暴食のベール(以下、「乙」という)に対し、()()()()、本契約締結後、速やかに甲の四肢(両手両足、かつ身体全体の体積の15%に相当する部分)の主導権を解放すること。


第2条:目的の達成

乙が解放された肉体を用い、地下牢の鉄格子および魔法障壁を破壊し、脱獄を遂行すること、及び、甲が、トワリ、まさひこ、ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュと合流することを、甲の目的とする。

 

第3条:契約の終了

甲、乙、双方の目的が達成されたと判断した時点で、乙は身体の15%の主導権を甲に返却すること。

また、目的が達成されない場合でも、契約締結時から3時間が経過した場合にも、乙は身体全体の15%の主導権を甲に返却すること。

――――――――――――――――――


 ぐうう。会社で働いたことなんてないのに、仕事してるみたいで目が回るぜ…… 


(糞ガキが。これでよかろう。早くしろ。死ぬまでこの牢獄にいたいのか)


 うるせぇボケミミズ。悪魔のくせに、サラリーマンみたいな契約書を作りやがって!

 焦らせようったって、その手には乗らん。

 こういうヤバイ奴との契約は、一言一句目を通さないとダメなんだ。


 だがどうだ……これで十分か?? 正直わからんが……考えろ――!

 ――いや、ダメだ。まだ足りない。

 ベールの企みがわからない今、俺にできるのは、最悪の事態を想定することだけだ……!

 

「ベール。さらにお前には、この条件を呑んでもらう。第3条の最後に、俺が今から言う条件を付け加えろ。これが最終稿だ。飲めないなら交渉は決裂、俺は大人しくここで上田に死刑にされることを選ぶ。お前を道連れにしてな」

 

――――――――――――――――――

ただし、身体の15%を解放している期間中、いかなる理由があろうとも、乙が、トワリ、まさひこ、ミシュリー=ミシュリーヌ=トーレスプーシュの3名に対し、一切の危害を加えることを禁ずる。

また、いかなる理由があろうとも、乙が第三者の生命を奪う行為を禁ずる。

直接的な攻撃の他、攻撃の余波による負傷、および精神的な脅迫もこれに含める。

上記の条件に抵触、あるいは危害が及んだと甲が判断した場合、本契約は即時無効となり、解放した身体の15%の主導権は強制的に甲へ返却されるものとする。

――――――――――――――――――


(脳内に、一段と大きな舌打ちが響いた)

 

 先のことを考えるんだ。

 万が一、俺の身体の一部を貸し与えた際に、こいつの制御が利かなくなったとき、最悪の事態を引き起こさせないようにする必要がある。


 こいつは、必ず契約を守る。そこを逆手に取るんだ。この文言があれば、こいつが人を殺すことへの抑止力になるはず……


(ふん、まぁいい。時間があるまい。もう貴様もこれでよかろう?)


「…………ああ。交渉成立だ。契約させろ」


 気のせいか、ベールが脳内で、一瞬ニヤリと笑ったような気がした。


(いいだろう小僧)


 そう言うと、右手の触手が勝手に動き出し、先端を針のようなカタチにして、後ろ手にまとめ上げられている俺の左手の人差し指の先端をチクリと刺した。


「あいたっ!!」


(必要なのは貴様の血だ。その血で、右手の触手に、貴様の名を記せ)


「痛ってぇな……」

 確かまーくんが、魔法は「血」と「魔粒子」の反応で発動すると言っていた。


 ここから出るためとは言え、果たして俺は、本当にこんなに簡単に、悪魔と契約などしてよいのか……?

 

 ――いや、既に賽は投げられた。

 こいつの言うように、上田の思惑が渦巻いている以上、悠長なことを言っている時間はないのだ。


「ええい! ままよ!!」


 俺は慣れない左手で、背中にある右手の触手に、背中越しに自らの血で直接「能都コトブキ」と署名した。


 瞬間――


 牢獄のなかに、どこからともなく風が吹き荒ぶ――


「くっ……」


 右手の触手から、どす黒い魔粒子が滲み出て、牢屋の床を煙のようにじわじわと覆い尽くす。


「……な、なんだぁ!?」

 上の階にいたと思われるデイがすぐに異変を察知したようで、石造りの階段をバタバタと下りてきた。


(ふはははははは!!! ばかめっ!!! 遂に、遂に!! 俺様が自由に動かせる肉体を手に入れたぞぉっ!!!)


 俺の、右手以外の四肢が、黒く変色していく――


 いや、変色だけではない。触手状に変形し、巨大化していく――


「ぐああああああああああ!!!!!」


 痛てえっ!!


 神経が焼き切れるような激痛が、左腕と両足を襲う――!


「や、ヤバい……! う、上田さんに知らせないと……」

 デイは急いで、下りてきた石階段を再び駆け上がっていった。


 俺の四肢は、右腕の触手も含めて、どんどん巨大化していく。

 巨大化に伴って、腕枷と足枷の分厚い鉄の塊が、ガキガキッという音とともに割れて外れて、ガシャガシャと床に落ちた。


 さらに、巨体化した触手の四肢の先端が、口を開けるかのように大きくぐぱっと開いた。


(ふふふ……ふはぁっはっはっは!!!! この気分!!! この高揚感!!! 我が世の春が訪れた!!!!! 始めるぞ!!! またこの俺が、世界を喰らい尽くす、最高の宴をぉぉぉっ!!)


「こいつ……っ」


 やはりベールは、何かを企んでいる。


 しかし、契約には安全装置を仕込んでいる……


 お前の思い通りになんかさせない。


 お前を利用して、この牢獄から這い出させてもらうぞ……クソ悪魔……っ!





 

 

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