第20話 「不運」の王と、かつて引っ越した賢者 〜コトブキ vs. ングディン=ジョンソン=サーリーフ(3)
「う゛お゛お゛え……っ」
お耳汚しの満身創痍のえずきで始まることを許してほしい。
俺はずっと、ングディンに殴られ続けているのだ。だから何卒許してほしい。
(あと……あと30秒だ……)
俺はふらふらと立ち上がる。
まだ意識を失うわけにはいかない……
ングディンは俺が立ち上がった瞬間に次の攻撃を放ち、俺の心を折りに来る。
ドンッ!!!
彼の掌底打ち――掌の根元での打撃――が、俺の顎にぶつけられた。
「ぬううう゛!!!」
俺はまた倒れる。
(はぁ……あぶねぇ……こいつ……俺の身体が持たない可能性を見て、脳を揺さぶる攻撃にシフトしやがった……!)
ングディンは眉間にしわを寄せながら話す。
「国王サマ。モウ良イデショウ。アナタハ、ボクニハ勝テマセンヨ。アナタもキット、最近噂ノ転生者ナンデショウ? ドウシテ、見ズ知ラズノ国ノタメニ、ソンナニ頑張ルンデス?」
「…………ヘヘ。なんでだろうね。……俺もよくわかんなく……なってきたよ」
俺は、力を振り絞って、もう一度立ち上がろうとする。
もう、膝が伸びない――
左手で太ももを押し、どうにかこうにか背筋を伸ばした。
「ただ、ングディン。一つだけ言えることがある。よく聞けよ……」
そう――
ングディン=ジョンソン=サーリーフ。お前の弱点は――
俺の話に耳を傾けてしまう、その「優しさ」と「真面目さ」だ!!!!
「来たぜ!! お前のおかげで1分経った!! 時は満ちた!! 行くぞベール!!!」
俺の掛け声で、「王家の右腕」は4方向にがぱぁっと裂けて広がり、ングディンに向けて大きな口を開いた。
「ナルホド……何ラカノ準備ヲシテ、機会ヲ伺ッテイタンデスネ」
「ダガ――甘イ」
ングディンは例によって例のごとく、瞬間移動と見紛う速さで、紅い魔粒子の残像を残して近づき、俺の懐に潜り込んだ。
「発動前ニ潰セバ、大技モ、撃ッテイナイノト同ジコトデスヨ」
何度目かわからないボディブローが、俺の胃のあたりに放たれた。
ドスッ……
「ナニ……?」
ングディンは、今までと異なる感触に戸惑ってしまった。
なぜなら――
今回は、俺が1ミリたりとも、攻撃を避けようとしなかったからだ。
ングディンの拳は、彼の感じた違和感により、俺の腹部に深くめり込んだまま停止した。
「ナゼ逃ゲナイ……?」
俺の胃は限界を超えた。
中が傷ついたのだろう。とうとう胃液だけでなく、血液が混ざった液体が、口から逆流してしまった。
「うう゛…………ふうううう!! ふうううう!!! もう一回……捕まえたぜぇ!!! ングディン!!!」
「マルデ悪役デスネ……」
ベールの一部が、岩雪崩のときよろしく、枝分かれしてキノコの子実体の如くニョキニョキ伸びて、彼の足と手を拘束する。
「フン……2度モ同ジ手ヲ食ウトデモ?」
拘束されたングディン。
しかし彼の強化された肉体は、俺とベールに掴まれたまま、無理やり地面を強く蹴り、俺ごと空中へと飛び上がってしまった。
「コレデ『オヤスミ』デス――」
「ベールッ!!! 今だッ!!! 俺に構わず吐けッ!!!」
(フン!!! 死なない前提なら、貴様への配慮など必要ない!!)
ベールはこの技特有の、ドス黒くて禍々しい魔粒子を、空中で目一杯吐き出した。
これも魔法の力なのか、人間の力ではありえない高さまで跳躍している。……好都合だ。この間に教えてやろう。
「ングディン……俺はお前には勝てない。けど、お前は俺を殺せない……よな?」
俺はニヤリとングディンに笑い掛けた。
ングディンは怪訝な顔をしながらも、俺を下にして、地面に向かって落下し始めた。
「いかに強がろうとも、この一撃で終わり」とでも考えていたのだろう。
しかし、ここにきて俺は、俺の能力の特性について、一つ確信していることがあった。
「カラミティウォーカーッッッ!!!!」
ミシュリーとの特訓で編み出し、トワリが名前をくれた、非接触型の「不運」ばら撒き能力「災厄と共に歩む者」。ベールの禍々しい魔粒子が撒き散らされた空間に、大きな「不運」もとい、「低確率事象」を引き起こす技。
この技は、恐らく――
「相手の魔粒子に触れた時間が長いほど、振りかかる『不運』が強力になる」のだ。
「『運』ってのはさ、ングディン。苦労を積めば積むほど、引き寄せやすくなるものかもな。そう思わないか?」
ングディンはすでに、俺の話を聞いていなかった。
恐らく、地面に俺を叩きつける瞬間に、いかに俺を殺さずに、気絶させるか、その力加減のことだけを考えているのだろう。
(『人事を尽くして天命を待つ』ということか。博打の能力。どうせ双方死ぬ気がないのなら、どちらが勝つか見届けてやる)
地面はすぐそこだった。
正直、何が起こるかはわからない。
だが、俺の身体には、ングディンの影響を受けた魔粒子が、たんまりと付着している。
特大の「不運」をもたらせる、根拠のない自信があった。
空中にいる時間が永遠のように感じられた。
「フンッ!!!」
最後に、ングディンの唸り声がビーフシチューの荒野に木霊した。
ドッゴオオオオオンッッッ!!!!
俺たちはそのまま、硬い地面に激突した。
◆◇◆
ビーフシチュー王国の赤土の大地は、非常に土煙を上げやすい。
高所から叩き付けられた地面は、ものすごい砂埃を巻き上げていた。
その砂埃が落ち着く先。
その場に立っていたのは――
ングディン=ジョンソン=サーリーフの姿だった。
ングディンは、口の中に入り込んでしまった砂を吐き出しつつ、俺がちゃんと生存しているのか、確かめようとしていた。
「ペッ。ナンダカ、甘イ土デスネ…… ソレニシテモ……ドリンクマデ飲ンデシマイマシタガ…… マァ、厄介ナ能力ダトシテモ、所詮ハ附焼キ刃ッテトコロデシタネ……」
彼は腰に手を当てながら、埃が落ち着くのを待った。
「……長イデスネ」
ングディンが呟いた、その時だった。
…………ドクンッ
突如――ングディンに訪れた異変。
「ン……ナンダ……」
ングディンは体内に熱っぽさを覚えた。
急すぎる異変。
彼の体内で、熱い何かが暴れている。そんな感覚が生じたのだ。
「……! コ、コレハ!?」
土煙の勢いが収まってきた。
そしてその場には――
「ングディン……俺は何が起こっていたのか、しっかり見ていたぞ……」
俺、能都コトブキが、伸ばした「王家の右腕」を杖代わりにして立っていた。
「ナ、ナニヲシタ!!」
ングディンは叫んだが、同時に、その場に膝をついてしまった。
「はぁ……はぁ…… 俺は何もしてない。ベールに助けてもらって、なんとか地面に激突した時も、意識を保ったままでいられただけだ。だが、その時に、俺のフードの中に残っていたものが、お前の口の中に入り込んだのを見たんだ、――」
「フードニ……グッッ……残ッテイタモノ……」
ングディンは胸のあたりをギュッと押さえている。
「それは……空飛ぶ丸太が墜落したときに、ミシュリーの魔法で作った、マシュマロみたいになっちゃった土だよ……」
「マシュマロ土……? サッキノフザケタ甘ミカ……」
「ああ。ベールの見立てによると、恐らくそいつが、お前のおばあちゃん特性ドリンクと化学反応を起こしている。はぁ……はぁ……『アンラッキー』だったな、ングディン」
「ソンナ……ソンナ都合ノ良イ奇跡ガ起キルワケガ……ンンッ!!」
「そう。起きるわけがない。けど、現に起きている……いや、違うな。俺が起こしたんだ」
俺は説明を続ける。
「俺の『災厄と共に歩む者』は、お前の使った魔粒子に触れれば触れるほど、強い『不運』を起こせるらしい。はぁ……どうだ、都合がいいだろ。お前の強すぎるラッシュのおかげだ」
ングディンの身体の中の熱が暴走し始める。
ミシュリーの作ったマシュマロ土の魔法回路と、ングディンの体内のドリンクの魔法回路が反発し合う。魔粒子はショートを引き起こした。
もともと魔力量の多くないングディンは、大量の魔粒子制御を苦手と|しているのだ。
ゆえに、彼は自力で魔術回路のショートを治せない……!!
「ンアアア゛ア゛ッ!!!」
「俺はお前に勝てない。だけど、俺たちのチームの勝ちだ。ングディン」
「ンオオオオオオオオアアアアアアアアアア!!!」
ングディン=ジョンソン=サーリーフ。
彼の体内で、魔粒子が爆発する音が聞こえた。
◆◇◆
赤土の荒野に倒れるングディン。
俺はその側で、触手を杖にして立ち尽くす。
「……アンチャン。……ムッチャ強イヤンカ」
内側からのダメージで、さすがのングディンも立ち上がれないようだ。倒れたままで会話をしている。
「俺は弱いよ。運に頼らなきゃ勝てないし、仲間の力がないと勝てないんだ……」
肩で息をしながら、ングディンに返答する。
「チャウデ…… アンチャンノ強サハ、ソノブットンダ心ヤ。ホントハ王サマノ自覚、マダ微妙ナンヤロ……? 大丈夫ヤデ……アンタナラ、ハイカラナ国王サマニナレルワ」
「……そうかな。ありがとう」
ングディンは、身体のうちから湧き出る痛みに耐えながら、声を振り絞るようにして言った。
「ウ゛ゥ! アンチャン。上田ハ強イデ…… 場ノ支配合戦ニ勝ツンヤ……気張ッテイキヤ……」
そう言い終わると、ングディンは横になったまま、気を失ってしまった。
ングディン=ジョンソン=サーリーフ――
どうして、急に関西弁になったんだ……
どうして…… どうして関西弁でも…… カタコトのままなんだ……
俺もここで、緊張の糸が切れてしまったようだった。
ふっと意識を失い、ングディンの足元に、前のめりで倒れてしまった。
◆◇◆
「……もう良さそう……だな?」
ングディンと俺が倒れている場所の、約200m向こうの岩陰に、天パでぽっちゃり系の眼鏡男が姿を現した。
「いやぁ、勘弁してほしいですよ。あんな戦い、巻き込まれたら死んじゃいますよ……」
デイアフタートゥモロウ=きよしだ。
みんなからのあだ名はデイ。上田からの通称はきよっちゃん。
「はいはい、ビーフシチュー城に行きますよー」
デイは、俺たち2人を魔法で浮かせ、元の岩陰まで運ぶと、そこに予め書いてあった魔法陣の上に立った。そして――
「デイ!!! アフター!!! トゥモローーーーーーーーーウ!!!!!」
大声で呪文を叫んだ。
地面の魔法陣がネオンのようにピカッと発光する。
ピチュン!という大きな音が鳴った。
デイ、ングディン、そして俺、能都コトブキの3人は、デイの叫びとともに、このビーフシチューの荒野から忽然と姿を消してしまった。




