第20話 「不運」の王と、かつて引っ越した賢者 〜コトブキ vs. ングディン=ジョンソン=サーリーフ(2)
崖崩れ、もとい、岩雪崩は、実に恐ろしい自然現象である。
何十トンもの硬い質量の塊が、重力に身を任せて、一瞬で落下してくる。
崖そのもの――単体で大型トラックや、小さな家程の重さのあるゴツゴツした岩の塊――が、勢いをつけて回転しながら、ランダムな動きで、数秒のうちに数百個振り注ぐのだ。
真下にいる人間の死は、まず免れないだろう。
魔法でも無い限りは――
岩に混ざって、鈍色の大きな蛹のような何かが、外側に向かってゴロゴロと転がってきた。
「蛹」がゆっくりと赤黒く変色したかと思うと、その側面がぐぱっと裂け、中から俺、能都コトブキがよろよろと這い出してきた。
「はぁ……! はぁ……っ!! い、生きてる……!!! 怖かった……マジでまた死ぬかと思った……っ!」
(ふん。感謝しろクソガキ。この程度のダメージで賢者を下したのは、俺様の力のおかげだ)
「そうだな……お前の防御力には感心するよ。おかげで、ングディンみたいな強者に勝てた。……けど、俺はお前が災厄級の悪魔だって忘れてねえからな!!」
俺は、崖下の瓦礫の山に目をやった。
「ングディンは……うーん……生きてると信じよう。さっきの村に助けを呼びに戻るか……? いや、それだとまーくんのところに行くのが遅れるよな……」
(助ける?? 貴様は馬鹿か?? 退けたのだから、急いで進めば良かろう)
ベールの言うことを無視して、一息つきながら、着ているフード付き高級パーカーの汚れをぽんぽんとはたいた。
「げ。フードの中にまだマシュマロ土残ってたぞ…… 後で脱いで掃除しよ……」
それから、ングディンを掘り起こす方法は無いかと、ここからビーフシチュー城までの移動手段をどうするかについて、考え始めていた時だった。
ボッゴオオオオオンッ!!!!!
「…………は?」
勝利ムードをぶち壊す爆音。
崖崩れのあった場所。そのド真ん中の岩が、轟音とともに破壊された。
ベールが俺の脳内に語りかける。
(――――呆れた頑丈さだな。小僧……遺言状は書いてきたか?)
「…………うっかりしてて書き忘れてたよ。ちくしょうめ」
穿たれた岩石の間隙から飛び出してきたのは、もちろん彼の姿だった。
ングディン=ジョンソン=サーリーフ。
彼は左手をだらんとさせたまま、大きな岩の上に着地して、こちらを見下ろしてきた。
「ハア……計算外デスヨ。骨折ナドトイウ現象、人生デ初メテ経験シマシタ。……屈辱デスネ」
「化け物かよ…… あれだけの岩に潰されて、骨折程度で済むわけないだろ……!!」
生きていてくれたのは喜ばしいが、さすがにそれだけではダメージが少なすぎる……!
ングディンは俺の指摘など意にも介さず、続けて呟いた。
「コレハモウ、使ウシカアリマセンネ」
そう言うと、彼は右ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。俺とベールは、警戒を最大限に強めた。
彼が取り出したのは――茶色い瓶に入った栄養ドリンクだった。
「……いや、なんじゃそりゃ」
ドーピング――なのだろうか。
ングディンは、回して開けるタイプのその瓶の蓋を、右手の親指だけで、プシュッ!と開けると、飲み始める前にいきなり叫びだした。
「ファイトーーーーッ!!!」
「!!? おい! まさかっ!! やめろっ!!!」
「イッパーーーーーーーツッ!!!!」
やりやがった……
ングディンのやつ、自前の栄養ドリンクを一気に飲み干しやがった……
飲み干すと同時に、ングディンの全身から、トワリと同じような深紅の魔粒子がドワッと噴き上がる。
その圧力だけで、周囲の瓦礫が自重を無視して浮き上がり、粉々に砕け散った。
さらに、ングディンの左腕にも異変が起こる。
バキバキッ! グニュッ! グニュッ! ボキボキッ!!
彼の左腕が、本来曲がり得ない方向にぐにゃぐにゃと動き回る。目を背けたくなるような、かなり気持ちの悪い動きだ。
その奇妙な動きが収まった時、あろうことか、ングディンの骨折は綺麗さっぱり治っていた。
「なああ!? そんなのチートだろ!! あんなに苦労したのに、これじゃお前だけノーダメじゃないか……」
「ソンナコトハアリマセン。明日1日、動ケナクナッテモイイトイウ覚悟ノ上デ飲ミマシタカラ」
「小さいんだよっ! 覚悟の規模がぁ!!」
「ボクのオバアチャンがツクッタ、特性ドリンクデスヨ?」
「おばあちゃん子かよ!! 解釈一致だよ、バカ野郎!!」
「勝手ニ解釈シナイデクダサイネ?」
ングディンはまた腰を落とし直した。
「サァ、オ待タセシマシタ」
「第2ラウンド開始デス――国王サマ」
またしても、さっきまでと同じ動きで、正面からングディンが飛んでくる。
――が、中身がまるで違う。
ギャヌン……!!
「王家の右腕」から鳴る変な音。
ングディンのスピードが格段に上がっており、触手の硬質化が半分しか間に合わなかったのだ。
紅色の閃光と共に飛んできた正拳突きの威力を殺しきれないまま、俺のお腹がその衝撃を受け止める。
「ぐふっ……っ」
俺はビーフシチュー王国の荒野に投げ出され、石だらけの赤土の地面の上を、ゴロゴロ転がった。
「あ……ぐ……っ」
「弱イデスネ。コレナラ『オ持チ帰リ』マデ、モウ時間ノ問題デスヨ」
「かはっ……せっかく、お持ち帰りしてくれるなら…… 綺麗なお姉さんか、可愛い女の子にしてくれ……」
痛みで顔が歪んでしまう。
(今度こそ血を吐きそうだ…… だが、ングディンの攻撃。おかげでさらに何かが見えてきたぜ)
起き上がる最中、「王家の右腕」に、こそっとあることを伝えた後、ングディンに向かって話しかけた。
「おい……ングディン……! お前に……聞きたいことがある……!」
「…………手短ニオ願イシマス」
「お前たしか……小さい頃は、ピスタチオ王国の住人だったんだよな……? なぜ今、ビーフシチューの味方をしている」
ングディンは首を傾げながら答える。
「ナゼ……? ナゼッテソレハ……仕事ダカラデスガ……」
「あーなるほど。仕事な。そうか。……………………はぁ!? 仕事??? え、なんか、信念とか、上田への忠誠とか、ピスタチオ王国に反旗を翻したとか、そういうんじゃないの??」
「?? ビーフシチューニ引ッ越シテキタノハ、両親ノ仕事ノ都合デスヨ……?」
「引っ越し?!! あ、はえ〜。 あ、そう……」
賢者って、公務員か何かなのだろうか……この戦いが終わったら、是非詳しく聞いてみたい。
……いや、じゃあやっぱなんでカタコトやねん。
「ソレデ国王サマ。時間稼ギは、オシマイデヨロシイデスカ?」
「ははは……バレてるよねー?」
「モチロンデス」
ングディンの攻撃は容赦なく再開した。
(ぐっ……!! いいんだ――バレていても問題ない。俺の考えが正しければ、会話に乗ってくれた時間分、俺の勝機が増えるはずだからだ……!)
ングディンは途中、空手の「騎馬立ち」のようなかたちで、今までで一番深く腰を落とした。
「小細工ナドシテモ無駄デスヨ、王サマ。バアチャンノドリンクヲ飲ンダボクハ――」
彼は目を瞑り、深呼吸をした。
そして――
「無敵ダカラ――――」
目を見開いた。
ガッキイイン!!!
ここだ――! 捕らえた――!!
ヌグディンの「ほぼ瞬間移動なパンチ」を防ぐことに成功した!
これまたトワリと似たタイミング。同系統の魔法の特徴なのだろうか。
「アンラッキーチェイン!!!」
ベールは俺の合図で、触手を柔らかくする。俺はそれと同時に右手を思い切り振って、触手でングディンに触れようとする――!
ングディンはングディンで、俺たちの反撃を予測していた。
フィギュアスケートのイナバウアーの足の形をつくり、上体を反らせて回避。
そのままバック転をして距離をとる。
「ソノ程度デ勝テルトデモ?」
言い終わるやいなや、ングディンはもう1段スピードを上げた。
俺とベールは彼の攻撃を察して、正面を触手で防御する。
だが、フェイント――
ングディンは、正面で殺気を発した直後に攻撃をやめ、すぐさま身を翻して俺の背後へと回った。
「壊レルナヨ?」
ングディンの言葉に背筋がゾワッとした。
そして――
ゴリッッ……!!
骨に響くような嫌な低音――
ングディンの蹴りが、俺の背中に炸裂した――
「………………ッ………………ハッ………………!」
また何メートルもふっ飛ばされる。
その勢いでまたゴロゴロと転がり、身体中が擦り傷だらけになる。
「………………めちゃくちゃ痛てェ……」
目では、はっきりと奴の動きを追えているのだ。
なぜなら、強化されたングディンが攻撃するときに発する魔粒子は、もはや鮮明に、ぶっとくて赤い光の線を描いているからだ。こんなもん誰にだって見える……!
それどころか、俺には、ングディンの身体の中を通る魔粒子もなんとなく見え始めている。魔粒子とは、血液を通って、回路のようなものを作っていたのだ! そんなこと今知ってどうなる……!
しかし、どんなに詳しく見えてようが。身体の反応が追いつかない。ゆえに、結局回避や防御ができない。
「まだか……ベール……っ!! 早くしないと、マジで負けるぞ……! まーくんのところに辿り着けねえ!!」
(小僧……あと1分……あと1分後……死なずに耐えろ)
無茶言いやがって。
「はぁ……はぁ……」
俺はゆっくりと立ち上がるが……
「立タナイ方ガ良イデスヨ。アナタガ立テナクナルマデ、ボクハ殴リ続ケナクテハイケマセンカラ――――ネ!!」
それはまさに――練習用のサンドバッグ――
先ほどングディンが、「持ち帰り」という言葉を口にしたことで確信した。
彼は、ここで俺を殺す気はないのだ――!
万が一「死体を持ち帰る」という意味でない限り、間違いない。
狙いは分からないが、俺を生かしたまま、ビーフシチュー城に連れて行くつもりなのだろう。ただし、戦闘不能にはして。恐らく上田の命令だ。
現に、彼ほどの力ならば、未熟な俺を殺すことなど容易なはずなのに、そうはしていない。
だとすれば、俺は多少の無理をしても大丈夫なはずだ……!
ビーフシチュー城に行けるのは願ってもないが、ングディンを無力化しなければ、まーくんを救い出せる確率が下がる。
ングディンはここで無力化しなければならない。
しかし無力化するには、ベールの力が不可欠。そのためのあと1分……!!
だとすれば、やることはひとつ――
こうして考えている間にも、ベールが防御しきれなかった攻撃の衝撃が、俺の肉体に放たれ続けている。
「……ぐっ! …………ぬ゛う゛う゛う゛う゛!!!」
あと40秒――
肋骨が痛え……軋んでいる音がする……
俺は舌を噛まないように歯を食いしばり、猛攻に耐え続ける――
顔が腫れようが、骨が折れようが……
たぶん死にはしない……!!
まだ――まだだ、コトブキ――
耐えろ――!
あと少し、意識を保ち続けろ――!
ここでまーくんを救えなければ、ピスタチオ王国は消えてなくなると思え――――!!
GW3話連続更新、2日目です。
明日も投稿予定です!




