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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
22/26

22,

22、


 赤城山孝夫はタバコを吸おうと家の外へ出た。一歩歩く度に孝夫のでっぷりとした腹がぽよんぽよんと揺れる。腐ったように緑色に濁った目をしたマイクがガレージの犬小屋の前で相変わらずギャンギャン吠えている。

「ちっ、うっせぇなこのバカ犬」

たかお珠算塾のひさしの下を通り、暖かい日向に出てタバコに火をつけた。晴れ渡った美船市の空の下、孝夫のハゲ頭が太陽の光を浴びてきらりと光った。そういや、ここのところ、ずいぶんと町が静まり返ったものだな、と孝夫は思った。ぷはぁっとタバコの煙を空に向かって吐き出し、彼は思い切り力を込めて「んっ…」と踏ん張った。そして、ぶぼぼぼッと大きな音を立てて放屁をした。

ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!!

にしても、このクソ犬、うるせえったらありゃしない。孝夫はマイクのほうを振り返った。喉も張り裂けそうな勢いで吠えていやがる。ひどく耳障りだ。

「黙らねえと、メシやらねえぞコラ!」

50才にもなってピアスやネックレスをつけた顔色の悪い醜悪な男、赤城山孝夫は頭に来てタバコを投げ捨て、犬に向かって怒鳴った。

ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、ギャン!!

眉間にしわを寄せ、毛がぼわぼわの悪魔のような顔で牙を立てて吠えるマイク。小屋の脇から繋がれているロープは今にも千切れてしまいそうだ。

「いい加減にしねえか、この薄汚いちっこいケモノめ!」

孝夫はそのゾンビ化したヨークシャーテリアに蹴りかかろうとした。ブチッと布が避けるような音がした。マイクの首輪に繋がれていたロープが切れた。孝夫の足は空を切るだけだった。すばしっこいマイクは蹴りを避けた。どんくさい孝夫は転んで背中を地面に打った。

「あぅあっ!」

ただでさえ、ここ数年痛めていた腰に激痛が走り、孝夫は思わず情けない声を上げた。倒れた孝夫にマイクが飛びつき、首に噛みついた。

「あぁーっ…」

熱い血が噴き出す。鋭い牙が孝夫の首に食い込む。声が出なくなる。ゾンビ犬は噴き出した血を美味そうにペロペロと舐め始めた。意識が朦朧とする孝夫。痛みが脳と体を支配し、ズキズキ、ドクドクとした感覚が噛まれた首から全身に走る。体のあちこちの機能が停止して、死の静寂が訪れるのを感じた。これが死か。いや、俺はまだ死にたくはない。一瞬そう思うが、抗うことは出来ない。体が動かない。孝夫の目に何かが浮かんできた。地面から這い出てきて、彼をいざなう者たち。その者たちみんなが孝夫に“こちらへ来い”といざなっている。赤城山孝夫は悟った。あいつらはあの世の者たちだ。みんな違う姿をしている。チョウの姿の者、バッタの姿の者、猫の姿の者、ネズミの姿の者、ゴキブリの姿の者、アリの姿の者…。みんなミイラのような顔で生気が無い。孝夫のほうへ近寄ってくる。どんどんと。何なんだよ、こいつら。体が動かないから逃げられない。孝夫は思い出した。そうだ、この醜い屍どもは孝夫が自分のこの手で殺めてきた動物や虫たちだった。自分の宝物だったズタ袋の中でミイラ化していった者たち。殺すことなんて、なんとも思っていなかった。人に危害を加えて苦しませることも。自分自身が苦しんで、死ぬときになって、孝夫はようやく気付いた。

命は尊い。

やがて孝夫は息絶えた。

自分が殺した動物や虫たちに引きずられて、孝夫は地獄へ落ちていった。





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