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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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 それから16年間、毎朝クッキーと美船市営霊園と楓川の川岸で散歩をした。修学旅行や短期留学などで家にいなかった期間は母が面倒を見ていた。グラウンドで友人とキャッチボールしたりして遊ぶときはよくクッキーはお供してくれた。犬のコングというおもちゃやフリスビーを投げると、クッキーは嬉しそうにそれらを口にくわえて駆けて戻ってきた。

高校時代、ナルシストで外見が“命”だった僕は身体醜形障害を患った。精神的に病んでいたときだって、クッキーはそばにいてくれた。

大学時代、僕に彼女が出来たとき、一度クッキーはデートについてきたこともあった。その彼女は麻里といって、だるまのように丸々と太った女だった。今思えば、外見も性格も決して良い女では無かったけど、当時は他に仲良くしている女がいなかったから、麻里は僕にとっては女神のようだった(少なくとも付き合い初めのうちは)。ある日、麻里と僕で実家の車でドライブに出かけた。僕が運転して、麻里が助手席に座って、クッキーを後ろの席に乗せて。楓沼へ行って、僕ら2人とクッキーでハイキングをした。よく晴れた清々しい日だった。楽しいハイキングだったけど、その帰り道の車の中で、麻里は僕に“エロ動画は見るのか”と聞いてきた。ちょっぴりナメたような口調で。彼女は僕のことを死ぬほど純粋で、女慣れしていないウブな男だと思っていた。僕はそれがちょっぴり嫌だった。

「エロ動画くらい俺だって観るよ。SMプレイ、強姦モノ、スカトロ、虫姦プレイ、なんでもアリさ。お前のことも虫で犯してやろうか」

僕はふざけ半分でそんなことを口走った。僕にはそんなイカれたマニアックな趣味は無い。ちょっとばかりの嫌味を込めて言ったのだ。

それ以降、麻里とはデートが続かなかったなんてことは言うまでもない。


 社会に出て、一人暮らしを始めるとき、僕はクッキーも連れていくことにした。そして、実家から今住んでいる里見壮に引っ越した。環境が変わってクッキーにとってストレスを感じないか心配だったが、クッキーは僕よりも早く新しい環境に馴染んだ。隣の家の西野夫妻にすぐ懐いたし、クッキーは西野夫妻の愛犬のさくらのことが大好きだった。

 それから、ついこの間、最後に楓沼でデートをして別れてしまった由香との出会いもクッキーのおかげだったのだ。そのとき、僕はふと思った。あの楓沼には、“別れ”のジンクスがあるのでは?と。

本当にどんなときだって、いつもクッキーが一緒だった。



 僕は思い出に浸りながら立ち上がり、バリケードの中で眠るクッキーを一瞥すると、家を出て、外の空気を吸った。路地に交番の自転車に乗った二木隼が通りかかった。

「やあ、卓くん」

と自転車を徐行させながら挨拶をしてきた。

「こんにちは、ずんさん」

僕も挨拶を返した。

「もう街は安全だ。安心してほしい」

そう言い残し、二木は僕に向かって微笑んで走り去った。

美船市を襲った謎の狂犬病は収束に向かっているようだった。





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