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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
16/26

16,

 16、


 「いやあ、まったく世も末だな…」

大野部長はそう言うと、のんきに大あくびをした。

「昨日は西木大通りで同様の事件が2件、玉寺アーケードで3件、国道127号沿いで2件起きています。死傷者20人以上だとさ」

同僚の中岡が言った。

「玉寺アーケードで狂犬に噛まれて亡くなった男性は首と腹をえぐられていた。それから西木大通りで亡くなった女性の遺体は顔を噛みつかれていて、片方の眼球が無かった」

二木隼が溜め息をつきながらそう言った。空の曇った昼下がり、3人の警察官は美船の森スポーツ公園前の交番で事件の書類を見ながら話し合っていた。

「市内には病院が一カ所しかない上に今はコロナで逼迫(ひっぱく)している。負傷者は美船総合病院から近い楓中学校の体育館に運ばれ、臨時に対応してくれている非番の医師たちに治療を受けているそうだ」

言い終えると、3日以上も睡眠をとっていないみたいにやつれた顔の大野部長は書類を机の上にどんと置いて、椅子に倒れるように腰掛けた。

「我々もお手上げですな…」

中岡が弱音を吐いた。

「だけど、そんなことを言っては駄目ですよ!ここは私たちの街だ。私たちが守らないと」

正義感の強い二木はくたびれ果てた同僚と部長に言い聞かせた。大野部長は何も言わず、机の後ろの小さな冷蔵庫からペプシの500缶を取り出し、プシュッと音を立てて開け、ガボガボ飲み始めた。

「どれだけ正義ぶったって、俺たちみたいなこんな田舎の警察には疾病なんかに太刀打ちは出来ないし、狂犬病なんて我々の担当分野じゃない」

そう吐き捨て、中岡はポケットからラッキーストライクの箱とライターを取り出した。タバコ一本を口にくわえ、交番の外に出て火をつけた。大野部長は椅子から立ち上がり、ペプシの缶を片手に持って歩いて、交番を出て中岡のとなりに腰掛けた。

完全にやる気の失せた2人を見て、“かんべんしてくれ”と二木は心の中で言った。

そのとき、中岡が悲鳴を上げた。

「うわああああっ!」

「出やがったな、ゾンビ犬ども!」

大野部長の怒鳴り声も響いた。二木はそそくさと交番の外に出た。毛がぼさぼさで目が緑色に濁った犬が6頭、みんな牙をむいている。狂犬の群れが四方八方から迫ってきている。大野部長が腰のホルスターからピストルを抜き、発砲した。パンッ!と耳をつんざく銃声が鳴り響く。続けざまに2発撃った。全部外れた。1頭の犬が駆けてきて大野部長に飛びついた。中岡が警棒を振り、犬を殴ろうとしたが空振りした。狂犬が大野部長の首に噛みつき、

「あああああっ…」

上がる悲鳴が途中でぷつりと途切れた。

他の数頭も駆けてきて、中岡と二木に迫ってくる。二木はホルスターからピストルを抜き、発砲した。パンッ!パンッ!火薬の臭いが辺りに漂う。2頭のゾンビ犬の頭に穴が開き、血を噴き出した。中岡が1頭の犬に飛びつかれ、地面に仰向けに倒れた。

「あああああああああっ!」

悲鳴を上げる中岡にゾンビ犬たちはたかり、体のところどころに噛みつく。パンッ!パンッ!パンッ!二木は同僚を襲う犬を撃つが、もう察していた。中岡は助からない。そして、腐った犬たちの腐敗臭、鋭い牙で仲間の腹や首などに食らいついて肉を貪る光景に耐えられなかった。交番前には2つの大きな血の海が広がっていた。大野部長も中岡も死んだ。二木は一目散に走ってその場を離れた。息が切れても構わず、走り続けた。気づくと、彼の顔は涙でびしょびしょだった。怖かった。

街の至るところから市民の悲鳴や犬の咆哮が響いていた。




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