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愛犬のクッキー  作者: Satoru A. Bachman
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 家にこもって、仕事の無い毎日が普通になってきた。食って寝て、老いたクッキーの世話をして、ときどき運動のためにふらふらとその辺を歩く。そんな毎日。僕の仕事場である個別指導塾ワイズ学院も完全閉校。千葉市にあるその塾なんかで、たとえ開校していたとしても今仕事をしに行くのはごめんこうむりたい。パンデミック状態の世界で人の多い都会へ出ていくなんて愚行である。だが、ときおり孤独感に苛まれて、一緒にいると張り倒してやりたくなるくらい生意気な教え子たちがちょっとばかり恋しい気もしてくる。夜が明けて目が覚めると、また仕事が無くて楽なんだか、孤独で憂鬱なんだか、よく分からない気分の1日が始まった。

 悪臭を放つクッキーの小便で汚れたペットシートを取り換え、木南動物病院でもらった注射針のような容器に流動食を注ぎ込んでクッキーの口元に運んでやる。クッキーは寝っ転がったまま容器の先端から口の中に注ぎ込まれるツナのような香りがするその餌を美味そうにペロペロと舌で舐めては喉に流し込む。元気は無いが食欲はあるようで、安心した僕はいつもするように愛犬の顔を両手で包んで頬を擦りつけた。ぼさぼさになった茶色い毛。顔は真っ白。よぼよぼの老犬だが、額の白い部分と茶色い部分の分かれ目、両肩のハの字の白いラインなど立派な柴犬らしさは保っている。クッキーのチャームポイントであるぱっちりとした目は若い頃から変わらない。やっぱり、お前は可愛いな、クッキー。そう思った矢先に違和感を覚えた。容器1本分の餌をやり終えると、もっとくれ、と言わんばかりにクッキーは僕の顔を見上げてきた。僕と視線を合わせたクッキーの両方の眼球が窓から差し込む太陽を浴びて緑色に光った。なんだ…?よく見ると、クッキーの目は緑がかった白濁色になっていた。喉をぐるぐる鳴らしながら涎を垂らすクッキー。僕の目に映った愛犬のその姿はゾンビ犬のようだった。僕は一瞬、頭の中でS・キング原作の映画に出てきた“ペットの墓場(ペット・セメタリー)”から這い出て帰ってきた動物や、いつもやっているバイオハザードに出てくるウィルス汚染でゾンビ化してしまったドーベルマンを連想した。

まさか、お前も…。

いや、人間も動物も年をとると目の色が薄くなることがある。きっと老いのせいだ。僕はそう信じた。玄関前の廊下に敷いたクッキーが横たわっているタオルケットのそばで僕は座って、じっと日に日に弱る愛犬を見つめた。そうして、僕はクッキーが眠るまでそばにいてやった。今日は病院へ連れていくのはよそう。そっと眠らせてやるのが今は1番だろう。


 リビングに行き、テレビをつければ、コロナ、コロナ、コロナ。話題はそれだけ。“外出自粛を!”、“コロナをあまく見ないで”、“3密回避”、“早くワクチンを作って下さい!”、などと事態を伝えるニュース報道陣のバカみたいに至って冷静な声や取材を受けた様々な国の感染者たちの悲痛な叫びがテレビから飛び出してくる。ダイヤモンド・プリンセス号事件以来、コロナウイルスはとっくに日本にも上陸していて、毎日のように感染者数が報道されている。4月も中旬を過ぎた今、その数字は2桁を上回ることは無いから、諸外国と比べれば、まだ日本の状況はマシなようだ。だが、中国の武漢から始まったパンデミックゆえに欧米諸国ではアジア人に対する嫌がらせやヘイトクライムが発生している。バンクーバーのダウンタウンの路上で中東系の中年男性がバス停に立っていた中国系と思われる若い女性に殴りかかっている動画が報道された。治安の良いカナダで?しかも、アジア系の多いバンクーバーでそんなことが起きるのか?

「やれやれ、世も末だな」

僕はそう吐き捨てるように言い、テレビを消して、外の空気を吸おうと家を出た。




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