恋するロザリー
さらに一夜明け、翌日。
近隣の洞窟へ向かっていたレンたち四人は、魔物の討伐と調査を終え、ローレンス辺境伯居城へ戻ってきた。
その首尾を聞くため、エドガーは応接室で四人を出迎えた。
「……さすがの迫力だね」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。
先日までの旅装とは違う。今の四人が身につけているのは、魔物との戦闘を前提とした戦装束だ。
王都でも一流の鍛冶屋が仕立てた装備に、それぞれの戦い方に合わせてセヴランが細かな補強を施しているという。傷や汚れの残る防具も含め、それらは四人が歴戦の冒険者であることを戦わずして示すほどの迫力があった。
普段は気安く笑い合い、時にはくだらないことで騒いでいる彼らも、こうして見ると紛れもなく王国最高峰の冒険者なのだ。
「それで、どうだった?」
エドガーが尋ねると、レンが答えた。
「洞窟の奥に、魔物を召喚する魔法陣が敷かれているようだ。そこから、まとまった量の魔物が送り込まれている」
「おそらく、魔族の手によるものかと」
ルシエラの言葉に、エドガーの表情が引き締まる。
「そうか……周囲への被害状況は?」
「今回、俺とミラで周囲に散った魔物はほぼ討伐した。レンとルシエラが洞窟内の探査と、入り口への結界を施した」
セヴランに続き、ルシエラが説明する。
「次回探索で洞窟内に入り、残敵の処理と魔法陣の封印を行います」
「そうか……こちらでも引き続き警戒を続けよう」
発生源が判明したとはいえ、まだ問題が解決したわけではない。レンたちが洞窟内部への対処を進める間、領内への被害が広がらないよう警戒を続ける必要がある。
エドガーが今後の対応を考えていると、ふと妙なことに気がついた。
四人のうち一人だけ、話し合いに参加していない。
ミラが窓に張り付き、正面玄関の方をじっと見ていた。
「ミラ? 何をしているのです?」
ルシエラに声をかけられても、ミラは窓の外を見たままだ。
「……なんか、お姫様が乗る馬車みたいなのが来た」
エドガーも窓際へ歩み寄り、外を覗く。
「ああ、ロザリー嬢だ。昨日母上が報せを出したから早速来たね」
「きたーー♡ ロザリーちゃん♡♡」
ミラが勢いよく振り返った。
そして次の瞬間、標的はレンへ移る。
「ちょっとレン! そんなムサいカッコしてないで、お兄ちゃんみたいな王子っぽい服に着替えてきなよ!!」
そのままレンの背中を押し、力任せに部屋の出口へ追いやろうとする。
だが、さすがに相手が悪い。筋骨隆々の戦士に全力で押されても、レンは踏ん張ったまま微動だにしなかった。
「……必要ない。今は任務中だ。これが正装だ」
「そういう問題じゃないんだってば!」
そんなやり取りをしているうちに、廊下の向こうからぱたぱたと早足で歩く音が近づいてきた。
やがて、控えめに扉がノックされる。
図らずも、ミラに押されたレンが扉の一番近くにいる形になっていた。
その光景に、エドガーはくすくすと笑う。
「……レン。開けてあげたらどう?」
「………」
心の準備でもしていたのか、ほんの少し間を置いてから、レンは扉を開いた。
そこにいたのは、栗色の髪を腰まで伸ばし、薄桃色のふんわりとしたドレスに身を包んだ可憐な少女だった。
扉が開き、その向こうに待ち望んだ姿を見つけた途端、少女の表情がぱっと輝く。
「レン様……!」
「ロザリー、久しいな」
「わたくし、わたくし、ずっとレン様にお会いしたくて……」
潤んだ瞳は、ただ真っ直ぐにレンだけを見つめていた。
どうやら、他に人がいることすら完全に頭から抜け落ちているらしい。
「ロザリー、今回はレンの仲間の皆も来ているんだ。中に入ったら?」
エドガーに促され、ロザリーはようやく我に返った。
「そ、そうですね。すみません……わたくしったら……」
頬を赤く染めながら室内へ入ってくる。
「皆、紹介する。婚約者のロザリーだ」
レンに紹介され、ロザリーはスカートを少し持ち上げて、ちょこんと可愛らしく礼をした。
「ロザリー・ド・ベルフォールでございます。皆様、お見知りおきくださいませ」
「ロザリー嬢は、隣の国でローレンス領と国境を接するベルフォール伯爵家の令嬢なんだ」
エドガーが説明した途端、ミラの目がこれでもかというほど輝いた。
「きゃーー♡♡♡ マジモンのお姫様みたいなのきた!!!」
興奮のあまり、隣にいたセヴランの肩を何度も叩く。
「痛えぞ! お前の平手は凶器だと自覚しろ!」
「ミラ、失礼ですよ。まずはご挨拶なさい」
「はーい♡」
どうにも落ち着きそうにないミラを横目に、エドガーは笑いながらレンとロザリーを見る。
「じゃあ、二人は久しぶりだし庭で散歩でもしてきたら? 僕たちはまだ話すことがあるから」
「お兄ちゃん!! 良いこと言う!」
「……そうだな。行こうか、ロザリー」
レンは鎧姿のまま、ロザリーをエスコートする姿勢を取った。
「……はい、レン様」
ロザリーは嬉しそうに、その腕へそっと手を掛けた。
◇
二人で応接室を出て、廊下を抜ける。
庭へ出るまで、しばらく二人は無言で歩いていた。
「あ、あの……レン様」
「どうした?」
「先程、言いそびれてしまいましたが……そのお姿、とっても素敵です……」
口にするにつれ、ロザリーの頬が赤く染まっていく。
「そうか?」
レンは自分の鎧を見下ろした。
「セヴランが手を加えてくれて、通常の甲冑より可動域が増えてスッキリした見た目になっている」
「まあ……」
ロザリーの頭の上に「?」が浮かんだのは言うまでもない。
そういう意味ではなかったのだが。
「でも、わたくしレン様が戦っていらっしゃるところを見たことがありませんから……少しだけ、遠い方になってしまったような気がしてさみしくなります……」
「そうだな。最近は国外や南方への任務も多かった。ロザリーは隣国だから余計に遠いな」
「もう……そういう意味ではありませんわ」
あまりにも色気のない返事に、ロザリーはむくれてレンから顔を背けた。
「?」
レンには、何が違うのか分からない。
そのまま庭を歩きながら、ロザリーは隣にあるレンの装備へ目を向ける。
そして、何かを思い出したようにぽつりと呟いた。
「わたくしのお贈りしたハンカチは、もうお持ちではありませんよね……」
「持っているぞ」
「えっ」
「全部、実家の俺の部屋にある」
予想もしなかった答えに、ロザリーが目を丸くする。
「……使って、くださっているのですか?」
「いや。せっかくロザリーが作ったものだからな。使えば傷む。だから大切に保管してある」
――大切に。
その一言に、ロザリーの胸が熱くなった。
「最近のものは刺繍が細かくなったな」
「…………」
「最初にもらったものと比べるとよく分かる」
「……比べてくださったのですか?」
「ああ。毎回上達しているなと思う」
「…………ありがとうございます」
気づけば、ロザリーは耳まで真っ赤になっていた。
ところが、当のレンは不思議そうにその顔を覗き込む。
「ロザリー、暑いのか?」
「違います!」
「そうか」
再び、少しの沈黙。
やがてロザリーが、今度は先ほどより静かな声で尋ねた。
「……今回も、危険な任務なのですか?」
「魔物の数は多いが、発生源は特定した。明日以降に対処する」
「お怪我はありませんの?」
「ない」
「本当に?」
「……擦り傷程度だ。怪我には入らない」
「まあ! すぐに手当てしなければ」
「そんなに心配しなくてもいい」
「心配です……だって、小さな棘が刺さっただけでも痛いのに」
レンの表情が、ほんの少し緩んだ。
「ロザリー。痛めば自分で治療できる。大丈夫だ」
「もう、レン様はいつもそうやって、お一人で全部終わらせてしまわれるのです」
「それはルシエラにも叱られている」
「でしたら聖女様のお話をよく聞いてくださいませ!」
また叱られた。
レンは特に反論することもなく、そのままロザリーと庭を歩いていく。
「……任務を済まされたら、また王都へ戻られるのですか?」
「そうだな」
「そう……ですか……」
ロザリーの声が、消えそうなほど小さくなる。
「心配するな。これからは折を見て時々帰ってくるようにする。ここが俺の家だからな」
ロザリーは隣を歩くレンを真っ直ぐに見つめた。
「では……その時は、わたくしにもお知らせくださいますか?」
「ああ。今回も知らせればよかったな。母上にも叱られた」
「……伯爵夫人に言われたから、ですの?」
「いや」
レンは即座に否定した。
「ロザリーが俺の帰りをこんなに喜んでくれるとは思わなかった。次からは必ず知らせる」
「………」
ロザリーは胸を押さえ、俯いた。
「…………レン様は、ずるいです」
「何がだ?」
「知りません!」
「?」
◇
一方、その頃。
屋敷の窓には、一人の女がぴったりと張り付いていた。
「あっ!! ロザリーちゃんがほっぺに手あてて赤くなってる♡ 何言ったの!? レン何言ったの!?」
庭を歩く二人から一瞬たりとも目を離さないミラを、セヴランが指さす。
「おーい。ここに覗き魔がいるぞ」
「うるさいよ! 今いいとこなの!」
「お前、完全に近所のオバチャンじゃねえか」
「ミラ、いい加減になさい」
ルシエラが呆れた声を上げる。
ミラが振り返った。
「ルシエラだって見てるじゃん!」
「わたしはレンが心配で見ているだけです」
「似たようなもんだろ」
セヴランが鼻で笑う。
ルシエラは静かに彼へ視線を向けた。
「そういうあなたもね、セヴラン」
結局、三人とも窓辺から離れてはいなかった。




