炎上の沈黙
騒然とする城内の喧騒に取り残されたように、応接室には重い沈黙が落ちていた。
砕けた窓からは遠くの悲鳴や怒号が聞こえ、廊下には爆発の煙が漂っている。騎士たちはすでに逃げ散り、豪奢だった応接室は見る影もない。それでもセドリックは口を閉ざしたまま、レンの問いに答えようとはしなかった。
「……こうなりゃ炙り出すしかねえな」
沈黙を破ったのはセヴランだった。
いつの間に取り出したのか、その手には先ほどの散弾銃よりふた周りほど太い大筒が握られていた。
「ちょっとセヴラン!それ出すのはヤバいって!」
カルミラが慌てて声を上げる。
「知るかよ!こっちは辺境伯の御旗付きだ!とことんやってやるぜぇ」
セヴランは大筒を担ぎ上げ、すっかり楽しそうな顔をしていた。
「ミラ、もう無駄です。爆弾狂の目になっています」
ルシエラは諦めたように告げた。
セヴランは二人の制止など聞く耳を持たず、砕けた窓から中庭へ出ると、外階段を駆け上がってテラスへ向かった。
そこから城を見渡すように大筒を構える。
次の瞬間、轟音とともに火炎弾が放たれた。
火炎弾は城壁に着弾し、激しい衝撃とともに煙を噴き上げた。セヴランは続けざまに大筒を構え直すと、今度は塔へ、さらに庭へと、屋外のあちこちに向けて手当たり次第に撃ち込んでいく。
ドォォン! ドォォォン!!
着弾するたびに煙が昇り、やがて炎が上がった。城のあちこちから人々の悲鳴が響き、騒ぎはますます大きくなっていく。
応接室にも着弾の衝撃が重く伝わり、割れた窓の向こうから逃げ惑う人々の声が聞こえてきた。
「ひぇ~っ…ホントに大丈夫なの?」
カルミラは窓の外を見つめ、顔を引きつらせた。
「前に砦を焼き討ちした時も、砦は全焼させたけれど怪我人は出さなかったから多分大丈夫でしょう」
ルシエラは平然と答えた。
「多分って……」
カルミラはそれ以上何も言えず、再び窓の外へ目を向けた。
中庭には、城内から避難してきた人々の姿が見え始めていた。煙の向こうを次々と人影が行き交い、悲鳴や呼びかける声が入り交じっている。
レンは窓際に張り付き、その一人一人を目で追っていた。
兄がいない。
避難してくる人々の中にエドガーの姿を探すが、どれほど目を凝らしても見つからなかった。
「…やはり…城の中を場当たり的に探すしかないのか…?」
焦りを滲ませたレンの呟きに、カルミラが振り返った。
「やめなって。今行ったらそれこそ火ネズミだよ…… あ」
何かを思いついたように、カルミラが顔を上げた。
「ルシエラ!そういえばさあ!あの太ったオジサンにかけた魔法は使えないの?ほら、悪い事したの全部喋っちゃうやつ!」
それまで俯いていたセドリックが、一瞬だけカルミラを見た。
「………カルミラ」
ルシエラの声が低くなった。
彼女は無表情のままカルミラに詰め寄る。
「………『審判』の術は、本人に了承させないと使えないのです」
「は?えぇ?そうなの?」
カルミラは目を丸くした。
「……今目の前で聞かれてしまったので、あの時のようにうまく交渉して返答だけ引き出すことも出来なくなりました」
ルシエラの説明を聞き、カルミラはようやく自分が何を口走ったのか理解したらしい。
「あ、あれぇ?あたし、やっちゃった…?あは、あははは…」
気まずそうに笑うカルミラを、ルシエラは無表情のまま見つめていた。
◇
その間も、窓の外では断続的に轟音が響いていたが、やがてそれが止んだ。
ほどなくして、砕けた窓からセヴランが戻ってきた。
「おい、そろそろここもやべえぞ。」
セヴランの言葉に、レンは窓の外から視線を戻した。
「………兄上を置いては行けない」
その声には、譲るつもりのない強い意志が込められていた。
兄の姿はまだ見つからない。どれほど城内が混乱していようと、エドガーを残して立ち去るという選択肢はレンにはなかった。
「わかってるよ。派手に燃えて見えるが中は焼けてないから、あとは探すしかねえ。ルシエラはその綺麗なオッサン連れて外で待ってろ」
セヴランはセドリックを顎で示した。
ルシエラがその場に残ることになり、レンは城内へ向かおうとする。
「わかった!レン!行くよ!!」
カルミラも大斧を手に、レンの後に続いた。セヴランも二人とともに、炎と煙の渦巻く城内へ向かおうとする。
「待て」
三人の背に、セドリックの声が投げかけられた。




