大斧と花火
アシュクロフト侯爵居城の応接室。
抜き身の剣を構えた騎士たちが、レン、カルミラ、セヴラン、ルシエラの四人を取り囲んでいた。
セドリック・アシュクロフトは、これがアシュクロフト家の正式な意向であると認めた。兄エドガーとの面会を求めて正門から訪れたレンたちに対し、武力による排除を選んだのである。
「では…仕方ありません」
レンが静かに告げた。
「武器を捨てろ!抵抗すれば容赦せん!」
騎士の一人が剣を突きつけて怒鳴る。
「え?先に抜いたのそっちじゃん?」
カルミラは不思議そうに首を傾げた。
次の瞬間、彼女の手にした大斧がブンと音を立てて空を舞った。
「ひゃほー!」
ドゴォォォン!!
凄まじい衝撃が応接室を揺るがした。
カルミラの大斧が一振りされただけで、鎧姿の騎士たちが野菜の束のようにまとめて薙ぎ払われたのである。
およそ十人もの騎士が一斉に壁へ向かって吹き飛び、ある者は鎧ごと壁にめり込み、ある者は建具をぶち抜いて反対側の廊下へと転がり落ちた。
重い鎧をまとった騎士たちが、まるで枯れ葉のように宙を舞う。豪勢な応接室には轟音が響き、砕けた建具の破片が床に散乱した。
「おいおい、十人まとめてかよ」
セヴランが呆れたように呟く。
「え?まだ居るじゃん。やっちゃっていいの?」
カルミラは大斧を構え直し、レンに尋ねた。
「……任せる」
「いぇーい!」
レンの返事を聞くや否や、カルミラは嬉々として二振り目を繰り出した。
再び凄まじい風圧と衝撃が騎士たちを襲う。
その頃には、すでに騎士たちの半数が無力化されていた。残された騎士たちは目の前の光景に戦意を失い、次々と剣を投げ捨てると、我先にと狭い出口へ殺到した。
つい先ほどまで四人を威圧していた騎士の集団は、もはや包囲どころではなかった。
カルミラは大斧を手にしたまま、逃げていく騎士たちを眺めていた。
そんな騒ぎの中、セヴランは懐から懐中時計を取り出し、針を確かめていた。
「さて…そろそろかな」
パチンと蓋を閉じる。
「ん?なにが?」
カルミラが振り返った。
「ここまで来るまでにちょいと仕込んどいたんだよ」
「……何を」
レンが尋ねる。
セヴランは口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「花火」
ドォォォォン!!
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、城内のどこかで凄まじい爆発音が響いた。
続けざまに、別の場所からも轟音が上がる。
玄関ホールから応接室へと続く廊下のあちこちで爆発が起こり、煙が立ち込め始めた。遠くからは人々の悲鳴が聞こえ、静かだった侯爵家の居城は一転して騒然となった。
セヴランは城内へ案内される途中、密かに爆弾を仕掛けていたのである。
「げっ。何やってんの?」
さすがのカルミラも、これには顔を引きつらせた。
ルシエラは眉を寄せ、セヴランを見据えた。
「セヴラン、密室で爆弾を使わないようにと何度言ったらわかるのですか」
「あー、わかったわかった。風通し良く、だろ」
セヴランは面倒くさそうに答えると、特製の散弾銃を取り出した。
そして、応接室の窓一面に銃口を向ける。
轟音が連続して響いた。
散弾を浴びた窓ガラスが次々と粉々に砕け散り、窓枠や周囲の調度品まで吹き飛ばされる。室内にはガラスの破片や装飾品が散乱し、豪華だった応接室は見る影もない有様になった。
砕けた窓の向こうから外気が流れ込み、煙が揺れた。
「ねえ、普通に開けらんない!?」
カルミラが思わず叫んだ。
セヴランは散弾銃を手にしたまま、何食わぬ顔をしている。
廊下では爆弾が発火しているのか、城内からは人々の騒然とする声が絶え間なく聞こえてきた。
騎士たちは逃げ散り、応接室の壁や建具は壊され、窓は粉々になっている。アシュクロフト侯爵家の威厳を示すはずの豪奢な部屋は、ほんのわずかな間に惨憺たる有様へと変わり果てていた。
彼はセドリックへと向き直ると、静かに口を開いた。
「セドリック卿……俺は兄上を迎えに来ただけです。もう一度聞きます。兄上に会わせてはいただけませんか」
その声音は、先ほどと変わらず落ち着いていた。
レンにとって、ここで騎士たちを打ち負かすことも、城を破壊することも目的ではない。
ただ、兄に会いたい。
エドガーが無事であることを確かめ、連れて帰りたい。それだけだった。
しかし、セドリックは目の前の惨状に顔を引きつらせ、怒りに震えていた。
「き、貴様ら……!ここをどこだと思っている!?」
「アシュクロフト侯爵家の居城です」
レンは即座に答えた。
「分かっているなら、なぜこんな真似をする!」
「先ほど、正式なご意向かと確認したはずです」
「それが何だと言うのだ!」
「ですから、こちらも相応の対応をさせていただいています」
レンはあくまでも淡々としていた。
正門から正式に訪問し、礼を尽くして面会を求めた。それを拒み、武装した騎士たちを差し向けたのはセドリック自身である。
しかも、その対応がアシュクロフト家の正式な意向であることまで、本人の口から確認していた。
それでもなお、セドリックは自分たちが何をしたのか理解していないようだった。
「こんなことをしてタダですむと思うなよ!」
セドリックが声を荒らげた。
侯爵家の権威を振りかざせば、目の前の若者たちを従わせられる。そんな考えが、まだ彼の中には残っていた。
「セドリック卿」
レンは静かに呼びかけると、セドリックにもう一歩詰め寄った。
その動きに、セドリックの表情が強張る。
レンの手は、まだ剣にかかっていなかった。
騎士たちをまとめて吹き飛ばしたのはカルミラであり、城内に爆発を起こしたのはセヴランだった。
レン自身は、ここまで一度も武器を振るっていない。
それでも、目の前に立つ青年の静かな眼差しには、セドリックを圧するものがあった。
「俺は今、剣を抜かずにお話ししています。どうか、その意味をお考えください」
「…………」
セドリックは何も答えられなかった。




