兄の不在
「はぁ…やっとあの洞窟ともおさらばできるぜ」
馬車の中に、セヴランのうんざりした声が響いた。
洞窟探索を終えたレンたち四人は、ローレンス辺境伯居城への帰途についていた。御者台ではレンが手綱を握り、その後ろではセヴラン、カルミラ、ルシエラの三人が思い思いにくつろいでいる。
今回の探索では、懸念されていた大きな魔物も、期待していた財宝も発見されなかった。王政府からの懸賞金は支払われるものの、それ以外に目立った収穫はない。
危険な洞窟の調査を無事に終えたのだから、それで十分とも言えるのだが、セヴランはどうにも納得がいかないらしかった。
「結局でかい魔物も無し、お宝も無し、何も無し!やっぱり爆破して埋めちまえば良かったんだよ」
「何度でも言いますが、何もないことを確認するのが大切なのです」
ルシエラが冷静に言い返す。
「そうは言うけど、王政府からのやっすい懸賞金以外何の収穫も無しだからな?だから他の冒険者は受けねえんだよ。俺たちが来る必要あったのか?これ」
セヴランは不満げに肩をすくめた。
Sランク冒険者ともなれば、危険な魔物の討伐や高額の報酬が見込める依頼も少なくない。そんな彼らにとって、今回のような調査任務はどうしても地味に感じられるのだろう。
しかし、カルミラはいたって上機嫌だった。
「まぁまぁ、いーじゃん。レンのお里帰りに同行出来たしぃ?面白いものもたくさん見れたしぃ♡」
「じゃあお前の分け前引いとくわ」
「はぁーーー!?それとこれとは別っ!」
途端にカルミラが声を張り上げる。
セヴランはその反応を面白がるように口元を歪めたが、ルシエラは別のことが気になっていたらしい。
「ミラ、今回あなたの斧が洞窟の柱を粉砕して崩落の危機を感じた瞬間がありましたよ。反省してください」
「だってぇ、狭くてついストレス溜まっちゃって…」
カルミラは悪びれた様子もなく、唇を尖らせた。
狭い洞窟の中で巨大な斧を振り回せばどうなるか、少し考えれば分かりそうなものだが、本人としては窮屈な思いをしたことの方が重大だったらしい。
「ストレス溜まったらすべてぶち壊しても良いってか。危険思想だな」
「すべて爆破して埋めてしまえばいいと言っていた人の言うこととは思えませんね」
間髪入れずにルシエラが指摘すると、セヴランは口を閉じた。
カルミラはそんな二人を見て、愉快そうに笑っている。
御者台のレンは、背後から聞こえてくる三人のやり取りを聞きながら、黙々と馬を進めていた。
やがて見慣れたローレンス辺境伯居城が近づいてくる。
城門をくぐり、正門へ向かって馬を進めていたレンは、ふとあることに気づいた。
「……兄上の馬車がない」
いつも停められているはずの場所に、エドガーの馬車が見当たらなかった。
「視察か何かか?」
セヴランが尋ねる。
「いや、視察の場合は辺境伯家の馬車で行くんだ。何処かに出掛けられたのだろうか」
レンは首を傾げた。
兄が私用で出掛けること自体は不思議ではない。しかし、エドガーは普段から執務に追われていることが多く、体も丈夫な方ではない。どこへ出掛けたのだろうと考えながら、レンは馬車を正門へと進めた。
四人が城へ入ると、出迎えた侍女によって、いつもの応接室へ案内された。
帰還の報告をするために待っていると、ほどなくして辺境伯付きの執事が姿を現した。
「レナード様、お待たせ致しました」
執事が丁寧に一礼する。
レンはその顔を見て、先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「……兄上の姿が見えないようだが」
「エドガー様は現在、ご静養のためアシュクロフト家の別邸に滞在されております」
「静養……?何かあったのか」
思いがけない返答に、レンの表情が変わった。
「ノースフェルの視察から帰られてすぐ、体調を崩されまして…医師の判断で、しばらく執務から離れてご静養を取られることとなりました」
ノースフェルの視察から帰ってすぐ。
レンは兄の体調が以前から優れなかったことを思い出した。無理を重ねていたのだろうか。しかし、それならばなおさら、気になることがあった。
「ヴィクトリア嬢と一緒にか?」
「はい。ヴィクトリア様とご一緒でございます」
「…兄上のお身体の具合はどうなのだ?」
「詳しいことは、こちらには伝わっておりません」
「いつお戻りになる?」
「……それも、まだ決まっておりません」
「……帰る日も決まっていないのか」
「はい」
「…………」
レンは黙り込んだ。
おかしい。
兄が体調を崩したという話は心配だった。療養が必要なほど具合が悪いのなら、十分に休んでほしいとも思う。
だが、なぜ静養先がアシュクロフト家なのだろう。
エドガーは以前から、ローレンス領の公金がアシュクロフト家へ流れている疑いを抱き、その金の流れを調べていた。
その兄が、よりによって調査対象であるアシュクロフト家の別邸へ、体調の悪い中わざわざ出向くだろうか。
しかも、詳しい容体も帰還予定も分からないという。
ヴィクトリアが同行しているとはいえ、どうにも腑に落ちなかった。
レンはさりげなくセヴランへ視線を向けた。
セヴランはいつもの軽薄な調子を引っ込め、黙って執事の様子を観察している。
ルシエラも何かを感じ取ったのか、静かに眉を寄せていた。
一方、カルミラだけは三人の反応を不思議そうに見比べている。
執事はそんな四人の様子に構わず、用件を続けた。
「なお、今回の洞窟探索のご報告につきましては、ローレンス辺境伯閣下が直接お聞きになるとのことです」
「父上が?」
「はい。皆様には広間へお越しいただくよう、申しつかっております」
レンは少し意外に思った。
今回の探索について、父が直接報告を聞くという。もちろん、辺境伯として息子たちの活動に関心を持つことは不思議ではないが、普段とは少し違う流れだった。
とはいえ、呼ばれた以上は向かわなければならない。
四人は執事の案内に従い、応接室を後にした。
広間へ続く廊下を歩きながら、セヴランが声を潜めて呟いた。
「アシュクロフト、ねえ」
「あの美しい婚約者様の実家?」
カルミラが首を傾げる。
「そうだ。兄上があやしいと目星をつけていた」
レンの返答に、カルミラは少し驚いたような顔をした。
エドガーの婚約者の実家が、何か疑わしいことに関わっているらしい。先ほどから三人が妙に真剣な顔をしていた理由が、ようやく少し分かった気がした。
「いずれにしても、ご体調が悪いのならば一度診せていただきたいわ」
ルシエラが静かに言った。
彼女にとって、今もっとも気掛かりなのはエドガーの容体だった。詳しい症状さえ伝わっていないというのでは、どの程度の静養が必要なのかも判断できない。
レンもその言葉に異論はなかった。
兄が本当に療養を必要としているのなら、まずはその状態を確かめたい。それに、アシュクロフト家へ向かった事情についても、本人から話を聞く必要があるだろう。
そんなことを考えているうちに、一行は広間の前へとたどり着いた。
先を歩いていた執事が扉をノックする。
すると、内側から扉が開かれた。
そこに立っていたのは、レンにとって幼い頃から見慣れた人物だった。
「これはこれは、レナード様。皆様。辺境伯閣下がお待ちですぞ」
ハーグリーヴスが、いつもの調子で四人を迎えた。
「……」
レンは何も答えず、その顔を見つめた。




