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エドガー・ローレンスの憂鬱  作者: ヒナツキスバル
第四章 エドガー排斥
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叶わない約束

挿絵(By みてみん)



 ある夜、レンの私室の扉がノックされた。


こんな時間に誰だろうかと扉を開けると、そこにはルシエラが立っていた。


何やら少し怒っているような顔をしている。その手には、手紙らしき紙の束が握られていた。


「レン……今、少し話せますか」

「ああ、かまわないが……」


レンが部屋へ招き入れると、ルシエラは中へ入り、扉が閉まるのを待ってから、その前に仁王立ちになった。

そして、まっすぐにレンを睨みつける。


「……レン、私は今怒っています。わかりますか」

「わかるが、身に覚えは全くない」

「……ロザリーのことです」


「……ロザリーがどうした?」

「ロザリーは悲しんでいます。あなたが鈍すぎて」


「待て、順を追って説明してくれ」

「今さら順を追って説明したところで、あなたにはわからないでしょう」


レンは頭を抱えた。


「……なら、一体どうしたらいいんだ……」


怒っていることはわかる。ロザリーのことらしいというのもわかった。だが、肝心の自分が何をしたのかが、さっぱりわからない。


ルシエラは深く息をついた。

手にしているのは、ロザリーから届いた手紙だった。二人は手紙のやり取りをはじめたばかりで、ルシエラはロザリーが婚約について悩んでいることを知っていた。


「……レン、あなたは婚約者としてロザリーとの未来をどう考えているのです?」

「……? いずれ結婚するから婚約者なのではないのか」

「……その立場に胡座をかいた考え方がロザリーを不安にさせると言っているのです!」


ルシエラの声が一段と厳しくなった。

レンは困惑した。


婚約とは、いずれ結婚することを約束した関係ではないのか。自分としては、その約束を違えるつもりなど全くない。だからこそ、何が問題なのかわからなかった。


「質問を変えましょう。ロザリーがあなたを大切に思ってくれているのはわかりますか?」

「それはわかる……ロザリーは兄のように俺の事を慕ってくれている」

「兄………」


ルシエラのため息が、広い部屋に響いた。


レンはますます困惑した。ロザリーとは幼い頃から親しくしている。彼女が自分を慕ってくれていることも、疑ったことはなかった。


しかし、どうやらその答えも間違っていたらしい。


「では、あなたが進んで自分からロザリーに会いに行ったことは?」

「うっ」

今度は、さすがのレンも言葉に詰まった。

ロザリーが城を訪ねてくることはあっても、自分から彼女に会いに行くことはほとんどなかった。


冒険者としての活動や鍛錬に追われていたこともあるが、それを言い訳にするつもりはない。


「では、前回尋ねてきたロザリーのドレスの色は?」

「……青だったか」

「黄色です!!」


「かわいそうに、ロザリーはあなたに愛されているという自信が持てず、いつも悩んで苦しんでいるのです。あなたはそれで良いのですか?」

「……いや、俺もロザリーを大切に思っている」


それだけは、はっきりと言えた。

レンにとって、ロザリーは昔から大切な存在だった。婚約したことを後悔したこともない。


ただ、その気持ちをわざわざ言葉にして伝えなければならないとは、考えたことがなかった。


「ならば、いいですか? レン。明日ロザリーが来ます。その時にちゃんと外に立って出迎え、エスコートするのです。そして、そこで自分の気持ちをロザリーがわかるように伝えなさい」


「うまくできるかわからんが……やってみよう」

「上手くできるかどうかは問題ではないのです」

ルシエラはきっぱりと言った。


「そして今度は、ロザリーを待たずにあなたからロザリーに会いに行くのです。いいですね」

それだけ言い残すと、ルシエラは部屋を出ていった。


レンは閉じられた扉を見つめたまま、しばらく考え込んでいた。

ロザリーが、自分との婚約についてそこまで悩んでいたとは知らなかった。


大切に思っていることは、当然伝わっているものだと思っていた。

しかし、ルシエラがあれほど怒っていたのだから、そうではなかったのだろう。


何をどう伝えればよいのか、まだよくわからない。

それでも、明日は自分からロザリーを出迎えよう。

レンはそう決めた。



◇



 翌日、レンはルシエラ、セヴラン、カルミラとともに、洞窟攻略についての会議に参加していた。


しかし、その最中だというのに、レンは目を閉じてじっとしていた。


眠っているわけではない。

城壁の周囲に結界を張り巡らせ、そこを通過する者の気配が伝わるよう、意識を集中させていたのである。

ロザリーが到着したら、すぐに出迎えなければならない。


昨日ルシエラに言われたことを、レンは自分なりに忠実に実行しようとしていた。


「……洞窟の奥は広くなっているが、深度はさほどでもなかったっていうことだな? レン?」

セヴランが確認を求めた。


「……待ってくれ、今集中している」

「はあ?」

セヴランは呆れたようにレンを見た。


洞窟攻略の会議をしているというのに、何を別のことに集中しているのか。


「……そっといておいてあげなさい、セヴラン」

ルシエラが静かに口を挟んだ。

事情を知っている彼女だけは、レンが何をしているのかわかっていた。


その時だった。

レンの目が開かれ、上体をがばっと起こした。


「……来た!」

そう言うなり、レンは勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出していった。


突然の行動に、残されたセヴランは目を丸くした。


「なんだぁ? ロザリーちゃんでも来たの?」

カルミラが面白そうに声を上げる。

「きょうは冷やかし無用ですよ、ミラ」

ルシエラはすかさず釘を刺した。


◇


 その頃、レンは城の正門へ向かっていた。


結界が捉えた気配から、ロザリーの馬車が到着したことはわかっている。


普段なら、彼女が城内へ案内されてから顔を合わせるところだった。自分から正門まで迎えに出るのは、これが初めてである。

レンは馬車が正門前に着けられるのを待ち、その扉の前に立った。


やがて扉が開く。


「まあっ! レン様?」

馬車の中から姿を現したロザリーは、目を丸くした。

薄桃色のドレスには繊細なレースがあしらわれ、柔らかな色合いが彼女の可憐な雰囲気によく似合っていた。


しかし、ロザリーは自分の装いを気にする余裕もなく、目の前に立つ婚約者を見つめていた。


これまで何度もローレンス城を訪れてきたが、レンが自ら出迎えに来てくれたことなど、一度もなかったのだ。


「ロザリー、待っていた」

レンはそう言って、馬車を降りる彼女に手を差し出した。

「えっ……」


ロザリーの頬が、ぱっと紅に染まった。

差し出された手を取りながらも、まだ信じられないというようにレンを見上げる。


「きょうは、皆様はいらっしゃらないのですか?」

「ああ、中で洞窟攻略の会議をしている。俺は抜けてきた」

「まあ……抜けてきてくださったのですか?」


ロザリーの声が弾んだ。

自分を迎えるために、わざわざ会議を抜けてきてくれた。


それだけのことが、彼女には嬉しかった。


レンはロザリーをエスコートし、二人は腕を組んで中庭のほうへ歩き出した。


「ロザリーは、今日はどうした?」

歩きながら、レンが尋ねた。


するとロザリーは、少し困ったように視線を伏せた。


「あの、その……」


言葉を探すように口ごもってから、ようやく話し始める。


「わたくし、聖女様とお手紙のやり取りをしていますの。わたくしの悩みを聞いていただいていて……それで、聖女様から一度きちんと言葉にしてレン様とお話なさいと……」


そこまで言うと、ロザリーは俯いてしまった。


「そうか、悩みとは俺のことか?」

「えっ、えっ、あの」

ロザリーは慌てたように顔を上げた。


レンは彼女を責めるでもなく、いつもの真面目な顔で続けた。


「実は、俺もルシエラから同じような事を言われて、今日はロザリーときちんと話すためにこうして待っていた」

「………」


ロザリーは言葉を失った。

レンもまた、自分と話すために待っていてくれたのだ。


ルシエラに何を言われたのかはわからない。けれど、こうして向き合おうとしてくれていることが、何よりも嬉しかった。


それでも、胸の奥に抱えていた不安が消えたわけではない。


「……レン様は」

「?」

レンが彼女を見る。

ロザリーは勇気を振り絞るように、顔を上げた。


「わたくしが婚約者で、本当に良かったとお思いですか?」


レンは驚いたようにロザリーを見つめた。


「何故そのような事を?」


その問いに、ロザリーは苦しそうに目を伏せた。

「……わたくしは……レン様のような素敵な方に愛される自信が無くて、いつも泣いてばかりで」


レンはしばらく考えた。

自分の武勇や功績について、周囲が大げさに騒ぎ立てることは珍しくない。

そのせいで、ロザリーが自分との間に距離を感じているのだろうか。


しかし、レン自身は、周囲の評価によって何かが変わったとは思っていなかった。


「ロザリー、俺の武勇がなんだといたずらに述べたてる人間がいるが、そういう話は聞かなくていい。俺も君も何も変わってはいない」

「いいえ……わたくし自身が誰よりもレン様のことを誇らしいのです。でも、何故か不安になってしまうのです……」


ロザリーはレンを見上げた。

その瞳が、うっすらと潤んでいた。


レンが優れた剣士であり、魔術師であることを、ロザリーは心から誇りに思っていた。

彼が冒険者として活躍することも、決して嫌ではなかった。

けれど、レンはこれからも冒険を続けるのだろう。


いつか遠くへ行ってしまうかもしれない。

その時、自分との婚約をどれほど大切に思っていてくれるのだろうか。


ロザリーには、その確信が持てなかった。


レンは彼女の表情を見つめ、そっと頭を撫でた。

ロザリーがこんなにも悩んでいたとは、思いもしなかった。

婚約者なのだから、いずれ結婚する。


自分にとっては、それが当たり前だった。


けれど、当たり前だと思っているだけでは、相手に伝わらないこともあるのだろう。


昨夜のルシエラの言葉が、ようやく少し理解できた気がした。


「……質問に答えていなかったな」


レンはロザリーをまっすぐに見た。


「ロザリー、俺は君が婚約してくれたことを感謝している」

ロザリーは顔を上げた。


「俺のような、剣を振るうしか能のない、城にじっとしていることも、社交もまるでできない人間にいつも優しくしてくれる。君でなければ愛想を尽かされている」

「そんな……」

ロザリーは思わず首を振った。

レンは、世辞や気の利いた言葉を並べることが得意ではない。


自分の気持ちをどう伝えればよいのかも、まだよくわかっていなかった。

ただ、ロザリーが自分にとって大切な存在であることだけは、間違いなかった。


彼女がいつも優しく接してくれることも、婚約者でいてくれることも、決して当然だとは思っていない。


「君が嫌なら無理にとは言わないが、俺は……ロザリーが婚約者で良かったと心から思っている」

「レン様……」


ロザリーの瞳が、再び潤んだ。

華やかな愛の言葉ではなかった。


けれど、レンが一つひとつの言葉を真剣に選び、心からそう言ってくれていることは伝わってきた。


ロザリーは胸の奥が温かくなるのを感じた。

ずっと聞きたかった言葉だった。


自分が婚約者でよかったと、レン自身が思ってくれている。


それだけで、これまで抱えていた不安が少しずつ和らいでいくようだった。

けれど、もう一つだけ、どうしても聞いておきたいことがあった。


「それなら、レン様の冒険の目処がついたら、いつかわたくしのことを迎えに来てくださいますか?」


ロザリーはレンを見つめた。

彼の冒険をやめさせたいわけではない。


剣を取り、魔法を使い、仲間たちとともに各地を巡る。それがレンの生き方なのだと、ロザリーは理解していた。


だからこそ、その冒険が一段落した時には、自分のもとへ帰ってきてほしかった。


レンはロザリーを見つめ、微笑んだ。


「ああ……約束する」

「絶対に?」


「ああ、絶対だ」


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