↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エドガー・ローレンスの憂鬱  作者: ヒナツキスバル
第三章 ローレンス家の跡取り
PR
17/40

帳簿と酒瓶

挿絵(By みてみん)


「やられたよ……」


エドガーの深いため息が、静かな居室に落ちた。


それぞれ呼び出され、今朝からの出来事を聞かされたレンとセヴランも、すぐには言葉が出なかった。


ノースフェル地方で行われる監理官の定期視察。本来なら地方行政官だけで行われるはずだったそこへ、急遽、辺境伯家からも立会人を出すことになった。


そして、その役目を任されたのがエドガーだった。


出立は今晩。

片道二日。現地での視察まで含めれば、一週間ほど城を離れることになる。


「……そこまでやるとは、良い線行ってるって言ってるようなもんだな」

セヴランがクックッと喉を鳴らして笑った。


「しかし……ノースフェルだぞ? 一体どれだけかかる? 父上を通して断ることはできないのか?」

「監理官に話を通してしまっているなら、コロコロ話を変えるのはあまり良くない……難しいな」


エドガーは困ったように眉を下げた。

正式な公務としてすでに話が進んでいる以上、今から取りやめれば、ローレンス家側の都合で監理官を振り回すことになる。


何より、ここで不自然に拒めば、ハーグリーヴスを疑っていると悟られるかもしれない。


昨朝、誰にも告げずレンたちと城を出た。その翌日に突然決まった、一週間に及ぶ遠方への公務。


偶然だと考えることもできる。

だが、今のエドガーにはそう思い込むこともできなくなっていた。


「それより……レン、お前たちに頼みがあるんだ」

エドガーは机へ向かうと、いくつかに束ねられた厚みのある資料を置いた。


「……これは、僕が今まで調べたグレンフォード地区の工事、農産物に関連する不可解な金の流れに関する資料だ」

レンとセヴランが机へ近づく。


「僕の居ない間に……何か気づいたことがあったら追ってほしいんだ。それと、これは君たちが持っていてほしい。城に置いていくのは……少し怖くなった」

二人の視線が、同時にエドガーへ向いた。

自分の生まれ育った城に、調査資料を残していくことさえ怖い。

その言葉が意味するところを、説明する必要はなかった。


「……分かった。俺が預かる」

レンが迷わず答える。


「……ふーん……」

一方、セヴランは資料の束を手に取ると、早くも中身をぱらぱらとめくり始めていた。

しばらく目を通していたセヴランが、不意に顔を上げる。


「この資料……今は隠されてると言ったな。城では誰が見られる?」

「執務室付けの補佐官と事務官かな……帽子を被っているのが補佐官で、現在七名いる。それぞれに担当業務が違うが、資料を閲覧するだけなら執務室に出入りする者なら閲覧できる」


「……例えばだが、レンが見たいと言ったら?」

「僕に言いつけられているとか、父上から後学のため見学しろと言われているとか、理由をつけて事務官に言えば出してくれると思うよ」


突然自分の名前が出てきて、レンがわずかに首を傾げた。

しかしセヴランは構わず続ける。


「あんたがウィロウ村を調べてるって知ってる奴は?」

「……昨日、君たちと出掛けたことは割れているが、ウィロウ村に行ったとはまだ誰も気づいていないはずだ」


「ノースフェル行きを決めたのは誰だ?」

「決まった時にそこに居た訳ではないけど、一週間の視察というと大ごとだ。父上にも話を通すことになる。そこまでの動きが出来るとなると、やはりハーグリーヴスしか考えられない」

「そこまで権力握ってるのかよ、あの爺さんが」

「もう代々主席補佐官として務めている家系だからな……ローレンス家の中でも家令の次か、その次くらいの力はあるよ」


「なるほどね……」

セヴランは再び資料へ視線を落とした。


次々に飛んでくる質問に答えながら、エドガーもその意図を探る。


「それで、あんたが留守の間、領内の仕事を動かせるのは? まさか爺さんの天下って訳じゃないよな?」

「今、主席補佐官のハーグリーヴスの二番手、三番手についている二人の補佐官だね。彼ら三人でローレンス領内の執務を大まかに担当分けし、そこから各担当官に仕事が割り振られる仕組みだ」


「ふーん……」

セヴランが何かを思いついたように目を細めた。


「その三人、それぞれに別の話を流せるか?」

「別の話?」

レンが訊き返す。


「……? 特に業務上、情報を共有するような場面でなければ出来ると思うけど……」


そこまで答えて、エドガーはようやく気づいた。

セヴランは最初から、ハーグリーヴスだけを見ていたわけではない。


誰が資料を見ることができるのか。

誰が何を知っているのか。


誰が領内の仕事を動かせるのか。

一つ一つ確認しながら、城の中で情報がどこからどこへ流れているのかを探っていたのだ。


「誰が何を知ってるか分からねえなら、こっちから“知ってること”を分けてやりゃいい」


「……何か、考えがあるんだね」


「まあな。ただ、これだけで誰が黒か分かるわけじゃねえ。誰かから誰かへ話が伝わる可能性もある。だが、どこから情報が漏れてるかくらいは絞れるかもしれねえ」


そう言うと、セヴランは隣に立つレンへ目を向けた。


「まあ、上手くいくかはこいつにかかってるから何とも言えんが」

ぽん、とレンの肩へ手を置く。


「俺が?」

自分だけ話についていけていなかったレンが、怪訝そうにセヴランを見る。


その顔を見て、セヴランは口の端を上げた。

「うまくいけば、調べる必要もねえかもしれねえ。向こうから名乗り出てもらおうぜ」


何か企んでいることだけは分かる笑みだった。


     ◇ ◇ ◇


 その日の夜。


エドガーは予定通り、ノースフェル地方へ向けて城を発った。


そして今、レンの居室には、エドガーから託された帳簿や資料、ローレンス領内の地図、それに何枚もの白紙が広げられていた。


その机の前に座るセヴランの左手には、酒の入ったグラス。


右手には帳簿の写し。

「……何故酒を持ってきた」

「うるせえぞ。俺は飲んだほうが頭が回るんだよ」

レンは眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。


二人がこうして集まったのは、明日からの動きを決めるためだ。

セヴランはグラスを片手に帳簿を眺め、時折地図へ視線を移しては白紙へ何かを書き込んでいる。


やがて唐突に尋ねた。

「レン、お前、石材ひと山運ぶのにどれだけ馬車が要るか知ってるか?」

「知らん」

「だろうな。じゃあブラックリッジからウィロウ村まで何日かかる?」

「……知らん」

「安心しろ。俺も知らねえ」


「……何の話だ」

「だから今、計算してんだよ」

セヴランは地図で距離を測りながら、再びペンを走らせる。


帳簿に記載されている石材の量。


採石地であるブラックリッジからウィロウ村までの距離。

そして、それだけの石材を本当に荷馬車で運んだ場合、どれほどの輸送が必要になるのか。

正確な日数や台数まで割り出すには、まだ情報が足りない。

だが、大まかな規模だけなら十分に見えてくる。


「まあ、計算するまでもなくこれだけは分かる。この帳簿通りなら、一日に何十台って荷馬車が街道を往復してなきゃおかしい」

「……何十台?」


セヴランは「はぁ~ぁ」とやる気のないため息をついて帳簿を閉じ、そのままグラスを煽った。


「……見れば見るほどアホみてえな帳簿だ。数字だけなら立派だが、これを本当に運んだってんなら、街道が馬車で詰まって村まで辿り着けねえよ。それとも錬金術でも使ったのか? ブラックリッジの石が朝にはウィロウ村に湧いて出るってか?」


「……いや待てよ、転移魔法を使えば――」


「バーカ。この国にあんなでかい転移魔法を使える魔術師が、お前とルシエラ以外に何人居ると思うんだ? 土木運搬業で稼ぐ魔術師とか聞いたことねえぞ」


皮肉を真面目に検討し始めたレンを即座に切り捨て、セヴランは帳簿の表紙を指先で叩いた。


「とにかく、この量を本当に運んだなら、村人は洪水より先に荷馬車の行列を覚えてるだろうよ。存在しねえ洪水を直すために、見た奴もいねえ石を、見た奴もいねえ馬車で運んだ。……そりゃ金だけはいくらでもかかるわな」


レンは机の上の帳簿へ目を落とした。

自分が見ても、数字が並んでいるようにしか思えなかったものだ。


だが、そこに書かれた数字を現実の石材へ置き換え、馬車へ積み、実際の街道を走らせてみれば、その異常さはレンにも分かった。


帳簿の中だけなら存在できる。

だが、それだけの物が本当に動いていたのなら、誰にも気づかれないはずがない。


「兄上は……それも知っているのだろうか」


「違和感はあるが決定打がなかったから村まで出向いたんだろ? まあ、この帳簿を書いたアホよりはよっぽど優秀だと思うけどな。金勘定はできても馬車を見たことがねえらしいな」


レンはしばらく黙って帳簿を見つめていた。


剣なら分かる。

魔法なら、自分が何をすればいいのかも分かる。


だが、これは兄がずっと向き合ってきた領政の世界だ。

自分には分からないことばかりだった。

それでも、兄がいないからといって、ただ帰りを待っているつもりはない。


「……セヴラン、兄上がいない間に俺に出来る事はあるか?」


「ある」

返事は即答だった。

「っていうか、お前にしかできねえ」


「教えてくれ」

レンの表情は真剣そのものだった。

それを見たセヴランの口の端が、ゆっくりと持ち上がる。


「簡単だ」


セヴランは三枚の紙を取り出し、机の上へ並べた。


それぞれに、明日から使うための異なる情報が書かれている。


「明日からお前には――」


レンが三枚の紙を見下ろす。

セヴランは楽しそうに笑った。


「ちょっとばかり、兄貴の仕事に興味を持ってもらうぜ」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。