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エドガー・ローレンスの憂鬱  作者: ヒナツキスバル
第二章 見えざる敵の手
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キキョウの刺繍

 洞窟から戻ったレンたち四人は、ローレンス家の応接室でテーブルを囲んでいた。


魔物が湧き出していた魔法陣。そのさらに奥から、地下へと続く謎の扉が見つかったのだ。


一行はいったん探索を切り上げ、領内の学者にも調査を依頼したうえで、今後どうするべきか話し合っていた。


「……ですから、魔物が湧き出していた魔法陣と、あの扉が無関係とは思えません。封じるにしても、まず奥を確認すべきです」


ルシエラがきっぱりと言う。


向かいに座るセヴランは不機嫌そうに腕を組み、指先で自分の腕をトントンと叩いていた。


「だから、わざわざ確認する必要があるか? 入り口ごと爆破して埋めちまえばいいんだよ」

「なんでセヴランって爆破が絡むと急に脳筋思考になるのさ?」


落ち着かなさそうにしていたカルミラが呆れた声を出すと、セヴランは半眼を向けた。

「お前にだけは言われたくねえな」


「もっと危険なものが封印されている可能性もあります」

「だからそれをも木っ端微塵にする威力の爆薬をだな……」


話がまるで噛み合っていない二人をよそに、レンは学者から受け取った調査報告書をめくっていた。


「領内の学者にも調べてもらったが、あの洞窟に関する伝承は見つからなかったそうだ。古い地図にも記載がない」


その報告を聞いたセヴランが、にやりと笑う。

「伝承すら残っていない、地図にもない。埋めちまえば帳尻が合うな」

「もう……どうしてそうなるのです!」


ルシエラが声を上げた、その時だった。

窓の外へ視線を向けていたカルミラが、ぱっと表情を明るくする。


「あ、お客さんみたいだよ。レン」


正面玄関に馬車がつけられている。

そこから降りてきた少女を見て、レンも窓の外へ目を向けた。


「ロザリーか」

「あらぁ……♡♡」

 カルミラの声が一段高くなった。


ほどなくして、応接室の扉が控えめに叩かれる。

扉を開けると、淡い黄色に薄紅色のリボンをあしらった可憐なドレス姿のロザリーが立っていた。彼女はスカートを軽く持ち上げ、優雅に礼をする。


「レン様、皆さま、またお会い出来てうれしいです」

「んんーッ♡ 今日もお姫様♡♡」

「いえ、そんな……」


いきなり距離を詰めるカルミラに、ロザリーが頬を染める。

「ミラ、そんなに近寄ってはロザリー様とレンがお話出来ませんよ」

「はっ、そうだった。あたしたち、席外そうか?」

「いえ、あの……良ければ今日は皆様も御一緒に……」


「えぇーっ♡ 良いのぉ♡♡」

「あの、旅のあいだのレン様のお話を教えて頂きたくて……」


言いながら、ロザリーの頬がみるみる赤く染まっていく。

そんな彼女を見ていたセヴランが、レンのほうへ身を寄せて小声で尋ねた。


「この間、大木の魔物を止めようとして宙吊りになった話していいか」

「やめなさい」

即座にルシエラが制した。

 

◇


 中庭へ出ようとすると、ローレンス家の侍女がお茶会の支度を申し出てくれた。


ほどなくしてテーブルの上には、小さく可愛らしい茶器と色とりどりの菓子が並べられる。


それを見たカルミラの目が、先ほどのロザリーを見た時と同じくらい輝いた。


そんな中、ロザリーは隣に座るレンへ遠慮がちに尋ねた。


「レン様は、いつまでこちらへいらっしゃるのですか……?」

「まだ決めていない。洞窟の調査が終われば発つつもりだ」

「そう……ですか……」


ロザリーの顔が露骨にしょんぼりする。

それを見たルシエラが、すかさず口を挟んだ。


「それが、思ったより調査が長引いていて。もうしばらくはこちらにお世話になるようです」

「……! では、もうしばらくはいらっしゃるのですね!」

先ほどまで沈んでいた顔が、ぱっと明るくなる。

「そうなの♡ まだいるよぉ♡ ねっ! レン」

「……? ああ……」


何をそんなに喜んでいるのか分からないらしいレンを横目に、カルミラは興味なさそうに座っていたセヴランへ身を寄せた。


「セヴラン!」

「あ?」

「ロザリーちゃんになんかレンの良いとこ話して!」

「は? お前が話せよ」

「ポンコツ話しか出てこないの!」

「お前に出て来ないもん俺がひねり出せると思うのか?」

「いいから!」


無茶を言われたセヴランは面倒そうに眉を寄せた。


「えーと……そうだな……レンは……意外と料理がうまい」

その瞬間、ロザリーの顔がぱぁっと輝いた。

「そうなのですか?」

「ああ。あり合わせの材料でもけっこう美味い飯ができる。あれは助かる」


「確かにー! レンの作る肉の煮込みとか美味しいよね!」

「レン様はやっぱり何でもお出来になるのですね……」


感心したようにレンを見つめるロザリーに、本人少し考えてから言った。

機会があればロザリーも野営してみるか」


「……えっ」


「ロザリー様、お気になさらず……」

ルシエラが静かにフォローした。


◇


 それからしばらくして、レン以外の三人を交えた話が盛り上がっている隙に、ルシエラがそっとロザリーへ目配せした。


その意図を察したロザリーは、おずおずとレンへ近づく。


「あの、レン様……少しだけよろしいでしょうか」

「なんだ?」


「お渡ししたいものが……」

二人はほかの三人から少し離れた場所へ移動した。

ロザリーは緊張した面持ちで、小さく畳まれた布を差し出す。

「あの、これ……レン様にお渡ししたくて」

「俺に?」


レンが受け取って広げると、それは刺繍入りのハンカチだった。

これまでロザリーが好んでいた、全面にレース刺繍やフリルをあしらった華美なものとは違う。旅先でも使えるようにしっかりした生地が選ばれ、端もほつれにくいよう丁寧に縫われている。


そこには濃い紫色のキキョウの花が、繊細な糸で幾重にも刺繍されていた。

「せっかくですから、旅にもお連れいただけるようなものをと思いまして……」


「これは……すごいな。丈夫に作ってある。これなら旅にも持っていけそうだ」

レンはハンカチを広げ、感心したようにしげしげと眺めている。


実用性を褒められるとは思っていなかったロザリーは少し戸惑ったものの、意を決したように口を開いた。


「あの、レン様」

「なんだ」

「その花の意味を、ご存知ですか……?」


レンは刺繍された花へ目を落とし、少し考え込んだ。

「知らん」

「…………」


ロザリーが固まる。


しかしレンは、そんな彼女の反応には気づかず顔を上げた。


「それより、ロザリー」

「はい」


「手を」


「えっ?」


レンがロザリーの左手を取った。


「レ、レン様?」


突然のことにロザリーの顔が赤くなる。

けれどレンが見ていたのは、その指先だった。

細く割いた布が巻かれている。


「怪我をしたのか?」

「あ……これは、その……」

レンは手元のハンカチと、ロザリーの指先を見比べた。


「……これを縫っていて?」

「……何度か、針を刺してしまって」

「……見せてくれ」


 巻かれていた布を外すと、指先には刺繍針でついた小さな傷がいくつか残っていた。


レンが小さく治癒魔法を詠唱する。

ロザリーの指先に小さな魔法陣が宿り、柔らかな緑色の光が傷を包み込んだ。やがて光が消えると、そこにあった小さな傷も綺麗になくなっている。

「これで大丈夫だ」


「…………」


「ロザリー?」


「……はい……」


「俺のために怪我をする必要はない。次から気をつけてくれ」


「……はい……♡」


 手を取られたまま、ロザリーはすっかり夢見心地になっていた。


◇


「あーっ! 帰ってきたよ♡」

二人が戻るなり、カルミラが真っ先に声を上げる。

「ロザリーちゃん、なんか顔赤い!」


「………」


「レン、それは?」

ルシエラがレンの手元へ目を向けた。

「ああ、ロザリーにもらった」

レンは紫のキキョウが刺繍されたハンカチを、皆に見える高さへ掲げた。

「レ、レン様っ」


「うわぁ〜♡ キレイ♡♡」

「……」

セヴランは黙り込み、ルシエラも何とも言えない顔でハンカチを見つめる。


「レン……その刺繍の花が何かは?」

「確か、咳止めの薬になる草ではなかったか」 

セヴランが深々と息を吐いた。


「ロザリー嬢、こいつは下手な魔物より手強いぞ……」

「どういう意味だ」


「ロザリー様……ご苦労、お察しします」


ルシエラまで労わるような目を向けてくる。


ロザリーは自分の刺繍を皆の前で堂々と公開された恥ずかしさに、耳まで真っ赤になっていた。


「い、良いんです! レン様が受け取ってくださったので……」


それだけは、はっきりと言い切った。


◇


 しばらくして。


「少し……こちらへ……」


今度はルシエラがロザリーを誘い、皆から少し離れた場所へ連れていった。


「ロザリー様」


「はい?」


「もしよろしければ、今度わたしからお手紙を差し上げても?」


「わたくしに?」


「ええ。……いろいろと、お話ししたいことがあります」


ロザリーの瞳が輝いた。


「……ぜひ!」


それが、二人の長い文通の始まりとなった。

これからルシエラの消息が途絶えるまで、そのやり取りは長く続くことになる。





この日も二人の内緒話は、しばらく終わらなかった。


「……レンは、昔からああなのです」

「……やっぱり、そうなんですの?」


挿絵(By みてみん)



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