キキョウの刺繍
洞窟から戻ったレンたち四人は、ローレンス家の応接室でテーブルを囲んでいた。
魔物が湧き出していた魔法陣。そのさらに奥から、地下へと続く謎の扉が見つかったのだ。
一行はいったん探索を切り上げ、領内の学者にも調査を依頼したうえで、今後どうするべきか話し合っていた。
「……ですから、魔物が湧き出していた魔法陣と、あの扉が無関係とは思えません。封じるにしても、まず奥を確認すべきです」
ルシエラがきっぱりと言う。
向かいに座るセヴランは不機嫌そうに腕を組み、指先で自分の腕をトントンと叩いていた。
「だから、わざわざ確認する必要があるか? 入り口ごと爆破して埋めちまえばいいんだよ」
「なんでセヴランって爆破が絡むと急に脳筋思考になるのさ?」
落ち着かなさそうにしていたカルミラが呆れた声を出すと、セヴランは半眼を向けた。
「お前にだけは言われたくねえな」
「もっと危険なものが封印されている可能性もあります」
「だからそれをも木っ端微塵にする威力の爆薬をだな……」
話がまるで噛み合っていない二人をよそに、レンは学者から受け取った調査報告書をめくっていた。
「領内の学者にも調べてもらったが、あの洞窟に関する伝承は見つからなかったそうだ。古い地図にも記載がない」
その報告を聞いたセヴランが、にやりと笑う。
「伝承すら残っていない、地図にもない。埋めちまえば帳尻が合うな」
「もう……どうしてそうなるのです!」
ルシエラが声を上げた、その時だった。
窓の外へ視線を向けていたカルミラが、ぱっと表情を明るくする。
「あ、お客さんみたいだよ。レン」
正面玄関に馬車がつけられている。
そこから降りてきた少女を見て、レンも窓の外へ目を向けた。
「ロザリーか」
「あらぁ……♡♡」
カルミラの声が一段高くなった。
ほどなくして、応接室の扉が控えめに叩かれる。
扉を開けると、淡い黄色に薄紅色のリボンをあしらった可憐なドレス姿のロザリーが立っていた。彼女はスカートを軽く持ち上げ、優雅に礼をする。
「レン様、皆さま、またお会い出来てうれしいです」
「んんーッ♡ 今日もお姫様♡♡」
「いえ、そんな……」
いきなり距離を詰めるカルミラに、ロザリーが頬を染める。
「ミラ、そんなに近寄ってはロザリー様とレンがお話出来ませんよ」
「はっ、そうだった。あたしたち、席外そうか?」
「いえ、あの……良ければ今日は皆様も御一緒に……」
「えぇーっ♡ 良いのぉ♡♡」
「あの、旅のあいだのレン様のお話を教えて頂きたくて……」
言いながら、ロザリーの頬がみるみる赤く染まっていく。
そんな彼女を見ていたセヴランが、レンのほうへ身を寄せて小声で尋ねた。
「この間、大木の魔物を止めようとして宙吊りになった話していいか」
「やめなさい」
即座にルシエラが制した。
◇
中庭へ出ようとすると、ローレンス家の侍女がお茶会の支度を申し出てくれた。
ほどなくしてテーブルの上には、小さく可愛らしい茶器と色とりどりの菓子が並べられる。
それを見たカルミラの目が、先ほどのロザリーを見た時と同じくらい輝いた。
そんな中、ロザリーは隣に座るレンへ遠慮がちに尋ねた。
「レン様は、いつまでこちらへいらっしゃるのですか……?」
「まだ決めていない。洞窟の調査が終われば発つつもりだ」
「そう……ですか……」
ロザリーの顔が露骨にしょんぼりする。
それを見たルシエラが、すかさず口を挟んだ。
「それが、思ったより調査が長引いていて。もうしばらくはこちらにお世話になるようです」
「……! では、もうしばらくはいらっしゃるのですね!」
先ほどまで沈んでいた顔が、ぱっと明るくなる。
「そうなの♡ まだいるよぉ♡ ねっ! レン」
「……? ああ……」
何をそんなに喜んでいるのか分からないらしいレンを横目に、カルミラは興味なさそうに座っていたセヴランへ身を寄せた。
「セヴラン!」
「あ?」
「ロザリーちゃんになんかレンの良いとこ話して!」
「は? お前が話せよ」
「ポンコツ話しか出てこないの!」
「お前に出て来ないもん俺がひねり出せると思うのか?」
「いいから!」
無茶を言われたセヴランは面倒そうに眉を寄せた。
「えーと……そうだな……レンは……意外と料理がうまい」
その瞬間、ロザリーの顔がぱぁっと輝いた。
「そうなのですか?」
「ああ。あり合わせの材料でもけっこう美味い飯ができる。あれは助かる」
「確かにー! レンの作る肉の煮込みとか美味しいよね!」
「レン様はやっぱり何でもお出来になるのですね……」
感心したようにレンを見つめるロザリーに、本人少し考えてから言った。
機会があればロザリーも野営してみるか」
「……えっ」
「ロザリー様、お気になさらず……」
ルシエラが静かにフォローした。
◇
それからしばらくして、レン以外の三人を交えた話が盛り上がっている隙に、ルシエラがそっとロザリーへ目配せした。
その意図を察したロザリーは、おずおずとレンへ近づく。
「あの、レン様……少しだけよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「お渡ししたいものが……」
二人はほかの三人から少し離れた場所へ移動した。
ロザリーは緊張した面持ちで、小さく畳まれた布を差し出す。
「あの、これ……レン様にお渡ししたくて」
「俺に?」
レンが受け取って広げると、それは刺繍入りのハンカチだった。
これまでロザリーが好んでいた、全面にレース刺繍やフリルをあしらった華美なものとは違う。旅先でも使えるようにしっかりした生地が選ばれ、端もほつれにくいよう丁寧に縫われている。
そこには濃い紫色のキキョウの花が、繊細な糸で幾重にも刺繍されていた。
「せっかくですから、旅にもお連れいただけるようなものをと思いまして……」
「これは……すごいな。丈夫に作ってある。これなら旅にも持っていけそうだ」
レンはハンカチを広げ、感心したようにしげしげと眺めている。
実用性を褒められるとは思っていなかったロザリーは少し戸惑ったものの、意を決したように口を開いた。
「あの、レン様」
「なんだ」
「その花の意味を、ご存知ですか……?」
レンは刺繍された花へ目を落とし、少し考え込んだ。
「知らん」
「…………」
ロザリーが固まる。
しかしレンは、そんな彼女の反応には気づかず顔を上げた。
「それより、ロザリー」
「はい」
「手を」
「えっ?」
レンがロザリーの左手を取った。
「レ、レン様?」
突然のことにロザリーの顔が赤くなる。
けれどレンが見ていたのは、その指先だった。
細く割いた布が巻かれている。
「怪我をしたのか?」
「あ……これは、その……」
レンは手元のハンカチと、ロザリーの指先を見比べた。
「……これを縫っていて?」
「……何度か、針を刺してしまって」
「……見せてくれ」
巻かれていた布を外すと、指先には刺繍針でついた小さな傷がいくつか残っていた。
レンが小さく治癒魔法を詠唱する。
ロザリーの指先に小さな魔法陣が宿り、柔らかな緑色の光が傷を包み込んだ。やがて光が消えると、そこにあった小さな傷も綺麗になくなっている。
「これで大丈夫だ」
「…………」
「ロザリー?」
「……はい……」
「俺のために怪我をする必要はない。次から気をつけてくれ」
「……はい……♡」
手を取られたまま、ロザリーはすっかり夢見心地になっていた。
◇
「あーっ! 帰ってきたよ♡」
二人が戻るなり、カルミラが真っ先に声を上げる。
「ロザリーちゃん、なんか顔赤い!」
「………」
「レン、それは?」
ルシエラがレンの手元へ目を向けた。
「ああ、ロザリーにもらった」
レンは紫のキキョウが刺繍されたハンカチを、皆に見える高さへ掲げた。
「レ、レン様っ」
「うわぁ〜♡ キレイ♡♡」
「……」
セヴランは黙り込み、ルシエラも何とも言えない顔でハンカチを見つめる。
「レン……その刺繍の花が何かは?」
「確か、咳止めの薬になる草ではなかったか」
セヴランが深々と息を吐いた。
「ロザリー嬢、こいつは下手な魔物より手強いぞ……」
「どういう意味だ」
「ロザリー様……ご苦労、お察しします」
ルシエラまで労わるような目を向けてくる。
ロザリーは自分の刺繍を皆の前で堂々と公開された恥ずかしさに、耳まで真っ赤になっていた。
「い、良いんです! レン様が受け取ってくださったので……」
それだけは、はっきりと言い切った。
◇
しばらくして。
「少し……こちらへ……」
今度はルシエラがロザリーを誘い、皆から少し離れた場所へ連れていった。
「ロザリー様」
「はい?」
「もしよろしければ、今度わたしからお手紙を差し上げても?」
「わたくしに?」
「ええ。……いろいろと、お話ししたいことがあります」
ロザリーの瞳が輝いた。
「……ぜひ!」
それが、二人の長い文通の始まりとなった。
これからルシエラの消息が途絶えるまで、そのやり取りは長く続くことになる。
この日も二人の内緒話は、しばらく終わらなかった。
「……レンは、昔からああなのです」
「……やっぱり、そうなんですの?」




