EP 7
極道流・おとしまえの流儀。ウチのシマを荒らす犬コロには、絶望と恐怖を刻み込んだるわ
「ひっ……!」
額にピタリと押し当てられた、まだ熱を帯びている銃口。
王家直属の暗殺部隊『黒犬』の隊長は、恐怖で喉をヒュッと鳴らし、その場にへたり込んだ。
先程まで彼らが纏っていた「王家の精鋭」としての自負など、あの規格外の魔力弾が一発放たれた瞬間に、チリ芥となって消え去っていた。
「さあて。威嚇はここまでじゃ」
ハルコは冷たく見下ろしたまま、トカレフの撃鉄を親指でゆっくりと戻す。
その僅かな金属音すら、今の暗殺者たちにとっては死神の足音のように響いたはずだ。
「誰の指図で動いとるんかは、聞くまでもないわな。あのポンコツ王子と、泥棒猫の浅知恵じゃろ? ウチのタマァ獲れば、全て丸く収まると思うたんか?」
「…………っ」
「図星か。ホンマ、他人の命をなんじゃと思っとるんかあのドアホどもは」
ハルコが呆れたようにため息をついた、その瞬間。
「た、隊長から離れろ、この悪魔ァッ!」
背後の暗闇から、辛うじて戦意を残していた二人の暗殺者が、音もなく飛び出してきた。
手には即効性の猛毒が塗られた短剣。ハルコの背中と首筋を同時に狙う、完璧な奇襲――のはずだった。
「アネさんの背中に、チンピラが気安く手ぇ出しとんちゃうぞボケェッ!!」
暗殺者たちの凶刃が届くより早く、真紅の竜巻が巻き起こった。
神獣カレンだ。
極彩色に彩られた着物ドレスの袖が翻ったかと思うと、彼女の白く細い脚が、空気を切り裂くような恐ろしい速度で跳ね上がった。
ゴシャァッ!!
「がぼァッ!?」
「ごッ……!」
カレンの回し蹴りが、二人の暗殺者の鳩尾に同時に炸裂する。
神獣の圧倒的な身体能力から繰り出された一撃は、分厚い革の防具ごと彼らの肋骨を粉砕し、二人はボールのように中庭の端まで吹き飛ばされ、そのままピクリとも動かなくなった。
「カレン。殺しちゃおらんじゃろうな?」
「アネさんの言いつけやからな、ギリギリ手ぇ抜いたったわ。五体満足やないけど、命はあるで」
「上等じゃ」
ハルコは背後を一瞥することもなく、再び隊長へと視線を戻す。
圧倒的な暴力の差。自分たちが束になっても、この二人の女には指一本触れることすらできない。その絶望的な事実を前に、残された暗殺者たちは次々と武器を捨て、地面に這いつくばった。
「ヒィィ……許して、命だけはっ……!」
「我々は、命令に従っただけで……!」
無様に命乞いを始める男たちを見て、ハルコはチッと舌打ちをした。
「やかましいわ。命令されたからやりましたで通るんなら、警察も騎士団もいらんのじゃ。ウチのシマに泥靴で上がり込んで殺しにきといて、今さら被害者ヅラすな」
ハルコはヒールで隊長の肩を蹴り飛ばし、仰向けに転がした。
そして、その胸ぐらを掴んで強引に上体を持ち上げると、ドス黒い殺気を込めた瞳で睨みつける。
「ええか、よう聞け。ウチらは極道じゃ。売られた喧嘩は倍にして返すんが礼儀やけどな、今回は特別に見逃したる」
「み、見逃す……?」
「ああ。おどれら全員殺してしもうたら、あのバカどもに『伝言』頼めんけえな」
ハルコは隊長の懐に手を突っ込み、彼らが身につけていた『王家直属の暗殺部隊の証』である黒いメダルをむしり取った。
「あのバカ王子と雌犬にこう伝ええ。『次はない。今度ウチの身内に手ぇ出したら、王宮ごと蜂の巣にしたる』……ってな」
「ひっ……!」
「さっさと失せえ。次にウチの前に面ァ見せたら、その時はミンチにして豚の餌にしたるわ」
ハルコが手を離すと、隊長は転がるようにして距離を取り、「ひぃぃっ! 退却、退却だァッ!」と情けない悲鳴を上げた。
気絶した仲間を引きずり、暗殺者たちは来た時よりも遥かに早い速度で、闇の中へと逃げ去っていった。
後に残されたのは、粉々に吹き飛んだ外壁と、完全に戦意を喪失して逃げ帰った男たちの無様な足跡だけだ。
「……ふぅ。とりあえず、一回目のカチコミはこんなもんか」
ハルコが乱れたドレスを整えていると、パチパチパチ、と二階のテラスから優雅な拍手が降ってきた。
ユリウスだ。彼はワイングラスを置き、バルコニーから軽やかに飛び降りると、一直線にハルコの元へ歩み寄ってきた。
「素晴らしい……。君の慈悲深さ、そして敵の心を根底からへし折るその手腕。ああ、私の心はまたしても君に奪い尽くされてしまった」
ユリウスは恍惚とした表情でハルコの腰を抱き寄せ、その頬に熱い口付けを落とそうとする。
「やめぇや、暑苦しい。慈悲で逃がしたわけやないわ」
ハルコはユリウスの顔を手のひらで押し返し、先程むしり取った『黒犬』のメダルを彼に向けて放り投げた。
「証拠を残して、アイツらを外堀から埋めるためじゃ。……これで、公爵家に正当防衛の理由ができたじゃろ?」
ユリウスは空中でメダルをキャッチすると、それを月の光にかざした。
王家の紋章が刻まれた、暗殺部隊の証。
これこそが、ハルコが命乞いをする彼らを生かして帰した最大の理由だった。
「……なるほど。彼らが置いていったこの証拠と、生き証人たち。これさえあれば、合法的に王家に牙を剥くことができる」
ユリウスの青い瞳が、獲物を見つけた捕食者のように細められる。
「エドワード殿下の派閥を支える貴族たちの不正を暴き、王家の資金源である商会を裏から全て叩き潰す。王家を社会的に、そして経済的に完全に孤立させ、あの豚どもを干上がらせてやろう」
「えげつない男やで、ホンマに。……ま、頼りにはしとるけどな」
「君に褒められるのが、私にとって最高の報酬だ、愛しき妻よ」
物理的な「暴力」で敵を圧倒するハルコとカレン。
そして、その暴力を最大限に活かし、社会的・政治的な「権力」で敵を完全に社会抹殺するユリウス。
この瞬間、表と裏、両方の絶対的な力を持つ『最凶の極道ファミリー』の連携が、完全に噛み合ったのだ。
「ヒュー! さすがユリウスの旦那や、悪い顔しとるで! アネさん、こりゃ明日から忙しゅうなるな!」
カレンが嬉しそうに笑いながら、ハルコの肩に腕を回す。
「ああ。バカ王子と雌犬が、絶望で泣き叫ぶ顔が見物じゃな」
ハルコは夜空を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。
自分を陥れた愚か者たちへの、本当の『ざまぁ』の時間が、いよいよ幕を開けようとしていた。
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