EP 5
スパダリ公爵の過保護な魔力注入。迫る暗殺者と、極道の妻の覚悟
ズドォォォォォォンッ!!
鼓膜を劈くような轟音が、公爵邸の広大な地下訓練場に響き渡った。
数十メートル先に設置されていた、厚さ三十センチの強固なミスリル製の標的。それが、たった一発の銃弾によって飴細工のようにひしゃげ、爆発と共に木端微塵に吹き飛んだのだ。
「……ひゅーっ。こりゃたまげたな。えげつない威力じゃ」
私は立ち上る硝煙をフッと吹き飛ばし、手の中の『無限トカレフ』を見つめた。
黒光りする銃身には、現在、細かな幾何学模様――魔法陣がびっしりと刻み込まれ、妖しい青の光を明滅させている。
「いかがかな、私の愛しきハルコ。君の相棒(武器)の使い心地は」
背後から、ひんやりとした冷水のような、けれど私にだけは甘く蕩けるような声が降ってくる。
ユリウスだ。彼は私の背中にぴったりと身を寄せ、私の右手に自分の大きな手を重ねていた。
「我がオブシディアン家が誇る錬金術師たちに、君の暗器の構造を解析させた。そして、私の莫大な魔力を超高密度に圧縮し、弾丸として具現化する『魔力変換陣』を組み込んだのだ。これなら君の体力を削ることなく、大砲並みの火力を無限に連射できる」
「いや、火力は文句なしに最高なんじゃけどな」
私は引きつる頬を抑えながら、背中のユリウスを肘で軽く小突いた。
「おどれ、距離が近すぎるわ。さっきからウチの腰に手ぇ回して、耳元で喋んなや。くすぐったいじゃろが」
「君が強力な反動で怪我をしないか心配でね。こうして支えていなければ、私が不安で死んでしまう」
息をするように重すぎる愛を囁きながら、ユリウスは全く離れる気配を見せない。
それどころか、私の手首に顔を埋め、ふわりと香る彼の冷たい香水と、男性特有の熱がダイレクトに伝わってくる。
(……っ、この男、ホンマに心臓に悪いわ!)
前世で血生臭い抗争をくぐり抜けてきた『極道の女』の私だが、こういう甘い雰囲気には致命的に弱い。
顔に熱が集まるのを感じながら、私は強引にユリウスの腕から抜け出した。
その様子を見ていた訓練場の隅から、クスクスと笑い声が聞こえる。
「ヒュー! アネさん、顔真っ赤やで! 公爵サマの猛アタックにタジタジやないですか!」
「う、うるさいわカレン! アホなこと言うとらんと、お前も新しい弾丸の試し撃ちしてみい!」
普段のモフモフとした赤い子竜の姿で、備え付けのクッションの上でバクバクと高級マカロンを頬張っているカレンに八つ当たりをする。
「さて、実験はこれくらいにして、ティータイムにしようか。ハルコも少し疲れただろう」
ユリウスが優雅に微笑むと、それまで壁際で息を殺して震えていた錬金術師や研究員たちが、ホッと安堵の溜息を漏らした。
彼らにとって、冷酷無比なユリウスは恐怖の対象そのものだ。事実、少しでも弾丸の威力がユリウスの想定を下回った時、彼は「私の妻にこんな不出来な玩具を渡す気か?」と、文字通り部屋の温度を氷点下まで下げて錬金術師たちの首を刎ねようとしたのだ。私が「ええから落ち着けボケ」と頭を叩いて止めなければ、大惨事になっていただろう。
「お前らもご苦労やったな。ええ仕事してくれたわ、ホンマにおおきに」
私が錬金術師たちに片手を上げて労うと、彼らは涙ぐみながら「は、ハルコ様ぁ……!」と拝むように頭を下げた。どうやら、この屋敷での私の扱いは完全に『組長のストッパーを担う姐さん』として定着しつつあるらしい。
地下から中庭のテラスへ移動すると、すでに最高級の紅茶と色とりどりのケーキが用意されていた。
温かい日差しの中、私はソファに深く腰を掛け、新しくなったトカレフの手入れを始める。カレンは美女の姿(極道ドレス)に人化し、「ウチはこのモンブランもらうで!」と幸せそうにケーキを頬張っている。
「ハルコ。銃の手入れなど使用人にやらせればいい。君の美しい手が油で汚れてしまう」
ユリウスが私の向かいに座り、甘い瞳で微笑みかけてくる。
「アホ言うな。自分の命を預けるチャカ(相棒)の面倒を他人任せにする極道がおるかい。それに……ウチはこういう時間が、嫌いじゃないんじゃ」
ふと、口からこぼれた本音。
柔らかな日差し。美味しい紅茶。信頼できるツレ(妹分)と、ちょっと重すぎるけれど、私の全てを受け入れてくれる狂信的な男。
前世では、いつ命を落とすかわからないヒリヒリとした毎日だった。だからこそ、こういう『家族』と過ごす穏やかな時間が、ひどく心地よかった。
(……このシマ(居場所)は、ウチが絶対に守り抜く)
私がそう決意を新たにした、その時だった。
スッ……と、中庭の木陰から、一人の黒装束の男が音もなく現れた。
オブシディアン公爵家が飼う、裏の諜報部員(影)だ。
「……旦那様。姐さん。ご報告がございます」
影の男が片膝をつき、深く頭を下げる。
「言え。ハルコとの茶の時間を邪魔したのだ、それ相応の価値のある報告なのだろうな?」
ユリウスの声が、一瞬にして『甘い夫』から『冷酷なマフィアのドン』のそれに切り替わる。その温度差に、影の男は微かに肩を震わせながら口を開いた。
「はっ。王都に潜ませていた間者からの知らせによりますと……現在、エドワード殿下とマリア男爵令嬢が、当領地への派兵を強行しようと企てているとのこと」
「ほう?」
ユリウスが目を細め、私は手入れ用の布を置いて耳を傾けた。
「あのバカ王子、ウチに足撃たれてまだ数日しか経っとらんのに、もう動けるんか?」
「いえ、殿下の右脚は当分使い物になりません。しかし、マリア令嬢が殿下を焚きつけ、『公爵家は反逆を企てている。あの悪役令嬢を暗殺し、神獣を王家のものにすれば、殿下の名誉は回復する』と吹き込んでいるようで」
「……なるほど」
影の男の報告を聞き終えた瞬間。
ピキッ、と。ユリウスの持っていた最高級のボーンチャイナのティーカップが、彼の手の中で粉々に砕け散った。
「あの豚ども……私から奪った命で生き長らえさせてやっているというのに、我が妻の命と、大切な神獣どのを狙うというのか」
ゴゴゴゴゴ……と、ユリウスの全身から、漆黒の魔力が立ち上り始める。
周囲の植物が冷気に当てられて次々と枯れ果て、中庭の空気が氷点下まで急降下した。
「影よ。全暗殺部隊を招集しろ。今夜中に、王宮にいるあのゴミ共の首を一つ残らず切り落とし、ハルコの足元に並べて――」
「まあ待て、ユリウス」
私はスッと手を伸ばし、ユリウスの頬を軽く叩いてその暴走を止めた。
「ハルコ……? なぜ止める。あいつらは君を社会的に殺そうとしただけでなく、今度は物理的に命を狙ってきたのだぞ」
「だからじゃ」
私は立ち上がり、青い光を帯びた『無限トカレフ』の撃鉄をチャカッと起こした。
「他人のふんどしで相撲取って、裏からコソコソ手ぇ回すようなド三流のチンピラに、アンタが手を下す必要はない。ウチのシマを荒らしに来るって言うんなら……極道の女として、キッチリ『おとしまえ』の付け方を教えたる」
私の顔には、きっと前世の『組の姐さん』だった頃と同じ、凶悪な笑みが浮かんでいたはずだ。
その私の表情を見たユリウスは、先程までの怒気を嘘のようにスッと引っ込め、呆然と私を見つめた後……恍惚とした溜息を漏らした。
「……ああ、なんと美しい。君のその自信に満ちた獰猛な顔を見るだけで、私は気が狂いそうになる」
「ホンマ、あんたはブレん男やな」
呆れる私に、美女の姿のカレンが「ヒュー! アネさん、やっとカチコミやな!」と指の関節をバキバキと鳴らしながら立ち上がった。
「影の。その王家の暗殺部隊とやらがウチの領地に足を踏み入れるのは、いつ頃になりそうじゃ?」
「はっ。彼らの足であれば、明日の夜半には……」
「上等じゃ」
私はトカレフをガーターベルトに滑り込ませ、不敵に笑う。
公爵家の財力と魔力で完成した最強の武器。そして、絶対に背中を預けられるツレとスパダリ公爵。
「歓迎会の準備じゃ。雌犬の浅知恵ごと、正面から全部叩き潰したるわ」
嵐の前の静けさが、公爵領に降り立とうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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