EP 4
極道公爵邸への凱旋。スパダリの異常な溺愛と、ツレ(神獣)による男の品定め
王宮からの帰り道、ユリウス公爵の豪奢な馬車に揺られること数十分。
王都の喧騒から少し離れた、静寂な森の奥深くにその屋敷はあった。
「……ほう」
馬車から降りた私は、目の前にそびえ立つ黒亜の豪邸を見上げて、思わず感嘆の息を漏らした。
歴史を感じさせる重厚な造り。しかし、どこか冷たく、血の匂いが染み付いているような、独特の威圧感を放っている。
門前には、一糸乱れぬ動きで整列した黒服の男たち(どう見ても堅気ではない使用人たち)がズラリと並んでいた。
「「「お帰りなさいませ、旦那様!! そして、姐さん!!」」」
ドス黒いオーラを放つ黒服たちが、見事な直角のお辞儀で私たちを出迎える。
その光景は、公爵家の帰還というより、完全に『組長の凱旋』だった。
「……おいユリウス。あんた、ここホンマに公爵邸か? ウチにはどう見ても、裏社会の本家にしか見えんのじゃけど」
「お褒めの言葉と受け取っておこう、私の愛しき妻よ。彼らは我がオブシディアン家の『掃除屋』も兼ねた優秀な使用人たちだ。今日から君の手足として、好きにこき使ってくれて構わない」
ユリウスは全く悪びれる様子もなく、私の腰にスッと腕を回してきた。
自然すぎるエスコート。だが、その距離感があまりにも近い。彼から漂う、高級な葉巻と冷たい香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ちょっ……近くないか? あんた、サラッとウチのこと『妻』呼ばわりしとるけど、まだ返事した覚えはないで」
「そうだったかな。あの血濡れた大広間で、君の瞳は確かに私を受け入れていたように見えたが」
「アホ言え。あんたが勝手に跪いてきたんじゃろが」
口では強気に言い返すが、ユリウスが私を見つめる青い瞳は、冗談抜きで熱を帯びていた。
冷酷無比な『黒曜石の公爵』と呼ばれている男が、私にだけ向ける、甘く、ねっとりとした狂信的な熱。
前世で修羅場は散々くぐってきたが、こういう『本気のオス』からのストレートな好意には、正直言って免疫がない。
「……っ、ええから離れぇや。歩きにくいんじゃ」
「君が照れている顔も、たまらなく愛おしいよ」
「て、照れてなんかないわボケ!」
私が思わず顔を赤くしてユリウスの胸板を押し返そうとした、その時だった。
二人の間に、ドスッ! と何かが割り込んできた。
「はいはい、そこまでや。あんまりウチのアネさんに気安く触らんといてえな、優男」
極彩色に彩られた着物ドレスを翻し、神獣カレンがユリウスをキッと睨みつける。
彼女は私の前に立ち塞がるようにして、ユリウスとバチバチと視線を交張らせた。
「……紅蓮竜どの。私はハルコと愛の語らいをしている最中なのだが?」
ユリウスが不機嫌そうに目を細める。その声には、周囲の空気が凍りつくような冷気が混じっていた。並の人間なら即死レベルの威圧感だ。
だが、相手は国を滅ぼす伝説の神獣である。
「アネさんはな、そんじょそこらの安い女とは格が違うんや。いくら公爵様かて、アネさんの隣に立つ器があるかどうか、ウチがしっかり見極めさせてもらうで」
カレンは腕を組み、喉の奥でグルルと竜の唸り声を響かせた。
「ええか、よう聞けや。もしアンタが、アネさんを裏切ったり、アネさんのその綺麗な顔に悲しい涙を流させたりしてみい。その時はアンタがどれだけ偉い貴族やろうが、ウチが頭から丸齧りにして、骨まで噛み砕いたるからな。……覚悟、できとるんか?」
大広間にピリッとした緊張感が走る。
黒服の使用人たちが息を呑む中、ユリウスはカレンの殺気を真っ向から浴びながら……ふっと、極上の微笑みを浮かべた。
「――愚問だな」
「なんやと?」
「もし私が彼女を裏切り、その美しい瞳から一滴でも悲哀の涙を流させたなら……君が私を食い殺す前に、私自身の手でこの心臓をえぐり出し、彼女の足元に捧げよう。私にとってハルコは、すでに私の命そのもの。彼女のいない世界など、一秒たりとも生きる価値はない」
淀みなく言い切ったユリウスの言葉に、嘘や虚勢は一切なかった。
あまりにも重く、狂気的で、一途すぎる愛の誓い。
それを聞いたカレンは、しばらくユリウスの瞳をじっと見つめ返していたが……やがて、フッと毒気を抜かれたように笑った。
「……ふん。口だけやないみたいやな。ええ覚悟しとるやんか、公爵サマ。とりあえず、合格や」
「光栄だ。最強の妹分からの承認を得られて、私も心強いよ」
カレンがパンパンと手を叩いて道を開ける。
どうやら、彼なりの『男の品定め』は終わったらしい。
(いや、ちょっと待て。勝手にウチの保護者ヅラして話進めんなや!)
私がツッコミを入れる間もなく、ユリウスは再び私の手を取り、うやうやしく口付けを落とした。
「さて、我が家へようこそ、ハルコ。君の部屋は、私の寝室の隣の、一番日当たりの良いスイートルームを用意させてある。ドレスも宝石も、君の好みのものを領中の商人から集めさせよう」
「宝石やらヒラヒラのドレスなんて柄やないわ。ウチは動きやすい服と、美味い飯と、寝る場所があればそれで十分じゃ」
「欲のないところも素晴らしい。だが、私からのせめてもの誠意だ。受け取ってくれ」
そのまま強引にエスコートされ、豪華絢爛な応接室のソファに腰を下ろす。
最高級の紅茶が運ばれてくる中、ユリウスは私の太もも――正確には、ガーターベルトに収まっている『無限トカレフ』に、興味深そうに視線を向けた。
「ところで、ハルコ。夜会で君が使っていたその『暗器』だが……素晴らしい威力だった。あれは、どのような構造になっているのだ?」
「ああ、これか」
私はドレスの裾を少しめくり、黒光りするトカレフを抜いてテーブルの上にコトリと置いた。ユリウスの目が少年のような好奇心に輝く。
「前世……いや、昔馴染みの相棒でな。私が『撃ちたい』と念じれば、私の魔力を弾丸に変えて無限に撃ち出せる固有魔法みたいなもんじゃ。まあ、威力はそれなりにあるが、魔力を込めすぎるとウチの体がもたんのが難点じゃな」
「なるほど。自身の魔力を物理的な破壊力に変換する触媒、というわけか」
ユリウスは顎に手を当て、何かを計算するように冷たい瞳を細めた。
「……ハルコ。もし、その武器の弾丸に、私の魔力や、我が家のお抱え錬金術師たちが精製した『特級魔石』の力を付与できたら、どうなると思う?」
「は?」
「君の魔力消費をゼロにした上で、威力だけを十倍……いや、大砲並みに引き上げることができるかもしれない」
ユリウスの提案に、私は目を見開いた。
この無限トカレフは便利だが、ファンタジー世界の巨大な魔物や、強力な防御魔法を使う騎士団の盾をぶち抜くには、少し火力が足りないと感じていたのだ。
もし、この冷酷公爵の莫大な魔力と資金力で、トカレフの弾丸を『強化・カスタム』できるとしたら。
「……おどれ、本気で言うとるんか?」
私がニヤリと笑うと、ユリウスもまた、悪魔のような美しい笑みを返してきた。
「もちろん本気だ。君が戦場で最高に輝けるよう、私の持つ全ての財力と技術を君の武器に注ぎ込もう。明日から早速、工房を手配する」
「ひゃー、アネさんのチャカが大砲になったら、もうこの国で敵なしやないですか!」
モフモフの子竜サイズに戻ったカレンが、私の肩の上で嬉しそうに飛び跳ねる。
婚約破棄され、実家を追い出された元・公爵令嬢。
だが、どうやら私の新しいシマ(居場所)は、前世よりもずっと面白く、そして血生臭い場所になりそうだ。
「ええやろ。その話、乗ったるわ」
私がトカレフを撫でながら不敵に笑うと、ユリウスは満足そうに目を細め、私の頬にそっと手を添えた。
「ありがとう、ハルコ。君を誰よりも最強の、そして最も愛される女にすると誓おう」
こうして、極道の女と冷酷公爵、そして神獣の妹分による、常識外れの同棲生活が幕を開けたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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