EP 3
最強のツレ到着と、黒曜石の公爵による完璧な隠蔽工作。さあ、新しいシマへカチコミじゃ!
粉々に砕け散ったステンドグラスの破片が、月明かりを反射してキラキラと雪のように舞い散る。
大穴の開いた壁から吹き込む夜風を背に受けて立っていたのは、極彩色に彩られた豪奢な着物ドレスを纏った絶世の美女だった。
頭から生えた真紅の二本角。背中で揺れる巨大な竜の翼。
周囲の空間そのものを歪ませるほどの、圧倒的な魔力と威圧感。
「アネさん!!」
伝説の神獣『紅蓮竜』が人化した姿であり、私がこの世界で最初に出会って盃を交わした義理の妹分、カレンだ。
彼女は私の無事な姿を確認すると、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「アネさん、無事ですか!? なんや胸騒ぎがしたさかい、飛んで来たらこんな事になっとるやないですか! ウチのアネさんに手ぇ出しとる命知らずのドアホはどいつじゃあッ!!」
カレンがギラリと赤い瞳を輝かせ、喉の奥から「グルル……」と本物の竜の唸り声を上げる。
ただそれだけで、生き残っていた貴族たちが次々と白目を剥いて泡を吹き、バタバタと気絶して倒れ込んでいった。神獣の放つ本気の殺気に、常人の精神が耐えられるはずがない。
「ちょっ、落ち着けカレン。お前がブチギレたら城ごと消し飛んでまうやろが」
「せやけどアネさん! こいつら、アネさんを囲んで……!」
「ああ、もう全部ウチが終わらせた。そこのバカ王子も足撃ち抜いて転がしとるし、騎士どもは関節外して寝かせたわ」
「……え?」
カレンはきょとんとして周囲を見回した。
銃撃されて血溜まりの中でのたうち回るエドワード王子。
恐怖で失禁し、テーブルの下でガタガタ震えているマリア。
そして、無様に床に転がる王国最強の近衛騎士たち。
私のドレスには、返り血の一滴すら跳ねていない。
「……なんや、ウチの出番、もう残ってないやないですか」
カレンは翼をだらんと下げ、少しつまらなそうに唇を尖らせた。
私は苦笑し、いつものようにモフモフとしたカレンの頭を撫でてやる。
「おおきにな、カレン。お前が駆けつけてくれただけで、ウチは百人力じゃ」
「アネさん……!」
カレンが嬉しそうに私の腰に抱き着いてこようとした、その時だった。
「――おやおや。感動的な姉妹愛の再会に水を差すようで申し訳ないが」
ずっと私の傍に跪いていたユリウスが、ゆっくりと立ち上がった。
カレンはピクリと角を動かし、ユリウスを鋭く睨みつける。
「ああん? 誰やワレ、そのスカしたツラ。アネさんに気安く近づいとんちゃうぞ。丸呑みにされたいんか?」
「初めまして、気高き紅蓮竜どの。私はユリウス・ヴァン・オブシディアン。君の『アネさん』の、未来の夫となる男だ」
ユリウスは神獣の殺気を真っ向から浴びても、涼しい顔で優雅にお辞儀をした。
「……はあ!? 夫ぉ!?」
カレンが目を剥いて私を見る。「アネさん、いつの間にこんな優男と……!」
「ちゃうわ! こいつが勝手に言うとるだけじゃ!」
私が全力で否定するのも意に介さず、ユリウスは恍惚とした表情を浮かべた。
「あの状況で助けを乞うどころか、単身で近衛騎士を制圧し、伝説の神獣すら舎弟として従える。ああ……知れば知るほど、君は私の心を狂わせる」
「ホンマにヤバい奴やな、こいつ……」
私が呆れ果てていると、ユリウスはふっと表情を引き締め、足元で呻き声を上げるエドワードを見下ろした。
その瞳から、一切の感情と温度が消え失せる。
「さて、私とハルコの愛の語らいは後にして。まずはこの『不運な事故』の後始末をしなければ」
「事故……?」
私が眉をひそめると、ユリウスは広間の隅で身を寄せ合い、ガタガタと震えている大臣や有力貴族たちに向かって歩み寄った。
「皆様。今宵は誠に痛ましい『事故』が起きましたな」
ユリウスの声は静かだったが、その声には逆らう者を地の底まで追い詰める絶対的な権力者の響きがあった。
「エドワード殿下は、よほどお酒を召されていたのでしょう。あろうことか自ら階段を踏み外し、ひどく転倒された。その際、不運にも自らの剣が右脚に突き刺さり、あのような重傷を負ってしまわれた」
「な、何を言っているユリウス! 私は撃たれたのだ! その女の持っている鉄の筒で……!」
「黙りたまえ、豚が。今、私が話している」
ユリウスは振り返りもせず、背後に転がるエドワードの傷口を、革靴の踵で容赦なくグリグリと踏み躙った。
「ぎゃああああああああっ!!」
「可哀想に。頭も強く打たれたようだ。意味のわからない幻覚を見、うわ言を叫んでおられる」
絶叫する王子を放置し、ユリウスは凍りつく貴族たちに極上の笑みを向けた。
「さらに殿下は、錯乱状態のまま、我が愛しき婚約者であるハルコ嬢に『婚約破棄』などという戯言を口走られた。ハルコ嬢はひどく心を痛め、私が保護することになった……」
ユリウスはそこで言葉を区切り、氷の瞳で広間を睥睨した。
「……私の見た真実は以上ですが。まさか、違う光景を見たという『目の悪い方』は、この中にはおられませんね? もしおられるなら、私が直々に、その曇った眼球を摘出して差し上げますが」
その言葉に込められた、本物の殺意と権力の暴力。
オブシディアン公爵家に逆らえば、明日には一族郎党が歴史から消え去る。その事実を骨の髄まで理解している貴族たちは、顔を真っ青にして一斉に首を縦に振った。
「お、おっしゃる通りです! 殿下は階段から落ちてしまわれた!」
「婚約破棄など、酔っ払いの戯言! ハルコ様は被害者でございます!」
「なんて痛ましい事故なんだ!」
誰もが必死にユリウスの言葉に同意し始める。
それを見たエドワードは、絶望と激痛で白目を剥き、完全に意識を手放した。テーブルの下に隠れていたマリアも、声にならない悲鳴を上げて床に突っ伏している。
(……えげつない男やで、ホンマに)
私は太ももにトカレフを仕舞いながら、呆れ半分、感心半分でその光景を見ていた。
前世でも、警察やマスコミを裏から操る組の幹部はいたが、一国の次期国王を公衆の面前でここまで社会的に蹂躙し、事実をねじ曲げる男は見たことがない。
「アネさん、こいつ……ただの優男やないですね。根性が真っ黒に腐りきっとるええ男ですわ」
カレンも、ユリウスの『おとしまえの付け方』を見て、少しだけ彼を認めたようだ。
「さあ、帰ろうか。私の愛しきハルコ」
ユリウスは再び私の前に跪き、恭しく右手を差し出してきた。
このまま実家の公爵家に戻っても、面倒なことになるのは目に見えている。どうせ婚約破棄(物理)をしてしまったのだ。これからは、極道の女として、私のルールで生きていく。
「……しゃあないな。カレン、ウチらも行くで」
「はいな! アネさんの新しいシマへのカチコミですね!」
私はユリウスの手を取り、瓦礫と化した大広間を後にした。
王国の裏社会を支配する冷酷公爵と、絶対無敵の神獣のツレ。
最高にヤバい身内を手に入れた、元極道令嬢の仁義なき新生活が、今ここから始まる。
読んでいただきありがとうございます。
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