EP 7
ツレへの侮辱は万死に値する。極道令嬢、勘違いの小悪党を大空へぶん投げる【プチざまぁ】
『ルナキン』で朝定食のコーヒーを啜りながら、ウチの脳内でギリギリと警鐘を鳴らしていた『極道の勘』。
それが現実のものとなるまで、数分と時間はかからなかった。
ウゥゥゥゥゥゥーーーッ!!
突如として、ポポロ村全体に耳をつんざくようなけたたましい警報音が鳴り響いた。
村の広場に設置された魔導スピーカーから、自警団の切羽詰まった声が響き渡る。
『緊急警報! 緊急警報! ポポロ山の奥地より、巨大な未確認飛行物体が接近中! 各員、ただちにドンガン製地下シェルターへ避難を開始してください! 繰り返す――』
「な、なんだって!?」
キャルルがガタッと席を立ち上がる。
その直後だった。
村を覆っていた青白い魔導障壁(防衛フィールド)が、まるで薄いガラスのようにパリンッと甲高い音を立てて砕け散ったのだ。
太陽の光が遮られ、村のメインストリートに巨大な黒い影が落ちる。
「ヒュー! アネさん、なんやアレ! ぶちデカいカマキリの化け物や!」
カレンが窓の外を指差して叫ぶ。
ウチらも即座に店を飛び出し、空を見上げた。
そこにいたのは、全長十メートルはあろうかという、鋼鉄と生肉がグロテスクに融合したような巨大な機械昆虫だった。
紫色の禍々しい瘴気を撒き散らし、巨大な二つの『鎌』をガチガチと打ち鳴らしながら、空中をホバリングしている。古代大戦の遺物、死蟲王サルバロスの殺戮兵器『死蟷螂機』だ。
「ヒィィッ!」
「逃げろ! 食われるぞ!」
村の農家たちがパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように地下シェルターへと逃げ込んでいく。
ドスゥゥゥンッ!!
死蟷螂機が、村の中央広場に重々しく着地した。
石畳が粉々に砕け散り、土煙が舞い上がる。
そして、その巨大な化け物の背中から、一人の男が意気揚々と飛び降りてきた。
「はははははっ!! 見たか、この圧倒的な力を! どんな魔導障壁も一撃で切り裂く、伝説の古代兵器だァッ!」
泥と苔で高級な服をドロドロに汚しながらも、狂喜の笑い声を上げている男。
昨日、ウチに傭兵を秒殺されて尻尾を巻いて逃げ出した三流の小悪党、悪徳商人のザルドだ。彼の手には、古代遺跡から持ち出したと思われる赤黒く光る『魔石』が握られていた。
「ザルド……! あんた、なんてものを村に持ち込んだの!」
キャルルが、村長として皆を庇うように最前線へ進み出た。彼女のウサギの耳が、怒りと緊張でピンと逆立っている。
「おお、いたいた。生意気なウサギの村長殿じゃないか」
ザルドは醜く歪んだ笑みを浮かべ、キャルルを見下した。
「俺はオブシディアン公爵家の裏工作で全てを失った! だがな、天は俺を見捨てなかったぞ! この古代の魔神さえいれば、俺は三ヵ国の王すら超える絶対的な支配者だ!」
「狂ってる……っ! そんな化け物を目覚めさせたら、村どころか大陸中が火の海になるわよ!」
「それがどうした! 俺の商会を潰した報いだ、この村の連中から一人残らず皆殺しにしてやる!」
ザルドは魔石を高く掲げ、ゲスな笑い声を響かせた。
「だが、俺も慈悲深い男だ。ウサギの村長殿、お前が今すぐこの場で地に這いつくばり、俺の泥まみれの靴を舐め回して『一生あなたの奴隷になります』と誓うなら……お前以外の農民どもは、生かして奴隷として売り飛ばしてやってもいいぞ?」
「……っ!」
キャルルがギリッと唇を噛む。
ザルドはさらに言葉を続けた。
「どうした、早くひれ伏せ! お前のような薄汚い獣人風情が、泥水すすって育つ家畜の分際で、偉そうに村長などと名乗っているからこんなことになるんだ! たかがウサギのバケモノが、人間に逆らうなァッ!」
ウサギの獣人風情。
泥水すすって育つ家畜。
たかがバケモノ。
ザルドの口から吐き出された、キャルルに対するありとあらゆる侮蔑の言葉。
キャルルは、村を人質に取られている状況と、目の前の古代兵器の放つプレッシャーに、怒りで拳を震わせながらも必死に耐えていた。
『私が耐えれば、村の人たちは助かるかもしれない』という、哀しい自己犠牲の精神で。
だが。
「――――」
ウチの視界が、真っ赤に染まった。
昨日、イモッカのグラスを打ち合わせて交わした、極道の誓い。
『相手が地獄に落ちそうんなったら、重荷を半分背負ってやるんが本当のダチなんじゃ』
ウチは、ユリウスが止める間もなく、無言のままスッと前へ歩み出た。
「ハ、ハルコちゃん……っ」
キャルルが驚いてウチを見る。
ウチはキャルルの前に立ち塞がるようにして、狂ったように笑うザルドの真正面へと進み出た。
「おや? 昨日の威勢のいい令嬢じゃないか」
ザルドがウチを見て、ニヤニヤと下劣な笑みを深める。
「俺の傭兵を投げ飛ばした時は少し驚いたが、この『死蟷螂機』の前ではお前のちっぽけな腕力など無意味だぞ? それとも、お前も俺の靴を舐めにきたのか?」
ウチは、ドレスの裾を揺らしながら、ゆっくりとザルドとの距離を詰める。
その足取りはあまりにも静かで、自然だった。
だからこそ、ザルドは気づかなかったのだ。ウチの全身から立ち昇る、周囲の空気を凍りつかせるほどの『純度百パーセントの殺意』に。
「おどれ」
ウチの、地を這うような低い声。
ザルドが「あ?」と聞き返した瞬間。
ウチは、流れるような動作でザルドの懐へと滑り込んでいた。
「なっ――」
ザルドが反応するより早く、ウチは右手で彼の胸ぐらをガシリと鷲掴みにした。
そして、左手を彼のベルトの辺りに添え、極限まで沈み込ませた腰のバネと、ファンタジーボディの圧倒的な基礎身体能力を一気に解放する。
「他人のふんどし(化け物)で相撲取っとるガキが」
ウチの腕の中で、ザルドの体がフワリと浮き上がる。
合気道の『入り身投げ』と『すくい投げ』を融合させた、相手の体重とウチの闘気を完全に乗せた極道の荒技。
「ウチの大事なダチ(家族)に、二度と舐めた口利くんやないでェェェェッ!!」
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!
「あぼァッ!?」
ウチの両腕から放たれたザルドの巨体は、まるで大砲の弾のように空高く舞い上がり――そのまま放物線を描いて、硬い石畳の地面へと脳天から激突した。
バキィッ! という、頭蓋骨と肋骨が同時に砕けるような生々しい音が広場に響き渡る。
石畳が蜘蛛の巣状にひび割れ、ザルドの体がカエルのように無様に跳ねた後、ピクリとも動かなくなった。
「……ふぅ」
ウチは乱れたドレスの襟元を直し、地面で白目を剥いて血の泡を吹いているザルドを見下ろした。
完全に気絶している。歯は折れ、鼻はひしゃげ、自慢の高級服は破れて悲惨な状態だ。
昨日の王都での鬱憤と、キャルルを愚弄された怒りを込めた、完璧な【プチざまぁ】の完了である。
「す、すごい……っ」
背後で、キャルルがポカンと口を開けてウチを見ている。
カレンも「ヒュー! アネさんの十八番、人間大車輪や! 綺麗に決まったで!」と拍手喝采だ。
「ああ……なんという美しさだ。怒りに任せて銃を抜くのではなく、あえて己の肉体だけで敵を完膚なきまでに叩き潰す。我が妻の暴力は、まさに芸術の域に達している……」
ユリウスに至っては、頬を染めてうっとりとため息をつきながら、ウチの投げ技を本気で称賛していた。
「キャルル。言ったじゃろ? おどれの重荷はウチらが半分持つって」
ウチが振り返ってニヤリと笑うと、キャルルはハッとして、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら「うんっ……!」と強く頷いた。
「あ、あ、がッ……ひぃぃ……っ」
その時。
地面にめり込んでいたザルドが、ビクビクと痙攣しながら、かろうじて意識を取り戻した。
全身の骨が折れているのか、立ち上がることすらできず、這いつくばって血を吐いている。
「お、のれぇぇっ……! き、貴様ら……絶対に、絶対に許さんぞォォッ!」
ザルドは、震える血まみれの手で、落としていた『魔石』を握りしめた。
そして、後ろに控えたまま微動だにしていなかった巨大な古代兵器『死蟷螂機』に向かって、狂ったように叫んだ。
「殺せェェェッ! こいつらを、今すぐ八つ裂きにしろォォォッ!!」
小悪党の、最後の悪あがき。
だが、その命令が引き起こすのは、彼が想像していたような『逆転劇』ではなかった。
ウチらに向かって放たれるはずだった死蟷螂機の巨大な鎌が、ギギギ……と不気味な音を立てて。
なぜか、地面に這いつくばる『ザルド自身』の方へと、ゆっくりと振り下ろされようとしていたのだ。
極道の勘違い男が迎える、あまりにも無惨で滑稽な末路(自滅)へのカウントダウンが、今まさにゼロを迎えようとしていた。
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