EP 6
焦る小悪党と禁断の遺跡。極道の勘が告げる、破滅へのカウントダウン
翌朝。ポポロ村には、昨日と変わらない活気あふれる陽光が差し込んでいた。
「ん〜っ! 昨日はよう飲んだのう! イモッカ、ええ酒じゃったわ!」
「ヒュー! アネさん、朝から絶好調やな! ウチも腹減ったで!」
宿屋『月うさぎ亭』でスッキリと目覚めたウチとカレンは、身支度を整えてメインストリートへと繰り出した。前世から酒には強い方だが、このファンタジーボディのスペックと相まって、二日酔いなど微塵もない。
朝の澄んだ空気を吸い込みながら向かったのは、もちろん24時間営業の『ルナキン』だ。
「ハルコちゃん、カレンちゃん! おはよう!」
ルナキンの入り口で、ウチらを待っていたキャルルが大きく手を振った。
彼女は今日もラフなパーカー姿に、タローマン製の特注安全靴をバッチリ履きこなしている。昨日、ウチらと極道の盃を交わして憑き物が落ちたのか、その笑顔は昨日よりも遥かに晴れやかで、芯の通った明るさがあった。
「おはようさん。おどれ、顔色ええな」
「うんっ! ハルコちゃんたちのおかげだよ。……さ、中入ろ! ルナキンの朝定食、すっごく美味しいんだから!」
ウチらがボックス席に陣取ると、すぐにキャルルおすすめの『朝定食Aセット』が運ばれてきた。
厚切りのトーストに、半熟の目玉焼き、新鮮な人参サラダ。それに温かいコンソメスープとドリンクバーまでついている。ここが異世界であることを本気で忘れそうになる完璧なラインナップだ。
「ハルコ。君のトーストに、私がジャムを塗ろう。君の美しい唇が汚れないよう、一口サイズに切り分けて……」
「おどれはオカンか。ウチは幼児やないんじゃ、自分で食えるわ」
朝からフルスロットルで世話を焼こうとしてくるユリウスを肘で牽制しながら、ウチはトーストにサクッと噛み付いた。
ふと窓の外に目をやると、村の広場で奇妙な光景が繰り広げられていた。
「……なんじゃあいつ。ネギ持った変な奴が、農家のおっさんと口喧嘩しとるぞ?」
「あはは、あれはネギオだよ。エルフの守護端末『ポーン』の突然変異体なんだけど、なぜかこの村に居着いちゃって。ああ見えて、すごく頭がいいんだよ」
キャルルが人参サラダを頬張りながら解説する。
「おっさん! そもそもその農法の理論は破綻してるネギ! そんなやり方じゃ、月見大根の出汁の吸収率が3パーセント下がるって、俺の計算で出てるネギ!」
「うるせぇ! ワシの長年の勘をバカにすんじゃねぇ!」
「論破完了ネギ。俺のネギカリバーはやらんネギ」
「くそぉぉぉっ! また明日挑戦してやるからなァッ!」
農家のおじさんが悔しそうに頭を抱え、ネギオと呼ばれた長身の男がポポロシガーを吹かしてドヤ顔をしている。
「……ホンマに、飽きんシマ(村)じゃな」
ウチは笑いながらコーヒーを啜った。
平和で、カオスで、活気に満ちている。
――だが。
「……ん?」
ウチの嗅覚が、コーヒーの香りとは違う、微かな異臭を捉えた。
血と、鉄と、そしてドブ泥が混ざったような、ひどく陰惨な匂い。
(……キナ臭いのう。なんや、この嫌なザワツキは)
前世で、敵対組織のカチコミを受ける直前に必ず感じていた『極道の勘』。
それが、ウチの脳内で微かに警鐘を鳴らしていた。
ユリウスもまた、ナイフとフォークを動かす手をピタリと止め、窓の外……ポポロ山の奥深くへ向けて、氷のような視線を投げていた。
「……どうやら、ネズミが最後の悪あがきを始めたようだね」
ユリウスが薄く笑う。
ウチは残りのトーストを一口で放り込み、ガーターベルトの『無限トカレフ』の感触を確かめた。
「……さて。食後の運動の準備でもしとくか」
* * *
その頃。
ポポロ村の平和な日常から遠く離れた、深く暗い地下洞窟の中。
「ハァ……ハァ……っ! クソッ、クソォォォッ!!」
悪徳商人ザルドは、松明の明かりを頼りに、狂ったような足取りで地下の奥深くへと進んでいた。
その顔は脂汗にまみれ、高級な服は泥と苔でドロドロに汚れている。
彼の背後には、かろうじて彼に付き従っている数十人の重武装の傭兵たちが、恐怖で顔を引き攣らせながら歩いていた。
「か、会長……やっぱり引き返しましょうよ! ここはヤバいっすよ! ドンガン地下帝国の連中すら近づかない『立ち入り禁止区域』じゃないですか!」
傭兵の一人が震える声で懇願する。
この地下遺跡は、かつて神蟲魔大戦の折に、死蟲王サルバロスが残したとされるおぞましい負の遺産が眠る場所。ドワーフたちですら、この空間に漂う禍々しい瘴気を恐れ、分厚い隔壁で封印していたのだ。
「うるさいッ!! 今さら引き返せるか!」
ザルドが血走った目で傭兵を怒鳴りつける。
「俺はオブシディアン公爵のせいで、全てを失ったんだぞ!? 財産も、商会も、俺の輝かしい未来も全てだ! このまま地上に戻れば、借金のカタにマグローザ漁船に売り飛ばされるに決まっている!」
ザルドの口から、どす黒い怨嗟の言葉が吐き出される。
彼はすでに、商人としての冷静な計算など完全に失っていた。あるのは、自分を破滅させた者たちへの逆恨みと、極限の絶望だけだ。
「だがな……この奥に眠る『古代兵器』さえ手に入れれば、俺は一発逆転できる! 三ヵ国の王すらひれ伏す絶大な武力を手に入れて、あのウサギの村長と、俺をコケにしたあの令嬢を、八つ裂きにしてやるんだ!」
狂気に駆られたザルドは、ついに洞窟の最奥へと辿り着いた。
そこにあったのは、巨大な鋼鉄と昆虫の意匠がグロテスクに混ざり合った、見上げるほど巨大な封印の扉。
扉の表面には、禍々しい紫色の魔力紋様が脈打っている。
「おお……! これだ、これだ! 伝説の殺戮兵器が眠る扉……っ!」
ザルドは懐から、闇ルートで大金をはたいて手に入れていた『解除の魔石』を取り出した。
「開け! 開けェェェッ!! 俺に力を貸せぇっ!!」
ザルドが魔石を扉の中央の窪みに叩き込む。
ギギギギギギギギギッ……!!
耳をつんざくような金属音と共に、数百年間閉ざされていた封印の扉が、重々しく開き始めた。
中から吹き出してきたのは、何かが腐敗したような強烈な死臭と、生物の根源的な恐怖を呼び覚ます圧倒的な瘴気。
「ヒィッ……!」
傭兵たちが一斉に悲鳴を上げ、腰を抜かす。
扉の奥、真っ暗な空間の中で。
カチッ……チチチチチッ……。
機械の駆動音と、昆虫の羽音が混ざったような不気味な音が響いた。
暗闇の中から、二つの巨大で鋭利な『鎌』と、複眼を持つ異形の姿が、ズシン、ズシンと足音を立てて姿を現す。
古代大戦の遺物。死蟲王サルバロスが生み出した、空を飛び全てを切り裂く殺戮兵器。
――『死蟷螂機』。
その圧倒的な威容と、ドス黒い殺意の塊を前にして、ザルドは恐怖するどころか、狂喜の笑い声を上げた。
「はははははっ! すげえ、すげえぞ! これが伝説の古代兵器か!」
ザルドは両手を広げ、現れた死蟷螂機に向かって命令を下すように叫んだ。
「さあ、俺の声を聞け、古代の魔神よ! お前を封印から解き放ったのはこの俺だ! 俺に従い、今すぐ地上のポポロ村へ向かえ! そして、あの小娘どもを皆殺しにして、この俺に世界を――」
自分が兵器の絶対的な主になれたと信じて疑わない、小悪党の滑稽な狂喜。
だが、その安っぽい野望が叶うことは、永遠にない。
なぜなら、極道の女たちを本気で怒らせた時点で、彼の運命はすでに『絶望的な死』へと確定していたのだから。
小悪党の哀れな末路と、古代兵器による理不尽な暴走。
ウチらの『食後の運動』の舞台は、完全に整えられていた。
読んでいただきありがとうございます。
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