EP 5
女同士の盃と極道の誓い。ダチの重荷はウチらが半分背負ったる
ポポロ村の夜は、王都のそれとは全く違う活気と匂いに満ちていた。
メインストリートの裏手にある名物宿屋『月うさぎ亭』。その一階の酒場からは、出汁の効いた強烈に美味そうな匂いが漂っている。
「くぅ〜っ! この『月見大根』、中まで出汁が染み込んどって最高じゃな! 噛んだ瞬間にジュワッと旨味が溢れよる!」
「ヒュー! アネさん、こっちの『肉椎茸』もヤバいで! キノコやのに完全に極上のステーキの味や!」
ウチとカレンは、湯気を立てる大鍋の前に陣取り、ポポロ村名物の煮込みおでんをハフハフと頬張っていた。
王宮で出されるような、皿の真ん中にちょこんと乗った気取ったフランス料理なんかより、こういう熱気にあふれた大衆メシの方が、極道の胃袋には百倍合う。
「ふふっ、二人とも気に入ってくれて嬉しいな。ここのおでんは、村の農家さんたちが丹精込めて育てた野菜を使ってるから、本当に美味しいんだよ」
隣の席で、キャルルがウサギの耳を揺らしながら嬉しそうに笑う。
彼女の前には、ジョッキに注がれた透明な液体――太陽芋から作られた度数40度の強烈な地酒『イモッカ』が置かれていた。
「キャルル、おどれそんな強い酒を水みたいに飲んで、酔わんのか?」
「大丈夫! 私、獣人族だからアルコールの分解はすごく早いの。それに、このイモッカはクセがなくて飲みやすいからね」
コップ一杯のイモッカをクッと呷るキャルル。見た目は可愛い村娘なのに、飲みっぷりは完全に歴戦の呑ん兵衛のそれである。
「ハルコ、君のグラスが空いている。次は私が君のために、あの『たまんネギ』とやらを取り分けよう。君の美しい唇に、私が直接運ばせてはくれないか?」
向かいの席では、ユリウスがウチの世話を焼くためだけに待機していた。
最高級のシルクのシャツを着た王国のトップ貴族が、大衆居酒屋で甲斐甲斐しくウチの取り皿におでんを取り分けている光景は、控えめに言ってシュールすぎる。
「アホ、自分で食えるわ。おどれもウチの世話ばっかり焼いとらんと、冷める前に食え。……このおでん、ぶち美味いんじゃけえ」
ウチがどんぶりに盛られたおでんをユリウスの方へスッと押しやると、彼の青い瞳が一瞬で狂信的な熱を帯びた。
「ああっ……! ハルコが、この私に食事を勧めてくれた……! なんという慈愛、なんという幸福! このおでんは、私の人生で最高の晩餐だ……ッ!」
「……ホンマ、おどれはちょっと優しくしただけでこれじゃ。扱いづらいわ」
ウチは呆れてため息をつきながら、自分のグラスにイモッカを注いだ。
度数40度。前世で浴びるほど飲んだ火酒に比べれば、これでもまだ優しい方だ。
「……ねえ、ハルコちゃん」
ふと、キャルルが少しだけ真面目な声を出した。
ジョッキの縁を指でなぞりながら、彼女は小さく微笑む。
「今日、ハルコちゃんがザルドから村の人たちを庇ってくれた時……本当に嬉しかった。私、村長として、誰にも弱音を吐いちゃいけないって、ずっと気を張ってたから」
「……」
ウチは無言でイモッカを一口飲み、彼女の言葉の続きを待った。
「私ね、元々はレオンハート獣人王国の第三姫だったの。でも、お姫様として鳥籠の中で生きるのが息苦しくて……自由になりたくて、国を飛び出したんだ」
「ほほう。元お姫様か。道理で、ただの村娘にしちゃあ肝が据わっとるし、あの安全靴からとんでもない闘気が漏れとるわけじゃ」
「あはは。近衛騎士の隊長候補でもあったからね。……ルナミス帝国に亡命して、冒険者としてシェアハウスで暮らして、ルナキンで朝ご飯を食べる生活……すごく自由で、楽しかった」
キャルルは懐かしそうに目を細めた後、すぐに寂しそうな顔になった。
「でも、このポポロ村の依頼を受けた時……前の村長が駆け落ちして逃げ出しちゃってて。三ヵ国の利権が絡むこの村で、みんな不安そうな顔をしてた。私、放っておけなかったの」
キャルルのウサギの耳が、少しだけ下へ垂れる。
「私の力は、人を癒やすことだから。月兎族の力を注いだ『月光薬』があれば、どんな怪我でも病気でも治せる。……薬を作るのに、私の体力と命(闘気)を削ることになるけど、そんなの気にしてられない。私が血を吐くくらいで、今日みたいに転んだ子供が笑ってくれるなら……村のみんなが安心してくれるなら、それでいいの」
誰かを救うためなら、自分がどうなっても構わない。
自己犠牲を当然のように受け入れている彼女の言葉に、カレンはおでんを食べる手を止め、悲しそうな顔をした。
ユリウスもまた、何も言わずに静かにグラスを傾けている。
――――ドンッ。
ウチは、イモッカの入ったグラスを、テーブルに強く叩きつけた。
周囲の喧騒が一瞬、ピタリと止まる。
「……ハルコ、ちゃん?」
キャルルが驚いて目を見開く。
ウチは、一切の同情を排した、厳しい瞳で彼女を真っ直ぐに射抜いた。
「アホか、おどれは」
「え……」
「自分の命削ってまで他人の面倒見るんが、美徳じゃと思うとんのか? それで自分がぶっ倒れて死んだら、残された村の連中はどうなる。おどれに命救われた連中は、一生おどれに対する罪悪感背負って生きていかなならんのじゃぞ」
ウチのドスを利かせた言葉に、キャルルはハッとして息を呑んだ。
「おどれは、このシマ(村)のトップ(村長)なんじゃろ? トップが自分の命を粗末にするような組は、絶対に長続きせん。……一人で全部背負い込んで、勝手にボロボロになって死ぬような真似、極道のダチとして絶対に許さんけえな」
ウチは、自分のグラスに並々とイモッカを注ぎ足した。
そして、もう一つのグラスにもイモッカを注ぎ、それをキャルルの前にトン、と置く。
「ええか、キャルル。極道の世界じゃ、ダチ(親友)っちゅうのは、楽しい時に一緒に酒飲むだけの関係やない。……相手が地獄に落ちそうんなったら、腕力ずくでも引きずり上げて、重荷を半分背負ってやるんが『本当のダチ』なんじゃ」
「ハルコちゃん……」
「おどれのシマは、ウチら(最凶ファミリー)も一緒に守ったる。その代わり、おどれの命は、ウチらが絶対に死なせん。……これでスジは通ったな?」
ウチがグラスを差し出すと。
キャルルの瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
ずっと、ずっと一人で耐えてきた。村長として、元王族として、誰にも頼らずに生きていかなければと自分を縛り付けていた鎖が、ウチの不器用な言葉で音を立てて砕け散ったのだ。
「……うんっ……! うんっ……!!」
キャルルは袖で涙を乱暴に拭うと、差し出されたグラスを両手でしっかりと握りしめた。
「ありがとう……! 私、もう一人で抱え込まない! ハルコちゃんと、カレンちゃんと、公爵様と一緒に……この村を守る!」
「おう。その意気じゃ」
カチンッ!
ウチらのグラスが、力強く打ち合わされた。
度数40度の火酒を一気に呷る。喉が焼け付くような熱さと共に、女同士の絶対的な『極道の誓い(シスターフッド)』が、固く結ばれた瞬間だった。
「ヒュー! アネさん、キャルル! 最高に熱い盃や! ウチも混ぜんかい!」
カレンがジョッキを片手に乱入してきて、三人で肩を組んで大笑いする。
「ああ……なんという気高く、美しい魂の共鳴だろうか。ハルコ、君のその海よりも深い情と仁義……私の心は、何度君に奪われれば気が済むのだ」
ユリウスは感極まったように天を仰ぎ、もはや完全にウチの熱狂的なファンと化していた。
* * *
同じ頃。
ポポロ村の賑わいから遠く離れた、暗く冷たい路地裏の安宿。
「な、なんだと……!? スポンサーが降りただと!? 融資の引き上げ!? ふざけるな、俺の商会の口座が全て凍結されているだと!?」
悪徳商会主ザルドは、魔導通信石を握りしめ、血走った目で狂ったように叫んでいた。
通信の向こう側にいる部下の声は、絶望に満ちている。
『本当です、会長! アバロンの貴族たちから、オブシディアン公爵家の『黒曜石の短剣』が送られてきたと連絡が……! 我々の商会は、もう終わりです! 完全に社会から抹殺されました!』
「オブシディアン公爵だと!? なぜあの王国の化け物が、俺のようなしがない商会を……っ!」
ブツン、と通信が切れる。
ザルドは通信石を壁に叩きつけ、ガタガタと震える手で自身の髪を掻き毟った。
全てを失った。金も、地位も、後ろ盾も。
残されたのは、彼が雇っている一部の傭兵という『武力』だけ。
「……こうなったら……」
追い詰められた小悪党の目に、どす黒い狂気が宿る。
「あの生意気な女どもめ……! あのウサギの村長と、俺をコケにしたあの令嬢! こうなったら、ポポロ村の地下遺跡に眠る『古代兵器』の封印を解いて、村ごと皆殺しにしてやる……!! 俺を怒らせたことを、あの世で後悔させてやるァッ!!」
ユリウスの完璧なシノギによって逃げ道を完全に塞がれ、自暴自棄になった泥棒ネズミ。
彼が自らの命を縮める『最悪の選択(自滅へのカウントダウン)』のスイッチを、自らの手で押し込んだ瞬間だった。
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