EP 4
黒曜石の公爵の静かなるシノギ。妻のサウナ中に、小悪党の外堀を完全包囲するスパダリの流儀
「な、なんだ貴様は! 傭兵ども、その生意気な女を捕らえろ! 痛い目を見せてやれ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ悪徳商人、ザルド。
その号令を受け、重武装の傭兵たちが一斉にウチへと飛びかかってきた。
キャルルが「危ない!」と叫んで飛び出そうとするが、ウチは片手でそれを制し、スッと半歩前に出た。
「死ねぇっ、小娘!」
大上段から剣を振り下ろしてくる先鋒の巨大な男。
ウチはガーターベルトの『無限トカレフ』を抜くまでもないと判断し、ドレスの裾を翻してその剣の軌道をヒラリと躱した。
「なっ……!?」
「大振りすぎるわ。力任せの喧嘩は三流の証拠じゃ」
ウチは男の腕に自分の腕を絡め取り、合気道の呼吸で相手の突進力をそのまま円運動へと変換した。
ダンッ!!
「ごふぁッ!?」
巨漢の傭兵が、己の勢いを利用されて宙を舞い、石畳の地面に背中から激突して白目を剥いた。
「な、なんだと!?」
「魔法も使わずに、あの巨体を投げ飛ばしたぞ!?」
残りの傭兵たちが、信じられないものを見たように足を止める。
ウチはヒールの音をカツンと鳴らし、倒れた男の胸ぐらを踏みつけながら、彼らを氷のような瞳で睥睨した。
「さあ、次はどいつじゃ。ウチのダチ(キャルル)のシマで暴れるっちゅうんなら、命置いていく覚悟はできとるんじゃろうな?」
ギリ……ッ! と。
ウチの全身から、王国の近衛騎士団三千人を恐怖で失禁させた『極道の殺気』がドス黒く立ち昇る。
そのプレッシャーを至近距離で浴びた傭兵たちは、ガチャン、と次々に武器を取り落とし、ガタガタと震えながら後ずさりを始めた。彼らもプロだ、目の前にいる女が「絶対に手を出してはいけない本物の化け物」であることくらい、本能で理解したのだ。
「お、おい! 何をしている、さっさとやれ!」
ザルドが喚くが、傭兵たちはもはや戦意を喪失している。
「ひ、ひぃぃっ……!」
「ば、化け物だ! 逃げろォッ!」
傭兵たちは雇い主のザルドを見捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
一人残されたザルドは、ウチとキャルル、そして背後で極道の笑みを浮かべるカレンとユリウスを見て、顔面を蒼白に引き攣らせた。
「お、おのれ……っ! 覚えていろよ! 俺の商会のバックには、強力なスポンサーがついているんだ! この村ごと、必ず地獄に落としてやるからなァッ!」
三流の小悪党にありがちな捨て台詞を吐きながら、ザルドは無様な足取りで逃げ去っていった。
「……ふん。逃げ足だけは一丁前じゃな」
ウチが呆れてため息をつくと、キャルルが駆け寄ってきた。
「ハルコちゃん! ありがとう、でもよかったの? あんな奴の相手なんかして、巻き込んじゃって……」
「アホ。ダチが困っとるのに見過ごす極道がおるかい。……それにしても、あんなゴミに触れたせいでちょっと汗かいたわ。なあキャルル、この村に風呂はないんか?」
「お風呂? もちろんあるよ! うちの村には『ルナミスーパー銭湯』っていう、サウナ付きの最高の温泉施設があるの!」
「ヒュー! サウナええな! アネさん、ウチも行くで!」
カレンが飛び跳ねて喜ぶ。
ウチは振り返り、ユリウスに顎でしゃくった。
「っちゅうわけじゃ。ウチらは女同士でひとっ風呂浴びてくるけえ、おどれは適当に時間潰しとれ。間違っても女湯覗いたりすなよ?」
「私が君以外の風景に興味を持つはずがないだろう? ゆっくり羽を伸ばしておいで、私の愛しきハルコ」
ユリウスは極上の微笑みを浮かべ、ウチの手の甲に恭しくキスを落とした。
ウチとキャルル、カレンの三人は、キャッキャと笑い合いながらスーパー銭湯の方角へと歩き出した。
* * *
三人の少女たちの楽しげな背中が見えなくなった瞬間。
ユリウス・ヴァン・オブシディアンの顔から、甘く蕩けるような微笑みが完全に消え去った。
「――影よ」
絶対零度の、王国の裏社会を支配する男の声。
その言葉に応じ、誰もいない路地裏の影から、黒装束に身を包んだオブシディアン家の暗部が数名、音もなく姿を現して片膝をついた。
「はっ。旦那様」
「先ほどの小悪党……ザルドと言ったか。奴の商会の身辺調査は済んでいるな?」
「はい。三ヵ国の国境沿いで、違法な高利貸しと土地の地上げを行っている中堅の商会です。ポポロ村の地下に眠る古代遺跡の利権を狙っており、背後にはアバロン魔皇国の一部過激派貴族がスポンサーとしてついているようです」
報告を聞いたユリウスは、氷のような青い瞳を細め、フッと冷酷に笑った。
「私の妻の、美しき友情の門出を泥靴で踏みにじった罪。……万死に値するが、即座に殺してはハルコの楽しみ(おとしまえ)を奪うことになる」
ユリウスは、懐から最高級の葉巻を取り出し、指先で火を点けた。
紫色の煙が、緩衝地帯の澱んだ空気に溶けていく。
「あの商会の資金源、取引先、そして物資の供給ルート。……今日の夕刻までに、我が公爵家の権力と『ドンガン地下帝国』の裏ルートを使って、全て物理的に叩き潰せ」
「全て、ですか?」
「ああ。スポンサーの貴族には『私の妻に仇なす気か』と警告文と黒曜石の短剣を送りつけろ。それだけで彼らは恐れをなしてザルドを見捨てるだろう。……ザルドの財産を根こそぎ奪い、莫大な借金を背負わせ、社会的な息の根を止めろ」
影の部隊が、ゴクリと息を呑む。
それはつまり、一人の商人の人生を、わずか数時間で完全な地獄へと突き落とすという宣告だった。
「ただし、奴の命と、雇っている傭兵(武力)だけは残しておけ。全てを失い、追い詰められたネズミが最後に取る行動は一つ……暴走だ。奴が自暴自棄になって牙を剥いてきたところを、ハルコが正面から叩き潰す。それが、私の妻が最も輝く最高の舞台になるのだから」
「ははっ! 御意に!」
影たちが一瞬にして掻き消える。
ユリウスは葉巻の煙を燻らせながら、ハルコたちが消えていった方角へとうっとりとした熱い視線を向けた。
「ああ、ハルコ。君がサウナで美しさに磨きをかけている間に、君の視界を汚すゴミの外堀は、私が全て埋め尽くしておこう。……君はただ、己の極道の美学を貫けばいい」
狂信的で、重すぎる愛情。
ポポロ村の裏側で、冷酷公爵による完璧な『シノギ』が、音もなく、しかし確実に進行していた。
* * *
「「「ぷはぁぁぁっ! 最高じゃあ!!」」」
その頃、ウチらは『ルナミスーパー銭湯』のサウナでたっぷり汗を流し、休憩所の畳の上でキンキンに冷えたフルーツ牛乳を一気飲みしていた。
備え付けの扇風機の前で、バスタオル一枚の格好で涼む三人。
「ヒュー! アネさん、このフルーツ牛乳っちゅうの、甘くてなんぼでも飲めるで!」
「カレンちゃん、あんまり急いで飲むとお腹壊しちゃうよ?」
美女化したカレンの豊かなプロポーションと、キャルルの健康的に引き締まった体。女同士、裸の付き合いをすれば、もはやそこに壁など存在しない。
「それにしてもハルコちゃん、本当にすごいね。あんな大男を、魔法も使わずに投げ飛ばしちゃうなんて」
キャルルが目を輝かせてウチを見る。
「あんなん、合気道の基礎の基礎じゃ。相手の力を利用するだけやから、腕力は関係ない。……まあ、おどれの履いとった安全靴の『仕掛け』に比べたら、地味なもんやけどな」
ウチがニヤリと笑うと、キャルルは「あはは、バレてたか」と少し照れくさそうに頭を掻いた。
「私、月兎族だから足の力には自信があるんだけど……村長になってからは、なるべく自分から喧嘩は売らないようにしてるの。だから、今日ハルコちゃんが前に出てくれた時、すごく……すごく嬉しかった」
キャルルの瞳が、少しだけ潤んでいた。
一人で村の責任を背負い、誰にも弱音を吐けずに気を張っていた彼女にとって、ウチのような『無鉄砲な味方』の存在は、心の底から安堵できるものだったのだろう。
「ええんじゃ。ダチの重荷を半分持つんが、極道の友情やからな」
ウチがキャルルの頭をポンポンと撫でると、彼女はふにゃりと嬉しそうに笑った。
「でも、ハルコちゃんの方こそすごいよ。あんなに素敵な旦那様に、すっごく愛されてるじゃない!」
「ぶっ!」
フルーツ牛乳を吹き出しそうになった。
「あ、愛されとるって……アレはただの狂信者じゃ! 息をするように口説いてきよるし、重すぎるんじゃ!」
「でも、ハルコちゃんが前に出た時、公爵様、全く止めなかったよね。むしろ『ハルコちゃんの好きにさせてあげよう』って、全幅の信頼を置いてるのが伝わってきたよ。……あんな風に、背中を預けられる男の人って、なかなかいないと思うな」
キャルルの言葉に、ウチは少しだけ口ごもった。
確かに、ユリウスはウチのやり方を絶対に否定しない。危険だと言って檻に閉じ込めるようなことはせず、むしろウチが一番輝けるように、裏で全てのお膳立てをしてくれる。
「……まあ、あいつなりに、ウチの極道としてのスジの通し方を尊重してくれとるんは、認めるけどな。……腹立つくらい、有能な男じゃ」
ウチがポツリと本音を漏らすと、カレンとキャルルが顔を見合わせてニヤニヤと笑い始めた。
「ヒュー! アネさん、照れとるで! 顔真っ赤や!」
「本当だ! ハルコちゃん、旦那様のこと大好きなんだね!」
「ち、違うわボケェッ! これはサウナでのぼせただけじゃ!」
ウチが顔を真っ赤にして二人にクッションを投げつけると、休憩室にケラケラという明るい笑い声が響き渡った。
王都での血生臭い闘争を抜け出し、このカオスなポポロ村で見つけた、普通の『女の子』としての穏やかな時間。
しかし、この温かい日常を守るため、ウチらは明日、完全に追い詰められた小悪党との、容赦のない全面戦争へと足を踏み入れることになる。
「明日は、イモッカ(芋酒)でどんちゃん騒ぎじゃ! その前に、あの泥棒猫の商会、キッチリ片付けたるで!」
「おうさ!」
「うんっ! 私も村長として、絶対に村を守ってみせる!」
最強の極道令嬢と、雷神の月兎。
最高のシスターフッド(絆)を結んだ二人の前に、もはや敵など存在しなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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