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EP 3

シマを狙う強欲な泥棒と、月光薬の秘密。耐えるダチと燻る極道の火種

「はい、お待たせ! ルナキン名物、超特大・太陽芋とハニーかぼちゃのスペシャルパフェだよ!」

カラン、と氷の入ったグラスの音が響く。

ポポロ村のメインストリートにある24時間営業のファミレス『ルナキン』。

ウチらは窓際の広いボックス席を陣取り、テーブルに運ばれてきた山盛りのスイーツを囲んでご機嫌なティータイムを楽しんでいた。

「うおおお! なんやこれ、ぶち美味そうやないか!」

極道ドレス姿のカレンが、目を輝かせて巨大なパフェにスプーンを突っ込む。

「カレンちゃん、それ底の方に月見大根のシロップ漬けが入ってるから、よく混ぜて食べてね。すごく甘くて美味しいんだから!」

パーカー姿のキャルルが、ウサギの耳をぴょこぴょこと揺らしながら嬉しそうに笑う。

ウチもアイスコーヒーをストローで啜りながら、このカオスで賑やかな村の空気を満喫していた。

王都の気取った夜会なんかより、よっぽどウチの肌に合う。

「キャルル。おどれ、こんな若いのに、ようこんなカオスなシマ(村)まとめ上げとるな。三ヵ国の連中が入り乱れる場所なんじゃろ? 苦労も多いんとちゃうか」

ウチが尋ねると、キャルルはストローから口を離し、ふっと真剣な目をした。

「大変じゃないって言ったら嘘になるけどね。でも、私、この村が大好きなの。天は自らを助ける者を助ける……『自助論』って言うんだけどね。国や偉い人に頼るんじゃなくて、自分たちの手で畑を耕して、自分たちの足で立って生きる。ここの村人たちは、みんなそういうスジの通った人たちばかりだから」

「……自助論か。ええ言葉じゃ」

前世で、親にも社会にも見捨てられ、自分の拳と仁義だけで極道の世界を這い上がってきたウチにとって、その言葉は深く心に刺さった。

「それに、私には『月光薬』があるから」

「月光薬?」

「うん。ポポロ村の聖なる泉の水と、陽薬草に、私の月兎族の力を注いで作る秘薬なの。どんな酷い傷や病気でも治せるのよ。……ただ、作るのに私の体力と闘気を削っちゃうから、大量生産はできないんだけどね」

キャルルはあっけらかんと笑ったが、ウチは眉をひそめた。

「自分の命削ってまで薬作っとるんか? おどれ、アホやろ」

「アホじゃないもん! 目の前で苦しんでる人がいたら、助けたいって思うのは普通でしょ? 私がちょっと血を吐くくらいで誰かの命が救えるなら、安いものだよ」

ケラケラと笑うキャルルの瞳には、一切の迷いや自己犠牲の悲壮感はなかった。ただ純粋な、他者を救うための凄絶な覚悟(夜と霧)が宿っていた。

(ホンマ……こいつは、どこまでもスジの通った『ええ女』じゃ)

ウチがキャルルの芯の強さに感心し、ユリウスが隣で「君の美しき友情に乾杯しよう」と空気を読まずにウチの髪にキスを落としていた、その時だった。

「きゃあああっ!?」

「や、やめてくれ! その野菜はワシが丹精込めて育てた……!」

ドンッ!!

突然、店の外から悲鳴と、何かが叩き壊される鈍い音が響いてきた。

「!」

キャルルがウサギの耳をピンと立て、弾かれたように席を立ち上がる。

ウチらも即座にパフェを放り出し、ルナキンの店外へと飛び出した。

「な、なんじゃこりゃ……」

メインストリートのド真ん中。

先程まで賑わっていた市場の屋台が、無惨にひっくり返されていた。

地面には、農家のおじさんが大切に育てた『ネタキャベツ』や『たまんネギ』が踏み潰され、無惨な汁を流している。

その惨状の中心で、農家のおじさんの胸ぐらを掴み上げている、重武装の屈強な傭兵たちの姿があった。

そして、その傭兵たちの後ろで、これ見よがしに派手な宝石をジャラジャラと身につけた、恰幅の良い中年の男が、下劣な笑みを浮かべて葉巻を吹かしていた。

「おいおい、汚い手で俺の高級な服に触れるなよ、泥水臭い農民風情が」

「ザルド……ッ!」

男の顔を見た瞬間、キャルルから普段の愛らしい笑顔が完全に消え失せ、冷酷な村長の顔になった。

悪徳商会主、ザルド。

噂には聞いていたが、権力と金に物を言わせ、三ヵ国の緩衝地帯で違法なピンハネや土地の買い占めを行っている、絵に描いたようなド三流の小悪党だ。

「やあやあ、これは我らが愛しき村長殿。今日も相変わらず、その野蛮で下品なウサギの耳がよくお似合いだ」

ザルドはキャルルを見ると、わざとらしく芝居がかったお辞儀をした。

「ザルド……! あんた、ここで何をしてるの! うちの村人になんてことするのよ!」

キャルルが特注の安全靴を鳴らして前に出る。

だが、ザルドは鼻で笑い、葉巻の煙をキャルルの顔にフッと吹きかけた。

「人聞きの悪いことを言うな。俺はこの村を『保護』してやろうと、わざわざ提案に来てやったんだ。……いい加減、首を縦に振ったらどうだ? このポポロ村の全ての農地と、お前が作る『月光薬』の独占販売権を、俺の商会に譲渡しろ」

「何度言ったら分かるの! 月光薬は金儲けの道具じゃない! 本当に怪我や病気で苦しんでいる人たちに、無償で届けるためのものよ! あなたみたいな強欲な商人に渡す権利なんて、どこにもないわ!」

キャルルが毅然と言い放つ。

しかし、ザルドは薄汚い笑みを深めるだけだった。

「理想論で腹が膨れるかよ、この青二才が。……いいか? この緩衝地帯は、いつ三ヵ国の小競り合いで火の海になるか分からない危険地帯だ。俺の商会の強力な『武力』と『資金』の庇護に入らなければ、お前らみたいな泥にまみれた農民どもは、明日にも野垂れ死ぬんだぞ?」

ザルドが指を鳴らすと、彼が引き連れてきた数十人の重武装の傭兵たちが、チャキッ、と一斉に武器を構え、村人たちを取り囲んだ。

恐怖で悲鳴を上げる女子供。

「ほーら見ろ。お前が首を縦に振らないせいで、村の連中が怯えているじゃないか。……さあ、契約書にサインしろ。さもないと、この薄汚い畑も、そこの生意気な農民の命も……どうなるか分からんぞ?」

あからさまな脅迫。

村人を人質に取られたも同然の状況。

キャルルのウサギの耳が、ギリッと怒りで震える。

彼女の足元、雷竜石が組み込まれた安全靴から、微かに紫電の闘気が漏れ出していた。今すぐ蹴り飛ばしてやりたい、その衝動が全身から溢れている。

しかし。

(……ダメだ。ここで私が手を出せば、傭兵たちが村人たちを傷つける。それに、三ヵ国の商人であるこいつに手を出せば、村の政治的な立場が悪くなる……)

キャルルは、村長としての『責任』と『政治的配慮』から、ギュッと拳を握りしめ、足の闘気を強引に抑え込んだ。

彼女は自分のプライドを捨て、村人を守るために、グッと唇を噛んで耐え忍んだのだ。

「……っ」

その、キャルルの悔しそうな、血の滲むような背中を見た瞬間。

――――カチッ。

ウチの中で、絶対に切らしてはいけない『極道の堪忍袋の緒』が、静かに音を立てて切れた。

「……おい」

地を這うような、ドス黒いウチの声。

それにいち早く反応したのは、隣にいたユリウスだった。

「ハルコ……」

ユリウスが、ウチの腰にスッと手を回し、宥めるように耳元で囁く。

「怒りはごもっともだが、ここは彼女のシマだ。彼女の顔を立てて、まずは見守ろう。……あのような汚いゴミは、後で私が裏から社会的に息の根を止めておくから」

ユリウスの言うことは正しい。極道の世界でも、他人のシマでの揉め事に横入りするのはご法度だ。

キャルルは今、村長として必死に耐えている。ここでウチが暴れたら、彼女の覚悟を無駄にすることになる。

だから、ウチはトカレフを抜くのは我慢した。

我慢した、が。

「……ウチのダチ(親友)がコケにされとるんじゃ。黙って見過ごせるほど、ウチは大人やないで」

ギリ、と。

ウチの全身から、前世で数多の死線を潜り抜けてきた、純度百パーセントの『殺気』が漏れ出し始めた。

空気が重く沈み、周囲の温度が一気に下がる。

カレンもまた、ウチの怒りを感じ取り、極道ドレスの袖を捲り上げて「アネさん、いつでもいけるで」と臨戦態勢に入っていた。

「さあ、どうするウサギの村長殿! お前が膝をついて俺の靴を舐めるなら、この村の連中の命だけは――」

ザルドが勝ち誇ったように笑い声を上げた、その時。

ウチは、ユリウスの制止を振り切り、ヒールの音をカツンと響かせて、キャルルの横にピタリと並び立った。

「……なんや? どこの令嬢か知らんが、すっこんでろ。これは俺と村長の――」

「やかましいわ、泥棒猫」

ウチの氷のように冷たいドス声が、ザルドの言葉を遮った。

ザルドは、ウチから放たれる異様な殺気に気圧され、ヒュッと喉を鳴らして一歩後ずさる。

「他人のシマ(領地)に泥靴で上がり込んで、弱いモンいじめしてデカい顔すな。おどれみたいな中身のねえ三流のチンピラが、ウチのダチに気安く口利いとんちゃうぞ」

「だ、ダチだと……!?」

ウチは、キャルルの肩にポンと手を置いた。

キャルルが驚いたようにウチを見る。その瞳には、悔し涙が微かに滲んでいた。

「キャルル。おどれは村長として、よう耐えた。立派じゃ」

「ハルコ、さん……」

「じゃけどな。極道の世界じゃ、スジの通らん要求に頭下げる必要はないんじゃ。……おどれのシマは、ウチら(最凶ファミリー)も一緒に守ったる」

ウチが獰猛な笑みを浮かべてザルドを睨みつけると、背後でユリウスが「ああ……またしても、我が妻の気高き仁義に心が震える……!」と恍惚としたため息を漏らしたのが聞こえた。

「な、なんだ貴様は! 傭兵ども、その生意気な女を捕らえろ! 痛い目を見せてやれ!」

ザルドが顔を真っ赤にして叫ぶ。

静かに燻っていた極道の火種に、ついに油が注がれた。

ウチのダチのシマを狙う強欲な泥棒に、極道流の最悪な『おとしまえ』をつけてやるための、仁義なきカチコミの時間が近づいていた。

読んでいただきありがとうございます。

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