EP 2
月兎の村長キャルル。雷竜石の安全靴と人参飴、極道が認めた『ええ女』
エロ本を読みながら爆走する玉ねぎや、ゴシップを叫ぶキャベツが日常風景として受け入れられているカオスな緩衝地帯、ポポロ村。
ウチらはドン引きするどころか、すっかりこのシマの活気と熱気を気に入ってしまい、メインストリートをのんびりと練り歩いていた。
「ヒュー! アネさん、あそこの『タローマン』っちゅう店、武器からドカタの兄ちゃんが着るような服まで売っとるで! なんやこの品揃え!」
カレンが目を輝かせて、巨大なホームセンターのような建物を指差す。
「ああ、あれは一般向けの衣服からガテン系職人向けの防具まで揃う、この村の名物店舗『タローマン』だ。他国にはない実用性に特化した品が多くてね。私の影(部隊)の者たちも、こっそり愛用しているらしい」
ユリウスが優雅に解説してくれる。
なるほど、ファンタジーのヒラヒラしたドレスや重い甲冑ではなく、動きやすさを重視した作業着や安全靴がズラリと並んでいる。前世で特攻服やジャージを見慣れていたウチにとっては、ひどく親近感の湧く光景だった。
そんなタローマンの店先で。
「ああっ! 痛いぃぃっ!」
村の子供たちが追いかけっこをして遊んでいたのだが、そのうちの一人が派手に転んでしまい、膝から血を流して泣き出してしまった。
ウチが助け起こそうと一歩踏み出した、その時。
「あらあら、大丈夫? 派手に転んじゃったわね」
タローマンの店内から、一人の若い女がひらりと飛び出してきた。
ウチは、その女の姿を見て思わず目を細めた。
年齢はウチと同じ、二十歳くらいだろうか。
頭にはピョコンと生えた可愛らしいウサギの耳(月兎族の獣人だ)。
だが、その格好はファンタジー世界の住人とはかけ離れていた。ダボッとしたオーバーサイズのパーカーに、健康的な太ももが剥き出しになった動きやすいホットパンツ。
そして足元には、タローマン製と思われる、つま先とソールが超合金で補強されたゴツい『特注の安全靴』を履いている。
「ほら、泣かない泣かない。お姉ちゃんが魔法のお薬、塗ってあげるからね」
女は屈み込むと、パーカーのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
それは、可愛らしい人参の形をした飴玉だった。
彼女は泣いている子供の口にポンッと飴を含ませると、その頭を優しく撫でた。
「痛いの痛いの、飛んでけ〜!」
彼女の手から、淡い月の光のような魔力が溢れる。
すると、子供の膝から流れていた血が一瞬で止まり、擦り傷が嘘のように綺麗に塞がってしまった。
「わあ……! 痛くない! 飴も甘くて美味しい!」
「ふふっ、よかった。次は気をつけて遊ぶのよ?」
女がニッコリと微笑むと、子供たちは元気よく「ありがとう、村長さん!」と叫んで走り去っていった。
それを見送る彼女の横顔は、まるで聖母のように慈愛に満ちていた……が。
(……ほう)
ウチの『極道センサー』が、ピクリと反応した。
一見すると、ただの優しくて可愛い村娘。
だが、ウチの目は誤魔化せない。彼女の体捌き、一切の無駄がない重心の置き方。
そして何より、彼女が履いているあの特注の安全靴。ただの鉄板入りではない。靴の側面に埋め込まれた紫色の鉱石(雷竜石)から、微弱だが凄まじい密度の闘気と魔力が漏れ出ている。
いざとなれば、あの靴からとんでもない威力の蹴りが飛んでくる。本物の修羅場をくぐり抜けてきた『強者』の匂いがプンプンした。
「……おや。あのウサギの獣人、ただの村娘ではないようだね」
ユリウスもまた、彼女の放つ気配に気づいたらしい。冷酷な青い瞳を細め、ウチを背中へ庇うように一歩前へ出る。
ユリウスの足元から、黒曜石の公爵特有の『絶対零度の威圧感』が、ジワリと彼女に向けて放たれた。並の戦士なら、これだけで泡を吹いて気絶するレベルの殺気だ。
だが。
「ん?」
パーカー姿の女は、ウサギの耳をピクッと動かし、ウチらの方を振り返った。
彼女はユリウスの放つ殺気を正面から浴びても、顔色一つ変えなかった。
それどころか、スッと立ち上がり、真っ直ぐにこちらへ歩いてきたのだ。
「こんにちは! 見ないお顔ですね。観光の方ですか?」
ニコニコと、一切の裏表のない人懐っこい笑顔。
だが、ウチには分かっていた。彼女のその長いウサギの耳は、ウチらの『心音』を正確に捉え、ウチらが敵か味方かを瞬時に値踏みしているのだということが。
「私はこのポポロ村の村長をやっている、キャルル・ムーンハートと言います。……そちらの旦那様、ものすごい殺気ですけど、村の中で暴れるのは勘弁してくださいね? この村の平和を乱す人は、誰であろうと私が『お帰り』いただきますから」
キャルルは満面の笑みのまま、ユリウスの威圧感を完全に跳ね返してみせた。
『このシマ(村)のルールは私が決める。従わないなら、実力で排除する』
その言葉の裏にある、一切のブレない強固な意志。
(天は自らを助ける者を助ける……自分のシマは、自分の手で命懸けで守るっちゅう『自助論』の精神か)
ウチは、思わずニヤリと笑ってしまった。
エドワード王子やマリアのような、他人の権力で相撲を取るような薄っぺらい連中とは違う。
この女は、自分の足で立ち、自分の力でこのカオスなシマをまとめ上げている、本物の『トップ(組長)』だ。
「待て、ユリウス。威嚇はやめぇ。……この女は敵やない」
ウチはユリウスの前にスッと出ると、キャルルの目の前まで歩み寄った。
キャルルは少しだけ警戒したようにウチを見つめたが、その心音を聞き取ったのか、ふっと肩の力を抜いた。
「……おどれ、ええ目ぇしとるな」
「えっ?」
ウチがドスを利かせた広島弁で褒めると、キャルルはウサギの耳をピンと立てて目を丸くした。
「自分のシマは自分で守る。その覚悟が、腹の底までキッチリ据わっとる。……ウチはハルコ。こっちはツレのカレンで、後ろの暑苦しい男はウチの夫のユリウスじゃ」
「ハルコ、さん……。ふふっ、あなたも、すごく綺麗で……その、芯の通った強い鼓動の音がします。嘘を絶対につかない、真っ直ぐな音」
キャルルはパッと花が咲いたような笑顔になり、ウチに向かって右手を差し出してきた。
ウチはその小さな、けれど固いマメのある手を、しっかりと握り返した。
「ヒュー! アネさんが自分から挨拶するなんて珍しいな! ウチはカレンや、よろしゅうな! ところでキャルル、さっきガキんちょにやっとったその飴、ぶち美味そうやな!」
「あ、カレンちゃんも食べる? はい、特製の人参タフィーだよ!」
「うおおお! 甘くてトロトロや! キャルル、お前ええ奴やな!!」
人参飴を口に放り込まれたカレンが、一瞬でキャルルに懐いてしまった。
キャルルもまた、「ふふっ、カレンちゃんってすごい魔力持ってるのに、子供みたいで可愛いね」と、カレンの頭を撫でている。
出会って数分。
極道の令嬢と、最強の神獣、そして訳ありの月兎族の村長。
三人の間に、言葉はいらなかった。スジの通った女同士、惹かれ合うのに時間はかからない。
「……ハルコ。君が私以外の者とそこまで楽しそうに笑い合うのは、少しばかり妬けるのだが」
ユリウスが後ろからウチの腰に手を回し、不満げに耳元で囁いてくる。
「アホ。女同士の付き合いに口出す男はモテんぞ。おどれはウチの財布として、黙って後ろをついてきとれ」
ウチが肘で小突くと、ユリウスは「ああ、その冷たいあしらい方も最高だ……」と一人で勝手にデレていた。ホンマ、こいつの脳内はどうなっとるんじゃ。
「ねえハルコちゃん! よかったら、私が村を案内するよ! 美味しいお店もいっぱいあるし、ルナキンでパフェでも食べながらお話ししない?」
「おお、ええな! 行くでカレン!」
「おうさアネさん!」
王都のドロドロした貴族社会を抜け出し、降り立った超近代パラダイス。
ここで出会った『スジの通ったダチ(親友)』との出会いが、ウチらの新婚旅行をさらに熱く、そして血生臭いものに変えていくことになるとは、この時のウチはまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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