EP 15
極道の妻、誕生の夜。最凶の家族と歩む、仁義なき溺愛ライフの幕開けじゃ!
「「「アネさん、カチコミ大成功、おめでとうございやす!!!」」」
シャンデリアが眩く輝くオブシディアン公爵邸の大広間。
先程までの血生臭い修羅場が嘘のように、そこには盛大な歓声とグラスを打ち鳴らす音が響き渡っていた。
「おう、おどれらもご苦労やったな! 今日はウチの奢りじゃ(※公爵の金だが)、遠慮せんとたらふく飲んで食えや!」
私が音頭を取ると、黒服に身を包んだ公爵邸の使用人(という名の裏社会の構成員)たちが「「「おおおおっ!!」」」と野太い歓声を上げて一斉に宴会に雪崩れ込んだ。
長いテーブルには、領地中から集められた最高級の肉料理、新鮮な魚介、そして見たこともないほど美しい琥珀色の酒が山のように並べられている。
「ヒュー! アネさん、この肉最高やで! 噛まんくてもトロトロに溶けよる!」
極道ドレス姿の神獣カレンは、自分の顔の倍ほどもある巨大なローストビーフの塊を両手で掴み、豪快に噛みちぎりながら満面の笑みを浮かべていた。
「こらカレン、行儀悪いで。ちゃんと切り分けて食え……って、もう全部食うたんかい」
笑いながらツッコミを入れる私の心の中には、前世で組の若い衆とどんちゃん騒ぎをしていた頃のような、ひどく懐かしくて温かい感情が満ちていた。
婚約破棄され、実家を追い出され、暗殺部隊や騎士団にまで命を狙われた怒涛の数日間。
だが、その全てを【物理】と【権力】でねじ伏せた今、私の手の中には、前世で失ってしまった『最高の居場所』が確かに存在していた。
「……ふふっ」
自然とこぼれた笑みに、隣に座っていたユリウスが静かに反応した。
「どうかしたかな、私の愛しきハルコ。グラスが空いているが、別の酒を持ってこさせようか?」
ユリウスは自分の食事にはほとんど手をつけず、片肘をついて、ただひたすらに私がお酒を飲む横顔を、熱に浮かされたような瞳で見つめ続けている。
この男、私が酒を一口飲むたびに「ああ、喉を鳴らす音すら美しい……」とため息をつくので、正直言って少しやりづらい。
「いや、酒はもう十分じゃ。ちょっと夜風に当たってくるわ。おどれはここで若い衆の相手でもしとれ」
「君がいない空間に、私が一秒たりとも耐えられるはずがないだろう。お供させてくれ」
言うが早いか、ユリウスはスッと立ち上がり、私の腰に手を回してエスコートを始めた。
(ホンマ、息をするように重い男じゃ)と呆れつつも、私は抵抗せずに彼に身を任せ、喧騒に包まれる大広間を抜け出して広大なバルコニーへと足を踏み出した。
* * *
夜の冷たい風が、火照った頬を心地よく撫でていく。
空には満天の星が輝き、月明かりが広大な公爵領の森を青白く照らし出していた。
「……あれだけのドンパチやったのに、庭、すっかり元通りになっとるな」
私がバルコニーの手すりに寄りかかりながら眼下を見下ろすと、そこには暴風でえぐれ、氷漬けにされていたはずの美しい芝生と薔薇園が、完璧な姿で広がっていた。
「私の治癒魔法と土魔法で、少しばかり手入れをしただけさ。君の愛するこの屋敷を、いつまでも傷物のままにしておくわけにはいかないからね」
ユリウスは事もなげに言いながら、自分の着ていた漆黒のジャケットを脱ぎ、私の肩にふわりと掛けてくれた。彼特有の冷たい香水の匂いと、微かな体温が私を包み込む。
「ホンマに、おどれは規格外の男じゃのう。魔法も、権力も、頭の回転も。……ウチ、おどれと組んで正解じゃったわ」
私が夜空を見上げたままポツリと呟くと、ユリウスは小さく息を呑んだ。
「……ハルコ。君は私を買い被りすぎだ」
ユリウスの声は、普段の自信に満ちた絶対的な冷酷公爵のものではなく、どこか恐れを含んだような、熱を帯びた微かな震えがあった。
私が振り返ると、ユリウスはいつものように私の足元に跪き、その大きな両手で私の右手を包み込んでいた。
「私は、君が思っているような完璧な男ではない。この手は数え切れないほどの血に染まり、心はどす黒い権力欲と絶望で腐りきっていた。……君という、気高く美しい一筋の光に出会うまでは」
ユリウスは私の手の甲に、祈るように唇を押し当てた。
「君のその強さ、仁義、そして圧倒的な暴力の美学。君が傍にいてくれるだけで、私は無敵になれる。……ハルコ。私の妻になってくれなどと、もう生易しいことは言わない」
彼は跪いたまま、懐から一つの小さなビロードの箱を取り出した。
パカッ、と開かれた箱の中には、プラチナの台座に嵌め込まれた、大粒の『黒曜石』と『紅蓮の魔石』があしらわれた、この世のものとは思えないほど美しい指輪が輝いていた。
「……これは?」
「我が公爵家の当主の証であり、同時に、私の命と魔力を君の魂に直結させる『契約の魔導具』だ。これをつけている限り、私の魔力は永遠に君のものとなり、私の命の鼓動は常に君と共にある」
重い。相変わらず、プレゼントの物理的・魔術的な意味が重すぎる。
だが、その重さこそが、ユリウスという男の『本気の覚悟』なのだと、極道の女である私には痛いほど理解できた。
「ハルコ。私と、文字通り『運命』を共にしてくれないか。君の歩く道が修羅の道であるならば、私がその全ての血と泥を被ろう。君の敵は全て私が社会的に消し去り、君の愛する者は私の全てを懸けて守り抜く。……どうか、私の全てを、君に捧げさせてほしい」
狂信的で、一途で、どこまでも甘い、裏社会の帝王からの最上級のプロポーズ。
私は静かに息を吐き、夜空に向かってフッと笑った。
「……おどれ、ホンマにウチのことよう分かっとるな」
私はユリウスの手に乗せられていた指輪をつまみ上げると、それを自らの左手の薬指に、スッと嵌めた。
指輪が私の指に収まった瞬間、カァッ!と魔石が赤と黒の光を放ち、ユリウスの莫大な魔力が私の体へと流れ込んでくるのが分かった。不思議と嫌な感じはしない。まるで、彼自身に優しく抱きしめられているような温かさだった。
「ハルコ……! それは、つまり……」
歓喜に目を見張るユリウス。
私は跪く彼のネクタイを強引に掴み、自分の顔の目の前まで引き寄せた。
「極道の世界じゃ、盃を交わすっちゅうことは、一生もんの契りなんじゃ。おどれの命も魔力も、全部ウチが貰うた。その代わり……」
私は至近距離で、彼の美しい青い瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「ウチがおどれの盾になり、剣になったる。ウチのシマ(公爵領)に手ぇ出す奴は、神様でも悪魔でも、ウチの『無限トカレフ』と合気道で全員地獄に送ったるわ。……覚悟しいや、ユリウス。ウチの夫になったからには、他の女に目ェ向けたら、その綺麗な青い目玉、くり抜くけえな」
私が獰猛に笑って凄むと。
ユリウスは一瞬驚いたように瞬きをした後、耐えきれないほどの幸福感に顔を歪め……私の腰を強く抱き寄せた。
「ああ……!! なんという最上の愛の言葉だ! 他の女など視界に入るはずもない、私のこの目は、脳は、心臓は! 全て君を愛するためだけに存在しているのだから!!」
「ちょっ、痛い痛い! 力強いわボケ!」
ユリウスが私を抱きしめ、そのまま熱い口付けを交わそうとした――まさにその瞬間。
「ヒュー!!! アネさん、ユリウスの旦那!! 完全に出来上がっとるな!!」
バンッ!とバルコニーの扉が勢いよく開かれ、両手に巨大な酒樽を抱えたカレンが乱入してきた。
「なっ……! か、カレンどの! 今、まさに最も良いところだったというのに!」
ユリウスが恨めしそうに睨むが、カレンは全く意に介さず、酒樽をドンッとテーブルに置いた。
「なんや水臭い! 盃交わすんなら、ウチも入れんかい! アネさんの妹分で、ユリウスの旦那の最強の助っ人なんやからな、ウチは!」
「……ふっ、あっははははっ!」
私はユリウスの腕から抜け出し、腹を抱えて笑った。
全く、ムードもへったくれもない。だが、これでこそ私の大好きな『家族』だ。
「しゃあないな。よし、グラス持てや二人とも! 今日からこのオブシディアン公爵家は、ウチら三人(最凶ファミリー)のシマじゃ!」
私がグラスを掲げると、ユリウスは仕方なさそうに微笑みながら、カレンは満面の笑みで、それぞれのグラスを力強く打ち合わせた。
「「「乾杯!!」」」
澄んだガラスの音が、月夜の空に高く響き渡る。
元極道の女、黒曜石の冷酷公爵、そして最強の神獣。
この絶対無敵の最凶ファミリーに喧嘩を売り、命を落とす愚か者たちが現れるのは、もう少し先のお話。
今はただ、この極上の勝利と、手に入れた『最強の溺愛ライフ』を、とことん楽しんでやろうじゃないか。
(第一章 完)




