EP 14
完全なる社会抹殺と醜い仲間割れ。バカ王子と雌犬の行き着く先は、光の届かぬ地下牢獄
「さて、ここからは大人の時間だ。法と権力という名の、最も残酷な暴力を見せてやろう」
ユリウスが優雅に指を鳴らすと、公爵邸を取り囲む森の影から、黒装束に身を包んだオブシディアン家の暗部『影』たちが音もなく姿を現した。
数十人にも及ぶ影たちは、手首に重々しい魔法の枷を持ち、恐怖で凍りついている騎士団の間をすり抜けて、エドワード王子の周囲を完全に包囲した。
「な、なんだお前たちは……! 寄るな、私に触れるな!!」
己の失禁した水たまりの中で、エドワードは後ずさりしながら金切り声を上げた。
ユリウスはその無様な姿を見下ろし、影の一人から分厚い羊皮紙の束を受け取った。
「エドワード殿下。あなたには現在、三つの重大な容疑がかけられている。一つ、我がオブシディアン公爵家への不当な武力行使および暗殺未遂。二つ、王家の資金源であるグランツ商会を通じた大規模な国家予算の横領。そして三つ――」
ユリウスは氷点下の青い瞳で、エドワードを射抜いた。
「国王陛下の許可なく、個人的な怨恨で近衛騎士団を私兵として動かした『国家反逆罪』だ」
「なっ……!? は、反逆だと!? 私は次期国王だぞ! 王国のために、この魔女を討伐しようとしただけで……!」
「証拠は全て揃っている」
ユリウスは羊皮紙の束を、エドワードの顔面にバサリと投げつけた。
散らばった書類には、エドワードの署名が入った不正な資金移動の記録、そして『黒犬』と呼ばれる暗殺部隊への不当な命令書が、生々しく記されていた。もちろん、ユリウスの配下が裏から手を回して完璧に『作り上げた』致命的な証拠もたっぷりと含まれている。
「こ、こんなもの……でっち上げだ! 罠だ! 誰がこんなものを信じるというのだ!」
「王宮の貴族たちは、全員がこの証拠を信じているよ。なぜなら、あなたの派閥に属していた貴族たちは、すでに全員が同じように横領や脱税の罪で騎士団に捕縛されているからだ。もはや、この国にあなたの味方など一人もいない」
ユリウスの死刑宣告に等しい言葉に、エドワードの顔から完全に血の気が引いた。
「……騎士団長」
「は、はっ!」
ユリウスが静かに声をかけると、地面に這いつくばっていた近衛騎士団長が、弾かれたように顔を上げた。
「これ以上の無益な争いは、我が妻の心を痛めるだけだ。お前たちがこの愚かな王子の嘘に騙され、大義名分を信じて動いたことは不問に付そう。……今すぐ全軍を撤退させ、国王陛下にこう伝えるのだ。『エドワード殿下は狂気に呑まれ、国家反逆を企てたため、オブシディアン公爵家が保護(拘束)した』と。……意味はわかるな?」
それは、事実上の『脅迫』だった。
もしここで逆らえば、騎士団員三千人の命はない。ハルコとカレンの圧倒的な暴力に加え、公爵の持つ政治的な権力。もはやどちらがこの国の真の支配者であるかは、火を見るよりも明らかだった。
「……承知、いたしました。公爵閣下の寛大なるご慈悲に、心より感謝申し上げます。全軍、速やかに撤退せよ!!」
騎士団長は深く頭を下げ、部下たちに怒鳴った。
魔法の氷から解放された騎士たちは、這々の体で立ち上がり、エドワードを完全に見捨てて、逃げるように公爵邸から去っていく。
王国最強の武力が、王家の威信よりも極道ファミリーの恐怖に屈服した瞬間だった。
「ま、待て! 私を置いていくな! 騎士団長ォォォッ!!」
エドワードの悲痛な叫びは、虚しく空に吸い込まれていく。
そして、誰もいなくなった前庭で。
「……う、ううっ……殿下……」
庭の隅に置かれていたゴミ箱がガタガタと揺れ、中から泥と生ゴミに塗れたマリアが這い出してきた。
ハルコの強烈なビンタによって気絶していた彼女は、目を覚まして周囲の異様な状況を理解し、ガチガチと歯を鳴らした。
「マ、マリア……! お前、生きて……!」
エドワードがすがるように手を伸ばす。しかし、マリアはエドワードの手をバシッと冷酷に払い除けた。
「触らないで!!」
「……え?」
マリアはふらふらと立ち上がり、ユリウスの足元へと這い寄った。
ドレスは汚れ、顔はビンタで無惨に腫れ上がっているが、彼女は必死に涙を絞り出し、懇願するような目を向けた。
「こ、公爵様! 違うんです、私は何も知りません! 全てはエドワード殿下が勝手にやったことなのです! 私はただ、逆らえば実家を潰すと脅されて、無理やり付き従わされていただけなのです……! どうか、どうか私だけはお許しを……!」
己の命惜しさに、全ての罪をエドワードになすりつけるマリア。
そのあまりにも醜悪な裏切りに、エドワードは信じられないものを見るように目を見開いた。
「な、なんだと……!? 貴様、私を焚きつけたのはお前だろうが! ハルコを暗殺して神獣を奪えと言ったのは、お前ではないかこの泥棒猫ォッ!!」
激高したエドワードが、マリアの髪を後ろから鷲掴みにする。
「きゃあああっ! 離して、離してよこの役立たずのバカ王子! あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃよ!」
「私のセリフだ! 貴様のような下賤な平民に騙されたせいで、私は……私はぁっ!!」
王国の次期国王と、次期王妃になるはずだった男女。
それが今や、生ゴミの匂いを漂わせながら、失禁した水たまりの中で髪を掴み合い、互いの顔を引っ掻き回す醜い取っ組み合いを繰り広げていた。
「……わははっ! アネさん、なんやアレ! 腹痛いわ!」
カレンが腹を抱えて笑い転げる。
ハルコは『無限トカレフ』をガーターベルトにしまいながら、心底呆れたようにため息をついた。
「ホンマに、最後まで見苦しい連中じゃ。他人のふんどしで相撲取るような奴らは、結局自分の足元が崩れた瞬間に、こうやって互いの足引っ張り合って泥に沈んでいくんじゃな。……極道の風上にも置けんわ」
「彼らに『仁義』などという高尚な精神があるはずもない。ただの薄汚い獣だ。……影よ、片付けろ。我が妻の美しい庭が腐臭で汚れる」
ユリウスが冷酷に命じると、影の部隊が二人に飛びかかり、その手足に重々しい魔法の枷をガシャン! とはめ込んだ。
「ひぃぃっ! やめろ、放せぇぇっ!」
「嫌ぁぁっ! 私は悪くない、私は王妃になるのよぉぉっ!」
抵抗する二人の首根っこを掴み、影たちは有無を言わさず引きずっていく。
「殿下、ならびにマリア。あなた方には、当家の地下深くにある『特別尋問室』へご案内しよう。太陽の光も届かず、死ぬことすら許されない永遠の苦痛の中で、己の犯した罪の重さをじっくりと噛み締めるがいい」
ユリウスの死刑宣告よりも恐ろしい言葉に、二人は絶望の悲鳴を上げた。
ズルズルと大理石の床を引きずられ、その姿が完全に公爵邸の地下へと消えていくまで、彼らの断末魔のような叫び声は響き渡っていた。
静寂が戻った前庭。
残されたのは、粉々に砕け散った騎士団の武器の残骸と、平和を取り戻した青々とした芝生だけだった。
「……ふぅ。これで、ホンマに全部終わりじゃな」
ハルコが背伸びをしながら呟くと、ユリウスが優しく背後から彼女を抱きしめた。
「ああ。君の美しき魂と、圧倒的な力がもたらした完全な勝利だ。私一人では、ここまで鮮やかに彼らを絶望に突き落とすことはできなかっただろう」
「アホ言え。おどれが裏でキッチリ根回ししてくれとったからこそ、ウチも心置きなく暴れられたんじゃ。……まあ、ええシノギ(仕事)じゃったな」
ハルコが振り返り、ユリウスの胸元に顔を預けて不敵に笑う。
最強の極道令嬢と、最凶の冷酷公爵。
互いの背中を預け合い、法と暴力の両面から敵を完全に蹂躙した二人の間には、もはや誰にも入り込めない強固な『絆』が結ばれていた。
「ヒュー! アネさん、ユリウスの旦那! カチコミ大成功の打ち上げや! 今夜は最高級の肉と酒で、朝までドンチャン騒ぎじゃあ!」
カレンが真紅の翼を羽ばたかせながら、空に向かって歓喜の咆哮を上げた。
極道の妻として生まれ変わったハルコの、痛快で、容赦のない、そして誰よりも愛される異世界無双劇。
その伝説の第一歩が、今ここに完全な形で刻み込まれたのである。
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