EP 13
越えてはならない一線。ツレを愚弄したバカ王子へ、極道令嬢の容赦なき【本格ざまぁ】
「――――あ?」
その、地を這うような低く、冷たい一言。
前庭の空気が、文字通り凍りついた。
先程まで、ハルコ・バイオレットの全身から立ち上っていた『強者としての余裕』は、完全に消え失せていた。
代わりにハルコを包み込んだのは、前世で数多の修羅場をくぐり抜け、血の海を渡り歩いてきた『極道の女』としての、純度百パーセントのドス黒い殺意。
ガシャァッ!!
鈍い破砕音。
エドワード王子の顔面が、ハルコの手によって大理石のタイルに深々とめり込んでいた。
王子の鼻骨が砕け、真っ赤な鮮血が白い石畳にパシャリと広がる。
「が、はァッ……!? ぎ、ひぃぃ……っ!」
突如として視界が反転し、顔面に激痛を叩き込まれたエドワードは、何が起きたのか理解できず、カエルが潰されたような無様な呻き声を上げた。
三千の近衛騎士団は、誰一人として声を上げることも、動くこともできない。
ハルコの背中から放たれる圧倒的な『死のプレッシャー』に当てられ、呼吸すら忘れて立ち尽くしていた。
「……おい、クソガキ」
ハルコは、血だまりの中で痙攣するエドワードの金髪を鷲掴みにし、強引にその顔を持ち上げた。
「あ、が……っ、ひっ……!」
涙と鼻水、そして鮮血でぐしゃぐしゃになった醜悪な顔。
ハルコは一切の感情を排した、氷のように冷たい瞳でその顔を覗き込んだ。
「今、なんちゅうた? ウチのツレが、汚らしいトカゲじゃと? 化け物じゃと?」
ギリッ、と。
ハルコがエドワードの髪を引っ張る力を強める。
頭皮が引きちぎられる痛みに、エドワードは「あ、ああああっ!」と情けない悲鳴を上げた。
「ウチにどんなイチャモンつけても、笑って許したるつもりじゃった。おどれみたいな中身のねえガキの嫉妬なんぞ、ウチにとっては痛くも痒くもないけえな」
ハルコの声は、静かだった。
怒鳴り声よりも遥かに恐ろしい、腹の底から響くような静かな怒り。
「じゃけどな……おどれ、ウチの家族を愚弄したな? 一緒に血の盃交わして、背中預け合っとるウチの大事な妹分に、泥靴で踏み入るような真似しやがったな?」
「ひ、ひぃぃっ……! ゆ、許し――」
「許すわけなかろうが、ボケェッ!!」
ハルコはエドワードの髪から手を離し、その胸ぐらを両手で掴み上げると、大理石の地面に思い切り叩きつけた。
「ごふぁッ!!」
肺から空気が強制的に吐き出され、エドワードの体が跳ねる。
ハルコはその無防備な胸ぐらに右足のヒールを突き立て、グリグリと容赦なく踏み躙った。
「あぎゃああああああああっ!! 痛い! 痛いいいいいっ!!」
肋骨が軋む音。呼吸もままならず、次期国王が己の屋敷の庭で、一人の令嬢の足元でゴキブリのようにのたうち回っている。
その光景を見ていた神獣カレンは、ハッとして両手で口元を覆った。
(アネさん……ウチのために、あそこまで本気でキレてくれとるんか……っ)
カレンの赤い瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。
どれだけ恐ろしい神獣だと恐れられても、彼女の中身はハルコを慕う純粋な妹分だ。自分を『道具』や『化け物』ではなく、対等な『ツレ』として扱い、そのために一切の躊躇なく王国を敵に回して激怒してくれる。
その極道の『仁義』に、カレンは胸を熱くして打ち震えていた。
「素晴らしい……ああ、なんという気高く、美しい怒りだ」
ユリウスもまた、恍惚とした表情でハルコの背中を見つめていた。
自分のためではなく、大切な者のために振るわれる容赦なき暴力。その一切の淀みない生き様に、彼は己の魂が完全にハルコへ依存していくのを感じていた。
「さあて、バカ王子」
ハルコはエドワードの胸からヒールをどかすと、ドレスの太ももから、青白い魔力光を帯びた『無限トカレフ』をゆっくりと抜き放った。
チャカッ、と。
撃鉄を起こす、冷たく無機質な金属音。
その銃口が、エドワードの眉間にピタリと押し当てられた。
「ひっ……!? や、やめ……やめろぉぉぉっ!!」
銃口の熱と、そこから放たれる圧倒的な死の気配。
エドワードは恐怖で顔面を痙攣させ、両手をバタバタと振って命乞いを始めた。
「わ、私が悪かった! 謝る! 謝るから命だけは! 私は次期国王だぞ、私を殺せば王国が――」
「やかましい」
ハルコは銃口をグリッとエドワードの額に押し付け、彼を黙らせた。
そして、三千の騎士団全員に響き渡るような、地を這うドスを利かせた声で言い放つ。
「おんどりゃ、私のツレに舐めた口を聞くと頭を弾くぞ。指詰めるか?小僧」
――――シィィン。
風の音すら止まったような、絶対的な静寂。
銃口を突きつけられ、極道の妻の最上級の殺気を至近距離で浴びたエドワードの瞳孔が、極限まで見開かれた。
「あ……あ、あ……」
彼の脳が、完全に理解したのだ。
目の前にいる女は、公爵令嬢でもなければ、次期王妃候補でもない。
自分の持つ『王家の権力』など一切通用しない、次元の違う本物の『捕食者』だということを。ここで少しでも反抗の意思を見せれば、次の瞬間には自分の頭がスイカのように弾け飛ぶということを。
「ヒッ……ヒィィィィィィィィッ!!」
エドワードの口から、もはや人間のものとは思えない情けない悲鳴が漏れた。
と同時に、彼の股間から生温かい液体が染み出し、高級なズボンを黄色く染め上げながら、大理石のタイルへと水たまりを作っていく。
ジョロジョロジョロ……という、静まり返った庭園に響く、ひどく場違いで無様な音。
「……あーあ」
ハルコは冷ややかな目でその水たまりを一瞥し、忌々しそうに舌打ちをした。
「ホンマに、口だけのチンピラじゃのう。自分のシマ(国)の若い衆(騎士団)の前でしょんべん漏らして泣き喚くとか、組のトップとして恥ずかしくないんか」
「あ……う、ううっ……!」
エドワードは言葉を発することもできず、ただ涙と鼻水に塗れた顔で、ガタガタと全身を痙攣させながら失禁し続けていた。
三千の近衛騎士団は、己が命を懸けて守るべき主君のそのあまりにも無様な姿に、もはや誰一人として剣を握る気力を失い、ただ顔を伏せて目を逸らすことしかできなかった。
王国最強の盾は無力化され、次期国王のプライドと精神は完全に粉砕された。
圧倒的な暴力による、完璧な【本格ざまぁ】の完了。
ハルコはエドワードの額から銃口を離し、ふう、と短く息を吐いた。
「……まあええわ。これ以上おどれの顔見とったら、こっちまで腐りそうじゃ。カレン、怪我はないか?」
「アネさん……!」
カレンが極道ドレスの裾を翻し、ハルコの胸に勢いよく飛び込んできた。
「アネさん、かっこええ! ウチ、アネさんに一生ついていきやす!!」
「よしよし。お前はウチの大事な妹分じゃけえな。誰にも指一本触れさせんわ」
ハルコは笑みをこぼし、カレンの赤い角の生えた頭を優しく撫でる。
先程までの悪鬼羅刹のような姿からは想像もつかない、柔らかな表情だった。
「――お見事だ、我が愛しき妻よ」
パチパチパチ、と。
ユリウスが優雅に拍手をしながら、二人の元へと歩み寄ってきた。
彼は失禁して白目を剥いているエドワードを見下ろし、ゴミを見るような目を向ける。
「彼らに『死』よりも重い、絶対的な屈辱と恐怖を与え、社会的な息の根を完全に止めた。君のその完璧な手腕には、もはや感嘆の言葉しか出てこない」
ユリウスはハルコの手を取り、その手の甲に熱い口付けを落とす。
「物理的な『おとしまえ』は君が全てつけてくれた。……さあ、ここからは私の仕事だ。この愚かな豚どもを、法と権力の檻に永遠に閉じ込めてやろう」
ユリウスが指を鳴らすと、公爵邸の周囲の森から、黒装束に身を包んだ『影』の部隊が何十人も音もなく姿を現した。彼らの手には、分厚い書類の束と、重々しい魔法の枷が握られている。
バカ王子と雌犬の、真の地獄(事後処理)が始まろうとしていた。
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